44:決戦前夜

タランチェを倒すための力を得てから約一か月が経過した。


俺らがやってきたことといえば、ドラゴンアイを使った武器の作成と、Aランク冒険者が上陸してきた時の打ち合わせ。




近い将来島の外から来訪者が来ることを村人たちに伝えたところ、ひどく怯えた様子だった。


良くも悪くもここは閉じた楽園だったのだろう。


外から来るものを災いと考えるのがここの常識のようだ。


俺たちも、ウパに赤髪になっていてもらわなかったら攻撃されていたかもしれない。




まぁなにはともあれ、一足先に現れカーマとコンタクトが取れた俺たちは村の守護者という認識になり、村人たちは俺たちの指示に素直に従ってくれた。


おかげでいざとなった時の避難所の確保がスムーズに済み、避難訓練みたいなこともできた。


これで少なくとも村人たちを戦闘に巻き込む心配はなくなった。


村や神殿の無事は保証できないと正直に話したけれど、仕方がない事と受け入れてくれた。




そして、ついに決戦の前日がやってくる。




海を見張っていた村人が大慌てで村へ戻って来る。


海にたくさんの光が見えるなと思ったら、それは大きな船の明かりで、それが何隻もあったそうだ。


この村には浅瀬で釣りをするための小舟しかなく、きっと怪獣のように見えたのだろう。


船を知らせてくれた村人はがたがたと震え、今すぐにでも避難所へ逃げたがっていた。




夜中だからこちらへやって来るのは明日の朝であることを伝え、貴重品や大事な物を持って避難所へ移動するように村全体に指示を出す。


多少の混乱があったものの、避難訓練をしておいたおかげで二時間程度で村はもぬけの殻になった。


普段から夜は静かな村だったけれど、さらに静まり返っていて、人の存在があったことを感じる。




今この村にいるのは、俺とフレンさんとウパの三人だけ。


俺らは貸してもらっている小屋で横になり、明日に備えている。


とはいえ眠れるはずもなく、ただ朝を待つばかり。




「なんか変な気分」




フレンさんが何気なくそう言った。




「下手したらAランク冒険者全員が敵かもしれないなんて、どうしてこうなったんだろう?」




たしかに、フレンさんはタランチェの依頼なんか受けなければ今でも普通に冒険をしていただろう。


そういう意味では、フレンさんもタランチェの野望に巻き込まれた被害者である。




「本当だよ。俺なんかちょっと前まで無職だよ?


それがなんか世界を救う的なことをしようとしている。ちょっと大げさかもしれないけど。


人生って何が起こるかわからないなー…、いや、甘い誘惑にうっかり誘われてしまった俺の落ち度か?」




「それを言ったらウパが一番かわいそうじゃない?」




フレンさんにそう言われ、俺はウパの方を見た。


ウパも起きていて、寝返りをうってこちらを向く。




「森を出てすぐにこれだよ?


おまけに神の使命を持った存在とかでもう踏んだり蹴ったりじゃない」




「そうだな。ルパさんもこんなことにウパを巻き込むために、俺らに託したわけじゃなかっただろうに」




俺は上体を起こす。




「ごめんなウパ。俺らのせいでこんなことになってしまって…」




ウパはまだ子供で、しかも最前線で戦ってもらうことになる。


代われるものなら代わりたいのだが、それもできない情けない状態だ。




「大丈夫だよ。なんとかなるって」




ウパがやさしく励ましてくれる。




「ウパはどうしてそんなに落ち着いていられるの?」




「たぶん、カーマの記憶を受け継いだから、ハリネたちと出会った頃の私とはちょっと違うんだよね。


ウパはウパなんだけど、見方によってはもうカーマなんだよ」




「そ…そんなわけないだろ!」




淡淡と説明するウパについ声を荒げてしまう。


それは、ただウパには普通の子供であってほしかった俺の願いでしかなかった。




「ありがとうハリネ、大丈夫だよ。


これはきっと運命だったんだよ。ハリネが空から私を助けてくれた時から、こうなることは決まっていたんだと思う」




俺は項垂れた。


頼もしくはあるが、戦う事を受け入れている子供なんて悲劇ではないか?


運命には、当事者たちの意思は一切関係ないのだろうか?


覚悟を決める事に美徳を感じていた時もあったけれど、こんな出来の悪い小説のような流れなんて本当にあっていいのか?




「こんなことになってしまっても、私はハリネやフレンと会えてよかったと思っているよ」




ウパにそう言われて思わず泣きそうになり、布団を握りしめて必死で耐える。




「だから、明日は絶対に成功させようね」




ウパは最後にニッと笑うと、寝返りをうって背中を向けた。


きっと俺に気を使ってきれたんだ。




「そうだね。私もこんなところで終わりたくない。


まだ冒険を続けたいよ。この三人で…」




フレンさんも最後にそう言って布団を深くかぶった。




なんだよ、ごちゃごちゃ考えているのは俺だけか?




「あぁ、絶対に成功させよう」




俺も最後に自分にそう言い聞かせ、再び寝転んだ。




『幸福な死』と『グッドラッカー』。


何者でもないと思っていた俺に、もしかしたら何か役目があったのかもしれない。




いや、そんなものはもう関係無い。


なんの保障も無かったとしても、幸福は俺らの手で掴んでみせる。

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