第4話 私があなたを好きな理由

 月曜日の朝、一限目が始まるちょっと前。

 机に頬杖ついて、綺麗に晴れた青空を眺める。


「早く葵ちゃんに会いたいなぁ」


 そう小さく呟きながら、長い髪を指でいじっていた。




 私のいる私立あけぼの高校、1年A組。クラスは30人弱で1学年120人くらい。

 すでにクラスメイト達はみんなグループでまとまって、今朝もそれぞれの話題を話してる。かっこいいアイドルの話とか、かわいい女の子の話とか。


 でも私はどこかのグループにいるってわけじゃなくて、みんなと友達になってはみんなに頼られて。あまりグループを決めずにその時の話に合わせて入ったり入らなかったり。

 時々『私って皆に大切に思われてるのかな』って思うことはあるけど、みんな私を頼ってくれてるし、それがとても嬉しい。


 チャイムが鳴って、みんな急いで席に戻る。そして教科の先生が入ってきて、一限目の始まり。


 今まで授業中が特別好きだったわけでもないけど、最近は別の感情が先行して、少し退屈だなーって思う。


 ほとんど一目ぼれだ。きっと、友達以上の感情を持ってる。だって友達だったら学校に行けばいるのに、葵ちゃんに会うときほどドキドキしない。もしかしたら会う場所もタイミングも全然違うからそう感じるだけなのかな。

 まだまだ自分でもよくわからないから、本心といえるかもわからないこの気持ちは内緒にしておきたい。


 なんで好きな理由教えてくれないの、って聞かれた時はぐらかしちゃったのも多分そのせいだ。一方的な好意だって、なんとなくわかってるから。

 問い詰めてる時のじとーっとした目はかわいかったけど、罪悪感もちゃんとある。


 そんなこと考えてたらいつの間に黒板がとても進んでて、ノートを写す前に黒板を消されてしまった。だから授業のあと慌てて隣の人にノート見せてもらいに行った。このままじゃまずいなぁ、とは思うんだけど。でも、ずっと考えちゃうの。




 お昼休みになって、さっきノートを見せてもらった子から声をかけられた。


「今日何かあった? 気が抜けてるみたいに見えたけど。話くらいなら聞くよ?」

「ありがと、でも大丈夫だよ」


 そうやって笑顔で何もないみたいに返す。本当は悩み、あるんだけど。

 同性の子が好きかもしれない。そんな悩みが特殊なこともわかってるし、それ以上に悩みを見せることに怖さを感じる。葵ちゃんにも、クラスの子とか先生にも、誰からも嫌われたくない。




 お昼休みの後も2時間分授業があって、それを乗り越えてホームルーム。みんな顔に疲れが見えるけど、私は待ち遠しかったから疲れも吹き飛んだ。

 そしてホームルームが終わった! 待ちきれなくて思わず走り出す。おっとっと、高田さんに渡すプリントを忘れないようにしないと。


「橘さん、今日カラオケ行かない?」

「ごめんね、しばらくは無理かも~」

「そっかー」


 クラスメイトからのお誘いも柔らかく断って、駅まで走って電車に乗る。

 葵ちゃんの家に行く日になると、同じ電車の景色もちょっと違って見える。いつもより景色が早く見えたり、眩しく見えたり。そわそわしっぱなしで変なのは、自覚してます。


 電車に揺られて5分ほど、葵ちゃんの家の最寄り駅に到着。駅からさらに歩いて10分、都会だけどちょっと静かな住宅街にある一軒家。

 あの日初めて会ったときは日常の中で一番楽しみな時間になるなんて、思わなかったな。本当は一緒に学校に行けたらいいなとも思うけど。


 インターホンを押すと、


「はーい」


 聞くたびかわいいなって思っちゃう声とともに小さく足音が聞こえて、ドアが開く。


「あ、いらっしゃい」

「やっほー」


 学校に来れない彼女だけど、こうして会えるだけで今は十二分に幸せ。


 ◇


 今日の葵ちゃんは何か言いたげ。でも尋ねても何も話してくれない。


「どうしたの? 何か話したげに見えるけど」

「え、えっと、その……」


 毎回返事の後に沈黙が入る。何か言いたげで、ちょっと引っ込めて。その気持ちは私の本心と似てるところがあって。

 『ちゃんと言ってほしいな』そう言いたいけど、それが自分にも返ってきて複雑な気分。


 そんな感じのやり取りが続いて何回目か。今日は無理そうかな、そう思って帰る挨拶をしようとしたら、まずいって思ったのか一瞬顔が暗くなって。そのあとちょっと寂しそうな、悲しそうな顔にと変わっていって。


「あのさ」


「なんで私のことが、好きなの?」


 ちょっと悩んでた顔から泣きそうな顔になって、必死にこらえてる顔になって、苦しそうな顔になって。その表情の変化はまるで私が普段みんなに見せない顔を隠すときのような、そんな風にも見えた。


「それで悩ませちゃってたんだ、ごめんね」


 申し訳ない事しちゃったな。悲しそうな顔を見て、胸がチクリと痛む。

 私があの時に言った好きって言葉は、確実に本心だ。それが友達としてだとしても、そうじゃないとしても。葵ちゃんはそんな私のことで、ずっと悩んでくれてた。

 向き合ってくれてたんだ。


「ん-とね、物静かでちょこんとしてるところでしょ、綺麗な髪でしょ、真剣に考えたりしてると目がきりっとするところでしょ、あと優しいし、人のことよく見てるし……」


 指折り数えながら好きなところを語っていく。あれ、今私どんな顔してるんだろう。それすらもわからないくらい恥ずかしい。でも好きな気持ちは背中を押して。自分の心も好きな人も見つめながら、どんどんと余裕がなくなっていって、顔が熱くなる。


「も、もうわかったから!」


 向こうから裏返った声でストップが入る。私もだんだん余裕がなくなってきてたから、正直ありがたかった。このまま喋り続けてたら沸騰しちゃってたかも。

 向こうもいつの間にか顔が赤くなってて、手振りからも言われ慣れてないんだろうなーとか、そんな余裕のなさが見える。普段は冷静な感じで、慌てるイメージなんて想像もつかないから。新しい一面が見れてうれしい。


 慌てふためく顔を見てるといたずらしたくなってくる。目線を合わせてもう少し近づいて、ちょっと色っぽく。


「好きだよ」


 あ、もっと顔が赤くなった。何を想像したのか、手振りは私を突き放す動作に変わって、物理的に距離を置かれる。


「これ以上変なことすると怒るよ!?」

「ごめん、だから嫌わないで~!」


 いろんな表情が見れるのは面白いけど、さすがに怒る顔は見たくないなぁ。嫌われたくないからさすがに反省してやめた。

 葵ちゃんは私のことどう思ってるんだろう。

 そう聞きたかったけど、そのための勇気はどこにもなかった。

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