第2話

「なん……で……」


 ルカは満身創痍な体をどうにかして動かし、立ち上がった。背中には先程受けた矢と切傷があり、そこから血が止まることなく溢れ出していた。


「身体……強化」


 そして自分の身を生み出した炎で焦がし、太刀を取った。サフェトはさっきの衝撃で気を失っているようで、目を閉じたまま動こうとしなかった。


「……まだ、動けるのかよ。流石は英雄様だなぁ」


「何故だ、ゴルド。貴様は、こんなことするような奴ではなかっただろう」


「ふん、理由なぞ色々ある。今回俺の計画に乗ってくれたこいつらもだ。みんな、お前ら姉弟がいなくなれば都合がよくなるんだよ」


「都合……都合、か。ハハッ、笑わせてくれる。別に私たちがいたって変わらなかっただろうに」


「……だが、お前らは邪魔だ。猛き爪フィールズ創始者のうちの二人はなぁ」


「別に、私は……サブマスターと言う地位なぞ、捨てたかったのだがなぁ……サフェトだって、役職は持っているが、いらなかったんじゃないか?」


「だとしても、クラン内でもお前らの影響力は大きすぎる。英雄姉弟、姫騎士ルカとその護衛サフェト」


「……ふん、気持ち悪い言い方で呼ぶな。私とサフェトはそんな二つ名など、いらなかった……ゴルド、お前がそれをよく知っているはずだ」


「あぁ、そうだったな……お前は戦うことにしか興味が無くて、サフェトの野郎はお前にしか興味が無い。ほんと、歪な家族だよなぁ」


「確かに、な……」


「ま、そんなことはどうでもいいんだ。俺たちが得るはずだった功績さえも持って行ったお前たちは今ここで、殺す」


「お前らの功績なぞ私には分からないが……嫉妬で人を殺せるんだとしたら、できるもんならやってみろ、三下」


「……その状況でそのように吠えれるとは、流石だ。地針アースニードル


「くっ!?がはっ!?」


 地面から針が生えてきた。ルカはそれを何とか対処しようとするが体の痛みのせいで動くが鈍くなっており間に合わず、腕にいくつか刺さってしまった。


「おらっ!!」


「っ!っっいいいああああ!!!」


 それに加えてゴルドからの渾身の一撃がルカに向かって放たれる。それを何とか防げたものの、そこから攻撃に転じることはできなかった。


 逃げようにも周囲をゴルドの仲間が囲んでいるため逃げ出そうにも無理だった。


 それにルカにはサフェトをここに置いて逃げる何てことはできなかった。かけがえのない、たった一人の血のつながった家族だ。戦いにしか興味はないけれど、それでも一人だけの家族は絶対に守る。それは彼女とサフェト、そしてもう一人の三人でクランを建てる前に誓ったものだ。


 故に、彼をおいて逃げることは許されない。





「はああああ!!!!」





 ならば、ここで全力を出す。せめて弟だけでも生き残らせるために、残った命全てを薪にくべて、燃やすのだ。





「むっ!?ここに来てその力──まさか!?」


 そしてゴルドは気づいた。彼女が何をしたのかを。だが彼にとってそれは予想通りだった。きっと彼女はこの状況まで追い込めば、サフェトを逃がすために全力を出すのだろう、と。


 そしてその通りに行ったことにゴルドは内心ほくそ笑んだ。


(このままこいつを殺して……俺は……!)


 ゴルドは昂る感情を抑えながら、ルカと向き合った。


 クランを自分のものにするという自分の欲望を満たすため、ゴルドは最後のピースを得るために目の前の化け物に神経を尖らせた。


 そうして互いが睨みあい、それが少し続いた時、ついに両者が動きを見せた。


「はああああ!!!!」


「うおおおおお!!!」


 咆哮と共に駆ける二人。


 そして互いの剣がぶつかり合う──その時だった。


「っ!?」


 ルカの攻撃に横槍が入った。


 先程放たれたのと同じ、矢だ。


「っ、今だああ!!」


 それを見逃すほどゴルドの実力は腐っていなかった。その隙を狙うようにして振るわれた大剣は彼女の体を斜め下から切り上げ、体に斜めの傷を負わせた。


 彼女の体から、鮮血が舞う。


「がはっ!?」


「ははは!はははは!!遂に、俺はルカを超えたんだああああ!!!」


 余りの嬉しさにゴルドは森中に響き渡るほどの大声を上げた。


 たった一撃。されど一撃。


 その大きな質量を持った大剣から放たれた一撃はルカを戦闘不能に陥らせるには十分だった。


 そして遂に彼女の手から太刀が零れ落ちた。ルカは遂に体に力を入れることができなくなり、地面に倒れた。


 そんな一連を見ていた周りにいたゴルドの仲間の一人がすかさず彼女の太刀を回収した。


「あ?」


 その時だった。ゴルドの仲間の一人がその太刀を手にした瞬間、その太刀が突然錆び始めたのだ。


「何!?くそがっ!これじゃあ使えねぇじゃねえかよ!!」


「……ん、ぁあ?」


 その叫び声で、ようやくサフェトは意識を取り戻した。


 だが、もう既に遅かった。





「──ねえ、さん……?」




 目の前には瀕死寸前の、ルカがいた。その光景にサフェトの心は乱れに乱れていた。目の前の光景が理解できない。ありえない。しかしここは現実だと腹部に感じる痛みが残酷にも彼に教えている。


「あ、あああ……」


 嫌だ嫌だ嫌だ、そう何度も頭の中で唱えるが、何も変わらなかった。


「……あァァァァァァ……アアアアアアア!!!!」


 サフェトは眼を大きく見開いて、天を見上げ咆哮を上げた。


 ぐちゃぐちゃになった感情を一気に吐き出すかの如く。自分の無力さ、不甲斐なさ、そして、ゴルドらへの恨み、憎しみ。それら全てを乗せた咆哮が、森に響いた。


 だがそれは長くは続かなかった。


 さっき太刀を手に取っていた男が背後からサフェトに近づき、イライラした表情を隠さずにその太刀をサフェトの体にグサリと刺したからだ。


「ああああ──がっ!?」


「おらっ!お前も姉の得物で死ねっ!!」


「っっっっ!!!!!」


 ズブズブと、深く刺さっていく太刀。錆びたせいで切れ味が悪くなっているせいか、もはや刺すというより肉をえぐっていると言った方がいいだろうか。


「あああああああ!!!!!」


 痛みがサフェトの全身に駆け巡る。さっきとはまた別の意味の叫びが響く。それがルカの耳に届いたのだろう、少しだけ目を開けて、



「サフェト……ごめん、ね……」



 苦しんでいる弟を見ながら、ルカは涙を流しながら謝った。その声はもちろんサフェトに届いていた。それが更に彼を苦しめた。

 


 守れなかった。


 大事な、大事な姉を。


 たった一人の家族を。



 しかしその思いはルカも同じだった。



 守れなかった。


 大事な、大事な弟を。


 たった一人の家族を。



 そんな無念を抱えたまま──








「──サフェ……ト」







 ルカは静かに息を引き取った。



 


 











「────ぁ」












「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 




 全てを壊したい。全てを守るこの力を引き換えにしてでも、今、全てを壊したい。




 

 サフェトは強く願った。





 そして、その願いはルカの命と体に刺さっている太刀によって叶うことになる。




 未だ燃えていたルカの体は少しずつ灰と化していく。だがその灰がサフェトの体に風に乗って流れたのだ。


 そしてその灰はサフェトに刺さっている太刀に触れた。


 歪ながらも、場が、成立した。




『場の成立を確認しました』



 そしてサフェトは意識が朦朧とし始める。そして──







「──反転インバース






 彼の意識はそれを告げてすぐに、途絶えてしまったのだった。



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