第9話 第4のルート その1

スカーレットは『聖ウィリアム王国物語』において悪役令嬢でありこそすれ、ユーザーからまで嫌われていたわけではない。

むしろヘイトを買っていたのはハーレムルートまである主人公エルザの方で、どのルートにおいてもハインズに一直線なスカーレットに対して好意的な意見が多かったことを俺は知っている。

エルザへのいじめもどちらかというと彼女の取り巻きが積極的に行っていたことだし、表向き直情的で豪快なキャラクターは結構な数の支持者を得ていたらしい。


彼女はゲームの中においては便利な駒として利用されていて、ハインズとエルザが結ばれないルートにおいてもそれは変わらない。

事あるごとに事態が決定的な方向へ傾くトリガー、もしくは供物や当て馬の様な扱いを受けるのだ。

普通に嫉妬に狂って禁忌を犯すハインズルートであるならまだ自業自得という評価で済むのだが、他のルートでは真の悪役達の掌で踊らされる。


「じゃぁ今日のオリエンテーションはこの6人組で行こう。自己紹介でもしようか。僕はハインズ・ロッケンバウアー、セントウィリアム王国の第1王子だ。今日はよろしく頼むよ」

「スカーレット・オズワルドよ。セントウィリアム王国公爵家の長女で………ハインズ様の………こ、婚約者……よ」

「エ…エルザ・クライアハートです。平民階級です………。ど、どうぞよろしくお願いいたします!」

「バラック・エル・クラドールだっ!!神聖皇国から留学してきたばっかでまだここに慣れてねぇ。気軽に声かけてくれっ!」

「フォ…フォウリッヒ・ガランテです………アナハイム自治領の……ガランテ家の長子です………どうぞよろしく……」


例えばこの春先のオリエンテーションでエルザと出会う二人の王子。

神聖皇国第2皇子、バラックとエルザが結ばれるルートでは、バラック率いる神聖皇国とウィリアム王国が軍事的緊張状態に陥った際、謀略を張り巡らされて敵に機密情報を渡してしまう。ハインズを守るためだと言う嘘を鵜呑みにしてしまった軽率な行動を取った結果、ハインズが瀕死の重傷を負う。

結果として濡れ衣を負わされ、敵の手によって処刑されることになるのだが、その際に御付きの執事も共謀したとして一緒に首をはねられる。まぁ要するに、この場合は俺だ。


そしてアナハイム自治領のフォウリッヒ。フォウと呼ばれる気弱な男は自治領を取り込もうとする王国の動きに対して聖女に覚醒したエルザと共に立ち向かってゆく。その際にスカーレットは王国側の首謀者に唆され、功を焦った結果魔獣に取り込まれて死亡する。フォウのルートでもバラックのルートでも同じなのだが、物語の中盤でスカーレットには必ず精神が不安定になるイベントが用意されていて、その結果通常の精神状態ではなくなるからこそ、悪事の首謀者達の甘言に惑わされやすくなる。


………どちらのルートでもスカーレットは死亡する上に、どちらのルートでもエルザとスカーレットの関係はよろしくない。

現状でスカーレットとエルザの間に亀裂が入っていない事から、これらのルートがそのまま起こるとは限らなくなったが………可能な限りバラックとフォウがエルザに惚れるのは避けたいところだ。未来への禍根は残さないに限る。


「クルト・パルフェブルです。聖クウェル教会のシスター代表としてこの度学園に招かれました。どうぞよろしくお願いいたします」


そして、今俺が一番警戒しなくちゃいけないのはこの女。


きれいな茶色の髪を中分けにしたその女は、一切の邪気が感じられない微笑みを浮かべて挨拶をした。

エルザと同じく制服に身を包んでいるものの、短めのスカートをはいて生足を晒しているエルザとは違い、ひざ下のスカートにハイソックス。宗教上の理由であまり肌を晒していないらしいが、ゲームの中で触れられているのはそんなサラッとした説明だけだ。


そしてコイツは、すべてのルートでスカーレットの死因の影にいる存在。

この女は近寄らせたくない。

「よろしくね」と言ってスカーレットが握手をしているのすら、できれば止めたいところ。

ただまぁこんな最序盤で変な動きをして警戒されるのもまずいし、とりあえず今日のオリエンテーションで起こる他のフラグをへし折れば及第点だろう。………とか思っていたら、


「………」

「………」


フッ………と、クルト・パルフェブルがこちらへ視線を向けた。

目が合った瞬間にニコッと微笑まれたが、正体を知っている身としては悪寒しか感じない。

くわばらくわばら…なんて思っているうちに、今度はハインズ王太子殿下から言葉を掛けられた。


「アルフ君、何をボーっとしているんだ?」

「………は?」

「君の番だろ、自己紹介」


なぜ執事の俺が。

と思ったのもつかの間、


「あ~、知ってるぜ。スカーレットお嬢ちゃんの執事っていやぁ入学式から話題がつきねぇもんなぁ?」

「ぼ、僕も知ってるよ。なんでもそこのエルザさんを助けるために入学式であんなことをしたって………」

「ありがたいお言葉ですがそれはちが――――――

「そうなんですッ!!!アルフさんは私の事を二度も助けて下さいました!!」

「あの………エルザ様………」

「おぉ~!じゃぁやっぱり噂は本当だったのか! いやぁ、入学式の日は随分変な執事がいるなぁとか思って笑っちまって悪かったよ!!お前漢だなぁッ!!気に入った!!」

「す、すごいね……僕なんかとてもそんな勇気出ないよ……か、かっこいい……」

「そうなんですっ!!!か、か、………カッコイイですよねッ!!!」


結局その流れを断ち切るために、俺たち貴族付きの従者も自己紹介する羽目になったのは、とんだ災難だった。

エルザがスカーレットサイドの俺を快く思ってくれるのはありがたいけれど、正直この話題は早く収束してほしい。

目立てば目立つほど情報の収集に支障をきたすのは自明の理。

既にゲームとは違う流れになってきている今、情報の価値は上がり続けている。

いっそのこと、暫くエルザとは絡まないほうが良いんだろうか。


「アルフと申します。スカーレット様付きの執事でございます」


そしてその従者たちの自己紹介中に気になったやつが1名。


「ビアンカと申します。ハインズ様付きのメイドでございます」


そう名乗った俺と同い年ほどの女は、薄紫色の髪を編み込んでお下げにし、クラシックスタイルのメイド服に身を包んでいる。

………。

こいつ、ゲームの中で見たことがあるような気がする。

どこのシーンだったかは思い出せねぇけど。


「………」


そう気づいてからその女を見ていたら、やたらとスカーレットとエルザのことをじっと見ている時間が多い。


「さて、じゃあ時間になったし、我々も出発することにしようか」

「はいっ!ハインズ様!♡」


スカーレットがハインズの近くに寄ったときには、あからさまに顔をしかめていたように見えるし………。

なんだこいつ?

なにか思い出せないかと彼女のことを見ていると、やがて彼女はこちらの視線に気づいたようだった。

真っ直ぐにこちらを見返してくる目の色は、髪とは違ってやや赤みがかっている。


「………なにか?」

「………あぁ失礼。お美しいので見惚れていました」

「はぁ」


つっけんどんな反応は、当たり前だけどこちらに全く興味を示していない様子。

それよりも彼女はハインズとスカーレットのことが気になるようで、またジッと二人のことを見つめていた。






◇ ◇ ◇





学園周辺の散策を行うオリエンテーションは、聖ウィリアム王国物語において必ず発生する出会いイベントだ。

錬金術に使える植物が自生する群生地を巡り、学園の周辺地理についての理解を深めることが目的の一つ。

そして生徒同士の親交を深めることがもう一つの目的らしい。


「錬金術っていってもなぁ。皆は錬金術つかえんのか?」

「僕はやったことはないね。スカーレットはどうだい?」

「わ、私は少しだけ………」

「ほぅ。それはすごい。なかなか敷居の高い分野だと思うが」

「ア、アルフに仕込まれました………」

「ははぁ………アルフ君に………彼は本当になんでも出来るね。試験の時もほぼ満点だろ?」

「あいつ、誰かに師事してるのか?」

「いえ、殆ど独学だと思います………」

「………それは凄まじいな」


学園からわずかに外れた林道を歩きながら、生徒チームとそれに追随する使用人チームはわずかに距離を開けて移動していた。

生徒チームは和気藹々といった様子だが、使用人チームは完全に無言。

俺の横には先程気になったビアンカが、今は無表情のまま無言で歩いている。


「………」


ちらりと横目に見ても、先程のような不信感は彼女には感じない。

ハインズのお付きだからなのかやたらと美しいが………どこぞの貴族の娘なのだろうか。王子付きのメイドともなれば、戦闘力も馬鹿にならないはずだが。


………。


まぁいい。

とにかく今はこのイベントに集中しよう。

この散策イベントでは、ルートが3種類に分岐する。

途中で発生する選択肢によって、ハインズかバラックかフォウの固有イベントが起きるのだ。

イベントの内容に大差はないが、危地に陥ったエルザを救いに来る人物が変わる。


「よしついたな。じゃあハンドブックに沿って薬草を探そう」

「さ、探すって言っても………わちゃわちゃで何が何だかよくわからないよ………?」

「大丈夫だフォウ。スカーレットもアルフ君も錬金術に精通しているみたいだからな。わからなければ聞くと良い」


イベントの前半はルートの決定。


「スカーレット様、これは………」

「ん?んー………違うわね。これ毒よ。」

「じゃあこれは………」

「これも毒あるわね。エルザ、あんたわざと毒選んでんの?持ってくるもの全部毒ありなんだけど」

「す、すみません………!」


本来のゲーム中ではスカーレットに錬金術の知識はなく、みんなしてハンドブックを頼りにあれこれ思案する場面。

そんな中でエルザは一人の攻略キャラに声をかけることになるのだが、


「スカーレット様!これは間違いなく!!」

「馬鹿!!それ触っちゃ駄目よ!!手がかぶれるから直ぐに水筒の水で洗いなさい!!」

「ふぁあ!?」

「もうアンタは大人しくしてなさい!!破門よ破門!!」

「はぃぃ………」


残念だったな。

既に俺のスカーレットお嬢様はそんじょそこらのボンボンでは相手にならないほどのスキルを身に着けている。

この六人の中で最も頼りになるのはスカーレット以外の何者でもなく、最も可愛いくて魅力的なのもスカーレットだ。

どうだ王子ども。

エルザは今お前らなんかよりも、完全にスカーレットを頼りにしているぞ。

必須イベント?確定ルート?

ふん。

片腹痛いわ。

せいぜいお前らはなんのイベントも起こさずに平穏な学生生活を送るが良い。

エルザが貴様らを頼ってフラグを立てることなど、神とゲーム制作者が許しても俺がゆるさ―――


「あ、アルフさぁん………」

「………」

「スカーレット様に破門にされちゃいましたぁ………」

「………」

「………アルフさん?」


まさか俺に話しかけに来るとは思わなかった。

これどうなんの?

俺ルートとか発生するのか?


いやいや、あり得ないだろ。

絶対に無理なはずだ。


「あ、あぁ申し訳ありません………」

「………? いえ、どこか具合が悪いのですか?」

「いやいや、ちょっと考え事をしていたものですから」

「そうですか。………あのぅ………そ、それでですね」


そういうとエルザは、とたんにモジモジとし始めてこちらを上目遣いに見つめてきた。

聖ウィリアム王国物語の唯一にして絶対のヒロイン。

きれいな茶髪のセミロングは、平民階級であることが信じられないほどに艶めいている。

聖女としてのパッシブっていう設定があったはず。

肌もマーガレット並みに白く透き通っていて、細身の体は触れれば折れてしまいそうだ。


「もしよろしければ、薬草について教えていただけないかと思って………」

「………私がですか?」

「は、はい………駄目ですか?」

「………親交を深めるためにもお嬢様に聞いたほうがよろしいのではないですか?」

「で、でも破門にされちゃいました………」


やめろ。

目をウルウルさせるんじゃない。

可愛いだろうが。


………。


これ………世界一可愛いうちのお嬢様で耐性上げてなかったら簡単に堕ちるな。

自然と思わせぶりな態度や表情を取るあたり、無自覚な魔性の女ってところだろうか。

ありがとうスカーレット。

俺達は持ちつ持たれつの関係だってことを今理解したよ。


「………では、少しだけお教えしましょうか?」

「ホントですかっ!やったぁ!」


やめろ。

可愛いポーズで天真爛漫に喜ぶんじゃない。

ほだされそうになるだろうが。

後そういうの女子連中からしたらぶりっ子って言われるぞ。

ていうかゲームの外では言われてたぞ。


「じゃあこっちに!沢山生えてるところがあるんです!」

「ちょ………ちょっと、引っ張らないで下さい………」

「早く早く!もうすぐ次のポイントに出発しちゃうみたいですから!」


くそっ!!!

可愛い!!

無警戒に腕を絡めるんじゃない!!

当ててんのか!?


「えへへ………!アルフさんに教えてもらえるの、嬉しいです!」

「〜〜〜っ………そ、それは良かった」

「はい!」


腕に伝わってくる控えめな柔らかさに気を取られていた俺は、その時こちらを見つめている3つの視線に気づかなかった。


情報が大切だって思った矢先なのに………。

煩悩ってのは、いつも障害になる。






◇ ◇ ◇






「………」


何よあれ。

どうしてエルザとそんなに仲良さそうなわけ?

鼻の下伸びてんのよこの色ボケ執事。


「スカーレット、これは薬草かい?」

「………」


ちょっと可愛い子がいると直ぐにこれよ。

あいつは昔っからそう。

パーティーに連れてくとすぐに他の女といちゃつき始めて、見れたもんじゃないわよ。

倫理とか道徳心ってもんが足りてないのよね。


あんたはマーガレットの将来の旦那なのよ?

そこんとこ分かってる?

お父様もお母様もそう望んでいるし、何よりマーガレットがあんたにメロメロだし………。

もうちょっと貞操観念をしっかり持ってくんない?


「スカーレット?」

「え!?あ!ど、どうされましたかハインズ様っ!?」

「あぁいや………これは薬草で良いかな?」

「え、えっと………」


「アルフさぁん!!」

「はいはい………毒草ですねこれ」

「アハハ!やっぱりだめだぁ!」

「はは………じゃあ見分け方を………」


………。

随分楽しそうじゃない。


はぁ?


普段から御主人様には見せないような笑顔まで見せてサービスのよろしいこと!!

ていうかエルザもエルザよ。

そいつは私の執事なんだけど。

どうしてエルザが独占してるわけ?

おかしくない?

おかしいわよね?


「………気になるかい?」

「はっ!! ご、ごめんなさいっ!!えっと………こ、これは薬草です!流石ハインズ様!」

「何だか、急激に仲良くなってるねぇ、あの二人」

「え………?あ〜………はい………別に………興味ありませんけど………」

「幼い頃からずっと一緒だったんだろ? 別の女性といると違和感を感じるんじゃないかい?」

「そ、そんなことありません!!全く興味ありません!!これっぽっちも!!近くにいないとせいせいします!!あー良かった!エルザがアイツの事引き受けてくれて!!」


私が必死に否定をすると、ハインズ様は心底可笑しそうにクスクス笑う。

整った顔立ちに思わず見惚れてしまいそう。

だけど………

なんだろ………


「アルフさん、こ、これは………?」

「………薬草ですね。クァドリヴィウムという種類で………」

「や、やった!!」

「おめでとうございます。それで、この薬草の効能が………」

「やったぁ!ありがとうアルフさん!!」

「あの………効能を………これ結構珍しい物で………」

「差し上げます!」

「え?いやいや、売ったら良いお小遣いになりますよ?」

「教えてくださったお礼です♡」

「はぁ………あーでは、宜しければ調合のレシピをお教えしますよ?流石にいただくのは悪いというか………」

「………」

「ん?」

「あ、アルフさんが錬金術を………教えてくださるんですか………?」

「はぁ………まぁ………道具はお持ちじゃないですよね」

「はい………えっと……あ、アルフさんのお部屋でですか………?」

「は?………あ、いやいや,私の部屋にもあるんですが、学園に調合施設があるんですよ。そちらでお教えします」

「………そうですか」

「………あれ?」



なんか………私おかしくなってるのかな?

ハインズ様の笑顔を見ても、胸の奥のムカムカが消えない。







◇ ◇ ◇





「………。」


アルフ・ルーベルト。


スカーレット・オズワルドの従者。


彼が収めている分野は多岐に渡り、学術、武術、魔術………そして今日、錬金術にまで精通しているらしいことが分かった。容姿も相当優れているし、従者としてこれほど完成された人物を見たことがない。


「………邪魔ね、彼」

「ん?」

「あぁ、いえ………、ちょっと独り言です」

「ふん?」


ヨアヒム様からはスカーレット様の情報を流す様に通達が来ている。

ハインズ様の婚約者としての隙が見つかれば、ハインズ様を外から崩すことができるかもしれないから。

でもこの数日、教室やサロンでは彼がスカーレット様の事をサポートし続けていて、失言や失態をしそうになると全て彼にカバーされてしまう。それにスカーレット様に近づこうとするたびに彼に邪魔をされるし………。

今日のオリエンテーションでも彼がスカーレット様を鍛えているような言動が窺えたから、能力面でも精神的な面でも彼がスカーレット様の重要なファクターであることは間違いない。


「アルフさんっ!早く早くっ!」

「エルザ様、あまり走ると危ないですよ」

「大丈夫です!ほらっ!」


………。

あのエルザって言う平民の娘。

あの娘を使ってスカーレット様から彼を引きはがせないかしら?



「スカーレット?」

「え!?あ!ど、どうされましたかハインズ様っ!?」

「あぁいや………これは薬草で良いかな?」

「え、えっと………」


「アルフさぁん!!」

「はいはい………毒草ですねこれ」

「アハハ!やっぱりだめだぁ!」

「はは………じゃあ見分け方を………」


「………。」


………。

スカーレット様が彼を見る目は………正直かなり危ういものに見える。

事前情報ではオズワルド家の若い執事と、スカーレット様の妹であるマーガレット様がかなり深い仲だと聞いていたけど………。

姉妹で男の趣味が同じだったという事かしら。

まぁ確かにいい男よね。

正直な話、彼が平民階級ではなく然るべき地位のある生まれだったら、この国ももっと良くなるでしょうけど。


「………アルフ・ルーベルトか」


彼を篭絡するか排除することができれば、ハインズ様の陣営に影響を与える事ができるだろうか。

ヨアヒム様に報告をして、検討してもらわないといけないかも。


あぁ、


なんだか………


「………ちょっと、良いかも♡」






◇ ◇ ◇






なんなのあの男。


あんな奴ゲームの中に居たかしら………?


いや、いたかも。


スカーレットと一緒に殺される執事がいた気がする………。


でもあの執事って20代後半とかじゃなかった?

あんなに若い男で、目立つような存在だったはずがない。

そもそもおかしいのよ。

入学式のあの日だってハインズはエルザの所へ助けに行かなかった………というか、エルザがハプニングに巻き込まれていることに気付きすらしていなかった。

ハインズがエルザと一緒にスピーチの練習することも無かったし、挙句の果てに入学式本番でエルザは大失態。

あのアルフとか言う執事が悪目立ちをして事なきを得ていたし、ここまでの所、私の知らない展開ばかりが続いている。


気付いた時には何だか知らないけどエルザとスカーレットは仲良しになってるし………。

どうなってんのよ。

聖ウィリアム王国物語の中では、こんなルート存在しなかったわよ。


………やっぱりゲームの中とは違うって事?

でもその割に、出会いイベントとかは私の記憶通りに発生してる。


………あのアルフっていう執事のせいかしら。

ゲームの中には存在しなかったキャラクター。

要するにゲームで言うところのバグってやつじゃない?

しかも、シナリオを破綻させるほどの大きなバグ。


………まぁそれで言ったら、前世の記憶を持っている私もバグなのかもしれないけど。


………。


ダメダメ。

そんな事言っている場合じゃないわ。

何のために今まで一生懸命やってきたと思ってるのよ。


聖女になるために必要な条件は、今の時点で可能な限り集めて来てる。

あのゲームに於いてエルザが批判されていたのは、彼女がただひたすら運の良い女だったからっていう点。

逆に言えばその運の良さで集めていた要素を奪ってさえしまえば、この世界の女は誰しもが聖女になることができる。

聖女としての素質は先天的なものと後天的なものに分かれるけど、後天的なものの方がはるかに重要度が高い。


それにイレギュラーな事ばかり起きて動揺してるけど、ハインズとエルザが近づいていないって言うのは私にとっては僥倖でしょ?

むしろあんなバグ男や確実に死ぬスカーレットと仲良くしてくれるなら、エルザ自身もどこかで死亡する可能性まである。


「………。」


大丈夫。

私は確実に聖女になって、ハインズと結ばれる。

自分を信じなきゃ。

その為にはエルザがどのルートに入ろうとしているのかを見極めなきゃいけないんだけど………。


「あ、アルフさんが錬金術を………教えてくださるんですか………?」

「はぁ………まぁ………道具はお持ちじゃないですよね」

「はい………えっと……あ、アルフさんのお部屋でですか………?」

「は?………あ、いやいや,私の部屋にもあるんですが、学園に調合施設があるんですよ。そちらでお教えします」

「………そうですか」


………何なのあの男。


本当に邪魔。





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