もし小説の主人公になって人生をやり直せたら

呂色黒羽

第1話

俺は死んだ。それはもう、あっさりと。

死の予兆は感じていた。いつも内臓のどこかしらが痛くて、苦しかった。病院に行けばいいと思うだろうが、正直、そんな気力はなかった。

俺の人生を一言で言い表すなら、虚無。いつもどこか退屈で、自分を前に出さない窮屈さを感じていた。

次第に社会や人間関係への興味を失っていき、しまいには人生への興味も失ってしまった。もしかしたら、死ねたのは救いだったのかもしれない。



声が聞こえる。誰の声だろうか。急ぐ声、張り上げる声、優しい声。いくつもの声が聞こえる。

体が持ち上げられる。

降ろされたら側からまたしても声が聞こえた。その声は、今まで何度も聞いた声に似ていて、優しさに満ちていた。


蓮華れんげ。名前は、蓮華よ」


聞き覚えのある名前。そう、それは俺が書いていた小説の主人公だ。



時が経ち、俺は5歳になった。そうなるともうある程度、今置かれている状況がわかってくる。俺は、転生したのだ。

自分の書いていた小説の主人公の一人に。

その名前は蓮華。黒曜石のような黒い髪に赤い目の、気だるげな少女をモチーフにして書いたキャラ。そしてこのキャラの最大の特徴は、神であることだ。

創造と破壊の二つの能力を有する最強の神。それが蓮華だ。

そんなキャラに、どうやら俺がなったようである。姿形も同じだし、魔術なんかも使える。

だが、不可解な点がある。それは俺の家族が、前世と同じ事だ。前世の時と姿も名前も同じ。二つ下の妹も、前世と名前が変わっていなかった。

なぜか俺だけ違う。両親と妹が黒目なのに紅い目なのも不可解だ。

医者からは突然変異だと説明されたが、納得できない。

不可解な事だらけだ。

でもまぁ、どうでもいいか。俺が俺であることに変わりはないし。

だからこそ、今回は前回と違い夢を持って生きよう。この体は全知全能の神だ。何をしても成功するだろうし、時間は無限にある。

だから、今世は前向きに行こう。



そう決意してから十年が経った。6歳の時に末の妹が生まれたが、相変わらず前世となんの違いもなかった。

俺は今高校一年生。小学と中学を過ごし、前世とは違う高校に入学した。前世とは違い、人間関係はそんなに良くない。まぁ前世もあまりいい方ではなかったが、今世と比べたらマシだったな。

俺は小学も中学もずっと一人だった。過疎地域故に数の少ない同級生に話しかけられても適当にあしらい距離を置いた。

前世と今世は違う。なのでどうしても前世との乖離が生まれてしまう。同性だった者達に好意を寄せられ、数少ない友人だった者とはどう接すればいいかわからない。

それがどうしても嫌で、自分で壁を作り、相手を遠ざけた。

高校も、前世の自分に関わる人がいない所に行きたかった。なので高校生ながらに上京して、東京の高校に通うことにした。

この体は特別で、世界の事象全てを把握しているので勉強はどうとでもなった。

ただ運動の方は身体強化の魔術を使わなければできない。元々の体が貧弱すぎるからだ。

まぁこれは俺が考えた設定なので文句はない。なんなら運動ができないという欠点により、全てができるわけではないと親近感を持たせることができる。

まぁ話す人もいないがな。

まぁそんな感じで、俺は東京の高校に入学することになった。

上京するにあたって困るのはその住まいだが、そこは俺が出した。

ずっとお小遣いやお年玉などを貯金していたので金があり、そしてそれを使って株で稼いだ。株は何歳からでも始められるので手っ取り早かった。

俺が上京するのを親は反対したが、セキュリティの高いアパートに住むことや長い休みには帰省することを伝えた。

だが金を自分で出すということには頷いてくれなかった。

その金は自分のために使え、自分達が出すからと言われてしまった。流石に生活のこともあるし、負担をかけ過ぎるのは悪いので反対したがダメだった。

結果、半分ずつ出し合うということで納得してもらった。

俺が全部出してもよかったんだが……。

でも、俺を心配してくれる気持ちはとても温かった。

将来は俺が二人を養おう。

そして今日、俺は東京の高校に入学する。入学するのは都内にあるとても有名な高校だ。

正直俺が関わった人がいないところだったらどこでもよかった。だからとりあえずここにした。それだけ。だから感慨深くはないし、嬉しさもない。ただ、やっと前世から解放されると思うと気が楽になる。よし、行こう。

入学式が終わった次の日、授業が始まった。

授業と言っても最初は自己紹介などの簡単なことだけだ。学校を周り設備を確認したり、今後の方針を教えられたりするだけ。

そして今は自己紹介の時間だ。一人一人順に自己紹介をしていく。主に名前と、趣味などを言う。


「俺の名前は野中一斗。趣味はスポーツで、サッカーとかが好きかな。よろしくね」


俺の前の奴の自己紹介が終わる。次は俺の番だ。席を立ち、声を上げる。


「私の名前は木下蓮華きのしたれんげ。趣味は読書。よろしく」


手短に済ませ、席に座る。俺はこの高校でも、友達などを作る気はない。そもそも、作り方がわからない。伊達に15年間ぼっちをしていたら友達の作り方なんて忘れる。

前世でもなんか勝手にできた感じだからマジで作り方を知らない。

まぁ、友達なんていらないし欲しくもないんだがな。

俺の自己紹介が終わり、他の人がしていく。クラスメイトは30人か。さすが東京、多いな。

名前を覚えるのは簡単だが、必要性は感じないので話半分に聞いている。何人か気になる人はいたが、どうせ話す機会はないだろう。

自己紹介が終わり、行事や校舎、イベントなどの説明をされた。さすが都会とでも言うべきか、なかなか種類があり楽しそうだ。

そんな感じで、一日目が終了した。

今は自分の家にいる。俺の今住んでいるのはマンションだ。設備が充実しており、警備も完璧な良いところ。

防音もバッチリなので今世で趣味になったバイオリンを弾くのも、大音量でゲームをするのもいい。まぁ魔術で周囲に音が届かないようにすることができるし、念の為それもやっておく。

課題も出されていないので趣味に没頭しよう。

バイオリンを弾き、ゲームをする。でも、何か満たされない。

最近、いつもこうだ。楽しいはずなのに、つまらないと思う自分がいる。何が楽しいのかわからないと、心が否定してくる。

あぁ、前世と同じだ。

満たされない、つまらない、やる気が起きない。なにか、物足りない。

今世では何でもできるはずなのに、この気持ちを晴らすことができない。俺に必要なのは、何なのだろうか。

夕飯を作り食べ、ベッドに潜る。俺は、何をしたいんだろうか。

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