22:戸惑い

「ど、どうしたの?」




我ながら、動揺が隠しきれていないと思った。




パジャマワンピース姿で、自分の枕を抱えているウパ。


日中よりも布面積が大きい分、子供らしいかわいさが際立っている。


それだけでなく、わずかな光に照らされているエルフの子は、神々しくもあった。




ただ、ウパの体つきをヘタに知っている分、ヒラヒラと動くワンピースが余計想像力を掻き立てる。




おい、相手は子供だぞ。しっかりしろ!


待てよ。本当に子供か?エルフとはいえ、相手は俺よりも年上だぞ?


いやいや、精神年齢で考えろよ。誰が見ても子供だろ!


心が子供な大人なんて、いくらでもいるだろ。試しに聞いてみたら?




俺の心の中で、良心と欲望が戦っている。


軍配がどちらに上がるかは、ウパの行動次第かもしれない。




「な、なんか寝付けなくて、なんか、今日はハリネのことばかり考えちゃうの…」




やめてくれー。


そういう意味じゃなくても、そういう風にしか聞こえない。




「それは光栄なこと?かもしれないけど、


寝れないなら、お母さんの所へ行った方がいいんじゃないかな?


その…お、女の子が夜中に男の部屋に来るのは、あまりよくないというか…」




俺がぐだぐだ何かを言っていると、ウパは枕をギュッと強く抱いた。




「あんまり、子供扱いしないで」




「…へっ?」




「最初はうれしかったけど、私はもう子供じゃないんだよ」




そうなの?本当に?


だめだ。考えるだけ無駄だ。


こんなことになるなら、エルフについてもっとフレンさんに聞いておくべきだった。


今からトークレスで聞くか?




「そう、なんだ。成人の儀式的なことを済ませたのかな?」




一応人間であることを隠しているので、ぎこちない聞き方になった。




「そうだよ。ほら」




ウパは近づいてきて、背を向けながらベッドに座る。


すると、前ボタンをはずし、するりとパジャマを脱いだ。




痛いくらい心臓が跳ねたが、背中にある薄赤い竜のシンボルが目に入る。




「どう?ちゃんとあるでしょ?」




「あ、あぁ」




どうやらこれが、成人の証らしい。


たぶんあれは入れ墨で、それなりに痛みを伴うはず。たしかに子供にはできそうにないが…。




「わかった。子ども扱いして悪かったな。


それで、どうしたんだい?」




俺の質問に期待と懸念が入り混じる。


ウパはパジャマを着なおすと、俺の枕の横に、ウパの枕を置いた。




「ハリネのことを考えちゃうから、その、一緒に寝れば考えずにすむかなと思って」




なんで、子供らしいお願いをする前に、大人ってことを証明しちゃうかな?


エルフの大人の定義ってどうなっているの?自立できる個体を大人っていうんじゃないの?


いやしかし、ウパが自立できていないというのは、その立ち振る舞いから俺が勝手に決めるつけてしまっているだけなんじゃないか?


思い返してみれば、なんだかんだ身の回りのことをしっかりやっていたような…。




そんなこと、今はどうでもいい。


まずは添い寝を許可するのかどうかだ。


添い寝くらいなら正直いいと思っちゃうが、フレンさんやルパさんに知られた時、どうなってしまうのか想像もつかない。あの二人に嫌われてしまうのだけは避けなくてはならない。


ならば、心を鬼にしてウパを自分の部屋へ帰すべきだ。




…べきなんだけど。




すでに俺の方を向いて横になっているウパ。


少し恥ずかしそうに喜んでいるその顔を、どうしても俺は崩せなかった。




「ちゃんと、朝には自分の部屋に戻るから」




俺はトドメを刺された。




なるべくウパに触れないように、ゆっくりと眠りにつく姿勢になる。


触れてもいないのに、女の子の存在をビシビシと感じる。


動かさないようにするため、腕に余計な力が入ってしまう。


こんなの眠れるわけがない。




「おやす…」




むぎゅぅ…。




俺の腕がやわらかく暖かいもので包まれる。


肩にはウパのあごが乗り、ウパの前髪が頬にあたる。




「なっ?!」




「えへへ」




なんでそんなにうれしそうに笑うの?


俺は冴えないおっさんだよ?


ときめいちゃうじゃん!




「なんでだろう?こうしたくてしかたなかったんだよね」




「ま、まだ甘えたいんじゃないのか?」




「もう!」




俺の腕を掴んだまま、静かになった。


しかし、寝息が聞こえてくるわけではないので、寝ようとしているわけではなさそうだった。




「…ハリネ」




「なに?」




「もうちょっと、そっちへいきたい」




その言葉を俺が処理しきれない内に、ウパは俺の腕を乗り越える。


頭を俺の胸に乗せ、手は俺の首に差し掛かり、両足で俺のふとももを挟んだ。


あとは俺がウパの肩に手を添えれば、よくある形が完成する。




「ん…」




ウパの甘い吐息がかかる。


何かを必死に抑えているような、そんな気がした。




しばらくそんな状態が続いたが、ウパは耐えきれなくなったように上体を起こすと、俺の顔に両手で触れる。


とろんとした目。半開きの口。


これからどうなるんだ?と俺が考えていると、ウパは急に泣き始めた。




「ごめんね。私、変だよね…?」




手はそのままに、額を俺の胸に置く。




「こうやって、みんな私の事嫌いになっていくんだ。


でも、わかっていても、止まらないの。


このままじゃ、ハリネにも嫌われちゃう」




必死に声を抑えている姿が、俺の心に響く。




俺は真剣にウパのことを考えた。


俺が出せる精いっぱいの結論としては、ウパは初めての発情期を迎えたということ。


知識ではわかっていても、初めての事は戸惑うもの。しかも、相手がなまじ俺なものだからわかりにくくなっているのかもしれない。


それが、今までの奇行とリンクしてしまって、余計に混乱してしまっている。




そこから導きだす俺がすべき行動とは?


すべてが丸く収まる方法は、おそらく無い。


だから、せめてウパだけは救わなくてはならない。俺が後でどうなろうと。




『幸福な死』よ。世界の理よ。俺を守ってくれ。




俺はウパを強く抱きしめる。


今のウパを救う方法とは、今のウパをそのまま受け入れること。


欲情を発散させてあげること。




「ハリネ?」




「大丈夫。俺はお前を嫌いになったりしない」




「でも…、私、どうしたらいいかわからない」




「お、お、お、俺に任せて」




俺はウパとの位置を入れ替える。


俺に押し倒された形になり、ウパが驚いている。




「できれば、みんなには内緒だよ」




ウパは涙を浮かべながら笑った。




「わかった」

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