第11話 第4のルート その3

「せ、聖遺物?」

「えぇ、噂では魔法薬とも言われているし、ペンダントだとも言われている。昔からある文献を紐解くとその洞窟にあるらしいんだけど、何回調査されても洞窟の中には聖遺物はおろか、聖遺物を守るとされる魔物の存在も認められなかったらしいの」

「じゃ、じゃぁそんな所に行っても無駄なんじゃ………」

「あら、それは分からないじゃない」

「え………でも………」

「貴女、この学園に来てからというもの、ずっと幸運に恵まれていると思わない?」

「………」

「どうやら危険もないみたいだし………試しに見に行ってみるくらいの気持ちで、確かめてみるのも良いと思うけど?」


そう言うと、その人は優しげな瞳を細めてニッコリと笑った。





◇ ◇ ◇






「ほ、本当にあった………」


最後のチェックポイントにたどり着いたら、そこから南西に向かって200m。

小川に沿って行くと、教えてもらったとおりに洞窟が姿を現した。


「………思ったよりも………小さい?」


伝説の聖遺物が安置されているなんて言うからもっとおどろおどろしい洞窟を想像していたけれど、山の中に住むというドワーフ族の穴倉みたい。

というか、もしかしたら本当に昔はそうだったのかも。

苔むした洞窟の入口は草木に覆われ、小柄な私が腰を屈めないと入れないくらいに狭い。


「………切り開いた跡?」


入口を覆う草木を腰に下げた採取用のナイフで切ろうかと思った矢先、ここ最近切り開かれたような跡を見つけた。

切り口は完全に乾いているから、昨日今日切り開いたというわけでは無さそう。

先ほど教えてもらった通り、誰かが定期的に調査を行っているのかもしれない。


「………よ、よし」


躊躇している時間は無い。

時間は稼いでくれるって言ってたけど、あまり遅くなったら皆に心配をかけるだろうし………。

本当にこんなところに聖遺物があるのか、危険が無いのかどうかも分からないけど、少しでもアルフさんにお返しができる可能性があるのならちょっとくらい冒険してみよう。


確かに最近の私って、信じられないくらいに運が良い。

学園の一般受験に合格できたのも、アルフさんに出会えたのも、どっちも一生に一度あるかないかの幸運が続いてる。


も、もしかしたら………学園に合格できたのは、アルフさんに出会うためだったのかもしれないし………。


「ぅ………」


駄目だ。

アルフさんの事を考えるたびに胸がドキドキして息をするのも苦しい。

これってやっぱり、一目ぼれって言う事になるのかな………?

で、でも見た目だけが好きなわけじゃない!!

………見た目もすごくかっこいいけど。

なんにせよ、こんなに急に恋に落ちるなんて今まで考えたことも無かった。本当にあったんだ、運命の出会いって。


「待っててねアルフさん………きっとお役に―――――」


そしてそう思って一歩足を踏み入れた洞窟の中に、


―――――――ゴゴッ………


「え?ちょ、ちょっと!!うそでしょっ!!待って!!何で入り口が!!!!」


一瞬で閉じ込められる未来も、全く考えていなかった。そして、


「………え」


私の声がワンワンと響いた洞窟の奥からは、何か得体のしれない物が軋むような音を立てて近づいてきている音が聞こえていた。






◇ ◇ ◇






聖ウィリアム王国物語は周回を前提としたゲームデザインになっている。


前提となるルートを攻略しないと解放されないルートがあり、その一つが王子全員を攻略した後に解放されるハーレムルート。

そしてハーレムルートを攻略することで進行可能になる隠しキャラ2人のルート。


ただ、隠しキャラ二人のルートはエルザと隠しキャラが結ばれる訳ではなく、あくまでもハーレムルートの中でさらにエンディングが分岐していく、というようなものになっている。


まぁそんな世界観だからか知らないが、基本的にこの世界は一夫多妻や一妻多夫なんかの家庭が当たり前のように存在している。

貴族階級にそれが多いのか、と思いがちだが(というか俺もこの世界で記憶が戻るまではそう思っていたけど)実際にそう云った家族構成が多いのは平民階級の方だったりする。

要するに多人数で稼いで、多人数で家事を分担して、多人数で支え合いながら生きて行こうとする形態が普及しているのだ。


そしてエルザの家庭もまさにそんな典型的な一妻多夫の家庭で、エルザによく似た妖艶なお姉様が母親。

そしてそのお母様にべたぼれの夫が5人いるらしい。

………改めてすげぇ世界観だ。

こういっちゃなんだけど………夜の情事とかどうなってんだろ………エルザの母親は毎年子供産んでるらしいし。

考えただけで気恥ずかしい気持ちになる俺は、まだまだこの世界に順応しきれていないのかもしれない。


そんなわけだから、エルザ自身はハーレムに対して抵抗感は無いんだよな。

一方のスカーレット達貴族の方が抵抗感のある人は多いみたいだ。

でも結局貴族は貴族で使用人や平民の愛人を囲いまくる風習が横行してるし、どっちもどっちな環境だけど。

貴族は建前が大事、平民は実利が大事……ってところなんだろうか。


………とにかく今気にしなくちゃいけないのはそこじゃない。

ようはおそらくこの世界が聖ウィリアム王国物語の一周目と同じ状況の世界線だろうということだ。


周回時、プレイヤーは前の周からレベルやスキル、そして転移の腕輪という聖遺物を持ち越すことができる。

レベルやスキルも勿論だが、この転移の腕輪というのが時短プレイに大きな役割を果たしてくれる。


一度行った場所にワープをさせてくれるその腕輪は、それぞれのダンジョンのボスをスキップする時に活用されるのだ。


この世界における聖遺物は、一部を除いて全てに守護者がいる。

基本的にボスはアイテムを取ると同時に出現し、プレイヤーはそのダンジョン内に囚われ、撃破するまで逃げ出せない仕様。

プレイヤーのレベルに連動して強さを変えてくるボスは正攻法では苦労させられるのだが………、なんとこのボス、転移の腕輪でスルー可能になる。

ようするに道中の難易度が低いダンジョンであれば、殆どリスクを犯さずに聖遺物を手に入れることができるようになるのだ。


一周目の攻略時には最終盤に手に入るアイテムのため殆ど活用する機会がない上、一度使うと長期間の魔力チャージが必要になるので役に立たないが、二周目からはリチャージごとに活用するとめちゃめちゃ攻略が楽になる。モンスターを倒して入る経験値がメインのゲームじゃなかったからな。

めんどくさいボスはスルーしてしまうのが一番効率的だったわけだ。



そして、なんで今俺がそんな事を気にしているのかというと。


「っ………!!! 何だよこれっ!!一周目じゃねえのかよ!?」


駆けつけたその場には、既に聖遺物なんぞあと欠片も残っていなかったからである。

ようは、誰かがボスを放置したまま転移の腕輪を使用したのだ。




―――――話を1時間前まで遡ろう。







◇ ◇ ◇






「………アルフ!」

「はい?何ですかお嬢様?」

「………エルザはどこよ!」

「………どこって………先程誰かと林の奥に入っていくのが見えなかったんですか?」

「ふ、ふーん………」


腕組みをして仁王立ちするスカーレットは俺の言葉を受けて所在なさげに視線をさまよわせた。


先程最後のチェックポイントについたばかりの俺達は、今はこの近くにあるはずだという薬草を探すべく各々が周辺に散らばっているような状況だった。

そして我がスカーレットお嬢様はというと、続々と散らばっていく御学友をしり目に仁王立ちをしたまま。

俺としても傍を離れるわけには行かないのでスカーレットの美貌を眺めながら暇つぶしをしていたのだが………口を開いたと思ったらこれだよ。

なんなんだ、まだ実はさっきのこと引きずってるのか?


「そ、それでアンタは何でこんなとこにいんのよ」

「何でと申されましても………」

「エ、エルザのとこに行かなくていいかって聞いてんのよ!!」

「………はい?」

「………」

「………」

「………」

「………何でですか?」


何が言いたいのだろうか。

もしかして俺のことを試してるのか?

先程の騒ぎもあった手前で俺が「あ、良いんですか?あの子危なっかしいんで様子見てきますね!」とか曰ったら後ろから炎でも放つつもりなんだろうか。


「な………なんでって何よ!!」

「………いやその………仰っしゃりたいことの意味が分からなくてですね」

「あ、アンタは………!!」

「はい」

「あ、あの子の………」

「はい」

「エルザの事っ!!!」

「はい」


「す、好きなんでしょッ!!!!!」

「いいえ?」

「ほらやっぱ………」

「………」

「………」

「………」

「う、嘘をつくなぁぁああッ!!!」


何なんだよ本当に。

嘘じゃないってば本当に。

まだ俺はおとされてない。

今後耐えきれるかどうかの自信は揺らいでいるけども。


「絶対に信じない!!!あんたが………あんたが顔赤らめてるのなんて初めて見たわよッ!!!」

「んなわけ無いでしょう。何度もお嬢様の前でしてますよ。つい先月もお嬢様がお転びになって中の―――」

「ぎゃぁぁあ!!やめなさいッ!!変なこと思い出させるんじゃないわよッ!!」

「いや、でもですねぇ………」

「口答えすんなぁ!!」


はいはい。


しかし口を真一文字に結んで直立してみせると、スカーレットはマナの漏洩反応まで起こして怒り始める。


「何黙ってんのよ!!」

「口を開くと口答えしてしまいそうですので!」

「口答えせずに口を開きなさいッ!!」


難しいことを言うな。

それを望むなら論理的に責めてきてくれないと困る。


「では一つ質問なのですが」

「な、なによっ………」


腹いせに珍しく質問を返そうとしてみると、途端にスカーレットの髪の毛はストンっ………と落ちて視線を彷徨わせ始めた。

………攻められるの弱いんだよな、お嬢様。

そこがまた可愛いということに、早くハインズも気づいてほしいもんだ。スカーレットの魅力はとてもじゃないけど数え切れないほどあるし、気づくのが遅れることは仕方ないが。


「お嬢様がお怒りなのは何に対してですか?」

「な、なにって………わ、分かるでしょ!!」

「分かりかねます。」

「どうしてよっ!!」

「では質問を変えましょう。お嬢様がお怒りなのは、私に対してでしょうか?それともエルザさんに対してでしょうか?」

「そ、それは………」

「もっと言えば、エルザさんと私が呼ぶことにしたということに対してなのか、エルザさんと呼ばせようとした彼女に対してなのか………どちらでしょうか」


もうここまで来たら散々怒らせて体力を消費させてしまった方が良い。

どうせ散々怒ったらいつもみたいにガス欠を起こして眠っちまうはずだ。


なんて………思っていたのだけれど


「………」

「………」

「わ………」

「………?」



「………………分かんないわよ、そんなの」



泣きそうな顔になって俯くスカーレットの顔を見た瞬間、この世に生を受けてこの方、経験したことのない衝撃が心臓を貫いた。


「はぐっ………!」


いてぇっ………!!

馬鹿みたいな理由だけどマジで心臓が痛えっ!!


「は!? ア、アルフッ!?」

「ぐぅぅ………!」

「ちょ、ちょっとやだッ!!どうしたのッ!?やだっ!!アルフっ!!」

「ぐぁぁっ………!!」

「いやっ!!いやっ!!アルフしっかりして!!いやよっ!!アルフ!!死んじゃいやッ!!!!」


か、可愛すぎる………っ!!

間違いなくうちのお嬢様は世界一可愛いっ………!

さっきの切なそうな顔も最高だったけど、従者の異変に真っ青になって駆け寄ってくる姿のいじらしいことと言ったら無い。


まじでどこのどいつだよ、うちのお嬢様を悪役令嬢なんて役柄にしやがったのは。

悪役令嬢の訳ねぇだろうが!!

どこからどう見ても天使の化身。

見てみろ、たかが家臣の異変にマジ泣きだぞ!?


「やだっ………!やだぁ………っ!!」


いてぇっ………!!

可愛すぎて心臓がいてぇよ!!

見ろっ!!

使えもしねえのに医療魔術使おうとしてんだぞ!!

鼻水までたれてきてるぞ!!

あやべ………おれは鼻血が………。


「いやぁぁぁあッ!!やだぁあああッ!!」


案の定、鼻血を見たスカーレットは完全にパニックに陥ったようだった。


いかん………こ、これ以上は流石に心配させるわけにはいかないっ!!

向こうは俺が死にそうだと思って必死なのに、お嬢様が可愛すぎて心臓が痛くなりましたとか言ったら、お嬢様に殺される。


そう思って何とか心臓の動機を落ち着け、立ち上がろうとしてみせると、


「はっ!?だ、だめっ!!動いちゃ駄目っ!!」


まさかの抱擁。


「あ、あの………もうだいじょう………」

「ダメェッ!!」

「あ、いや………ほ、ほんとうに大丈夫で………」

「駄目ったら駄目ッ!!お願いだから大人しくしてッ!!!」


………まさかのお嬢様からのお願い。

いつも天上天下唯我独尊、傍若無人を地でいくお嬢様からのお願い。


これは何だか………家臣としてくるものがある。


「ど、どうしたの………! 痛いのっ!? 大丈夫っ………大丈夫よアルフッ!! すぐに助けが来るからねッ!!待っててッ!!必ず助けるからねッ!!」


いかん………なんか、泣いてしまった。

何なのこれ、本当に。

主人に労れるのって、こんなに感動するもんなの?

知らんかったなぁ………。

なんせ前世と含めて人生初体験だもんなぁ。


「誰か助けてッ!!!お願いッ!!!お願いしますッ!!!誰か助けてぇええッ!!!」


あぁでも泣いてる場合じゃない、流石にこんな間抜けな理由で大騒ぎにしちゃ駄目だ。

錯乱状態のお嬢様は、もう完全になりふりを構ってない。

そういやこの子、そういう子だったもんな。

思ったら一直線。

見栄なんかよりも大切なものが、ちゃんとある子だ。


「そ、そうだエルザ………エルザなら医療魔術が………!!」

「お、お嬢様、あの………」

「エルザッ!!!何処にいるのエルザァァアっ!!助けてッ!!アルフがっ!!!」


「どうしたんだっ!!?」

「ハインズ様ッ!!アルフがッ!!アルフがぁッ!!」


ハインズの姿を見た瞬間、少しだけ安心したのだろう。それまで堪えていたのか、いきなりスカーレットの身体はガタガタと震え始めてしまった。


「分かった。落ち着いてくれスカーレット。アルフ君の具合が悪いんだな?」

「は………ぁ………ぁ゛」


もう言葉すら出てない。


「とにかく抱きしめるのをやめて寝かせてやろう。な?支えておいてやるから、大丈夫だ。安心しろスカーレット」


そしてハインズのカッコいいことと言ったら無い。

スカーレットの悲鳴にちゃんといの一番に駆けつけることもさながら、冷静に対処しようとしている姿も最高だ。


「大丈夫かい?アルフ君?」

「は、はい………あの………」

「っ!? 喋っちゃダメェッ!!!」

「スカーレット、落ち着こう。大丈夫だよ。ほら、離しておやり?」


まじでハインズが現実でクソ野郎じゃなくてよかった。

本当にコイツは最高だ。

スカーレットを任せるなら、こいつ以外にありえない。


「おいおい大丈夫かよっ!?なにがあったんだよ!?」

「アルフさんっ!?だ、大丈夫ですか!?」

「どうなされたんですかッ!?」


バラック、フォウ、クルト、と続々と人が集まってくる中で、あぁやべぇまじで大事になっちゃったなぁとか思っていたんだけど、


「ハインズ様………?」

「アルフッ!!喋らないでって言ってるのッ!!」

「どうしたんだい?」


従者たちも集まってきた中で、違和感を感じたときには既に口が動いていた。


「エルザと………あと、ビアンカさんはどちらに?」


おかしいだろ。


みんな集まってくるようなスカーレットの叫び声だったんだぞ?

どうしてエルザも、ハインズの従者であるビアンカもこないんだ?


「あぁそれが………さっきからずっと姿が見えないんだ、二人とも」


それを聞いた瞬間に、嫌な悪寒が全身を駆け抜けていった。


「さっきから………?」

「アルフっ………言うことを聞いてっ!!アンタ本当に喋っちゃ―――」

「あぁ。エルザさんが見えなくなったと思ったら、急にビアンカもすぐそこの小川の方に姿を―――」



その瞬間、俺は今までの流れも全部忘れて走り出していた。


「アルフッ!?どうしたのアルフッ!?待ってッ!!やだッ!!お願いだから止まってッ!!」


一番最後のチェックポイント。


小川に沿って南西へ。


そしてそこには、


「アルフッ!!!だめぇえええっ!!」



聖遺物の守護者がいる、洞窟がある。





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