14:夢叶う

あれから俺は、また牧場主のお世話になり、入院した。


ファストリカバリのおかげで傷は塞がっていたが、体の負担も大きいのでしばらく安静にしていなくてはならない。


病院はうってつけだった。


オラウ邸でお世話になることはできなかったが、入院費はオラウさんが負担してくれたらしい。




「調子はどう?」




ぼんやり外を眺めていると、フレンさんが見舞いに来てくれた。


調合師の恰好とはうってかわり、おしゃれで色気のある服装だった。


胸元を見せるのが好きなのか、普段着のフレンさんから谷間が見えなかったことがない気がする。




「ぼちぼちです。休養を兼ねて一週間ってところ」




「そっか、重症でなくてよかった。


と言いたいけど、あの時は死にかけていたように見えたよ?


本当に大丈夫なの?」




「うん、ちょぴり寿命を縮めたかもしれないけど」




「ふーん、やっぱり凄いんだね。魔法って」




「フレンさんは、魔法使いと冒険に出たことはなかったの?」




「無かった。まぁ、魔法使いってなると、大手がさっさと提携しちゃうからね。私みたいな冒険者のところには、まず現れないかな」




「そんなもんですか」




業界に関わらず、規模や実績の大きさは強い力に直結するようだ。


小説とかだと、そういう奴は一人ふらふらと旅をしているイメージがあるが、現実はこんなものかもしれない。




「それでなんだけどー…」




フレンさんがちょっと前かがみになり、甘えた声になる。




「な、なんでしょう?」




俺も少しは学習した。これは何かお願いされるパターンである。




「ハリネって、今後の予定ってあるの?依頼とか冒険とか」




「いや、その…無いかな」




「じゃあさ、私とパーティー組んでくれない?」




「パーティーですか?」




「だめ?」




「ダメっていうか、俺なんかと組んでもあまり意味が無いっていうか…」




そもそも、俺は冒険者ではないので組む事は不可能。




「そう言わず、いい話があるのよ。取り分はあなた7でわたし3でいいから。


その代わり、現地で調達できた物は、私がもらうけど。


そ・れ・に…」




フレンさんがなまめかしく枕元に近づいてきて、俺の耳元で囁いた。




「ベッドのある所だったら、また相手してあ・げ・る・か・ら」




あの夜が瞬間的にフラッシュバックして顔が熱くなる。


フレンさんはやさしい女性であるのは間違いないが、同時に男を操る悪女でもあるかもしれない。


頭では良くないとわかっていても、俺はもうすっかりフレンさんの魅力にハマってしまっている。




断らなければいけないのに、俺の欲望が一文字たりとも発することを許さない。




俺の葛藤を、フレンさんは横でまじまじと見ている。


絶対に俺の内心を察している。


オラウさんのような人生ベテランなら兎も角、こんな若者にまで筒抜けなのがつらい。




「退院するまでには返事ちょうだいね。絶対だよ」




フレンさんは俺の頬を突く。


完全に舐められているとさすがに怒りに感じたが。




チュッ




次の瞬間、キスをされてすっかり収まる。




「じゃあ、またね」




笑顔で手を振るフレンさんを、俺は黙って見送った。


なんで俺、冒険者じゃないんだろう?




………。




しばらく放心状態でいると、今度はオラウさんがやってきてくれた。




「お疲れさまでした。大変だったようですね」




「まぁ…、でも、魔具のおかげで生還できました。本当にありがとうございます」




俺はできるだけ深く頭を下げる。




「それはよかったです。ちゃんと魔法道具の成果が出せて、私もうれしいです」




「はい、同行した人も、そのすごさに驚いていましたよ」




「そうでしょう。道具になっているだけで、あれはもう魔法ですから」




「そうかもしれませんね」




そして、実際どんなことが起こり、どんな風に使ったかを話した。




「なるほど、そんな使い方もあったのですか」




「ただの偶然ですけど、おかげで助かりました」




「そんな謙遜なさらず、あなたは、私が思っていたよりも適任だったようですね」




「そ、そうですか?」




お世辞だとしても、褒められるのはいくつになってもうれしいものだ。




「それで…」




オラウさんが少し姿勢を正す素振りをする。




「私からの提案の件、考えていただけましたか?」




窓から心地良い風が吹き抜け、レースがふわっと舞った。




俺は考える。偽りの魔法使いになるリスクを。


俺は考える。今俺にできる最善はなんなのかを。




きっと後悔する。


人生の分岐を、他人の言葉任せで決めてはいけない。




だけど俺は、あの、黄昏の空の下で感じた充実感を忘れられなかった。




「本当に、俺が冒険者になれるんですか?」




「それを可能にするのが、魔法道具です」




あの時と同じ事をオラウさんは言った。




「ではお願いします。俺を、冒険者にしてください!」




人は死ぬ。いずれ死ぬ。


何で死ぬかもわからない。




ならば、あの時俺は死んだ事にして、生まれ変わったつもりになってもいいんじゃないか?




腹をくくれ。


同じ命をかけるなら、冒険の方がずっといいじゃないか。


無謀な旅になってもいい。自殺行為だと思われてもいい。


なぜなら、本当の自殺と違い、こっちには夢と希望があるのだから。




「そう言ってくれると思っていました」




オラウさんはうれしそうにそう言うと、胸ポケットから一枚のカードを取り出す。




「これをどうぞ」




俺はそれを受け取り、じっと見てみる。




冒険者Cランクライセンス


ハリネ=フォード


7xx年生まれ


ヒューマン


男性




たしかにカードにはそう書かれていた。


俺は目を疑ったが、フェイクにしてはよく出来すぎている。




「Cランクがこちらで用意できる最高ランクでした。


が、Dランク依頼を達成できたので、ちょうどいいでしょう」




この人は未来予知でもできるのか?




でも、そんなことより。


俺は30年越しの夢をついに叶えてしまった。

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