第10話 戦闘

 彼等の前に突然現れた活発な女性。その背後では四人の男が周りを警戒している。


 五人共ほとんど同じ格好をしていて、女性は大きな弓を背中に背負って長い刀は右手に握っている。その刀身から赤い血が流れ落ちて真っ白な床に色を付ける。他の男達は反対に、刀を背に大弓を手に持っていた。


「なんだ……? おい、お前の知り合いか?」

「いや、こんな人達――」


 その姿と話し方に幼き日の地獄のような出来事が鮮明に蘇って来る。酷い記憶と感覚が今現在感じられるかの如く彼に押し寄せ、目眩や喪失感と共にこの人物が誰かを強制的に引き出す。


「あのときの……!」


 彼はあの日、両親が死んだ日、自分と妹を死の淵から掬い上げた人達の顔が一斉に思い浮かぶ。三人はあの日と違う人物だったが、今目の前に居る女性とリーダーと呼ばれていた男性は顔が一致した。


 次々と襲いかかろうと走って来る壊人を彼女らは蚊を落とすように軽く殺していく。数が無限に思えた化け物達は弓と刀という消音の武器の為かどんどんとその勢いを落としていった。


「あ、そうだ。私の名前言ってなかったね……へへっ。私はヒエンよ、変な名前でしょ、まぁ覚えやすくていいかなって最近は思ってるよ。そして、覚えてるかな……あの人がリーダー、レンよ。他のみんなは……まぁいいでしょ。一々覚えてらんないわよね」その女性は軽く自分とリーダーの紹介をした。


「僕はタケル、こっちはケンジ――って悠長にしている場合じゃない! 早くみんなを助けないと!」女性の雰囲気に少しつられる。

「おい、また波が来るぞ! あんたら! 初対面だが、こいつの知り合いってんなら都合が良い。ちょっと手伝ってくれ!」

「手伝ってって……私達その為に来たのよ? 傷だらけのお二人は下がっていて! 遠距離の弓が一番安全よ!」鋭い弓矢が傷ついた二人の間を縫う。

「っぶねぇ……!おい! 殺す気かよ!」

「ここはこの人達に任せて下がっていよう」


 今までの二人の苦労が嘘だったかのように楽々と壊人を薙ぎ倒していく。その傍でリーダーは外に残っている仲間に指示を出している。


「医療チーム! あそこの二人を手当してやってくれ」


 新たに何の武器も持っていない二人が箱を二つ抱えて彼等の元へ走っていく。


「さぁ、傷を見せて。ここで出来る事はやらせてもらうよ」


 二人の傷を見ると傷の深さに驚愕し、すぐさま手当を始めて女性に報告する。


「ヒエンさん、この二人執念だけで動いてるようなもんですよ。これ以上は危険だ」女性は報告を聞き、一つ咳をすると二人に向き直る。


「お二人さん、ここからは私達に任せて休んでいてちょうだい。それ以上動くと死ぬわ」


 二人の眼を見て次に言おうとした言葉を息と共に飲み込んだ。復讐の念と後悔を背負った眼に彼女は気圧される。


「ヒエン、行かせてやれ。仲間を殺されて黙っていろという方が惨い事だ」

「えっでもリーダー……はぁ、あんたら! 死んだら殺すわよ!」

「すまない……リーダーさん! ありがとな!」リーダーは手で感謝の念を受け取る。

「ありがとう、レンさんヒエンさん」


 彼等は一通りのコミュニケーションを済ますと固まって奥へと進む。足の踏み場も無い死体の山を踏んで行き、その後ろをまた彼等の別の仲間が死体を素早く片付けていく。長い廊下は大きな広場へ出た。会議室か待合室か、これまでの使用用途は予想できず、その空間は至る所に扉がある以外は何も無い白い空間だった。床には椅子か机がビス止めされていたであろう小さい穴が無数に空いている。


「なんだろう……ここは、扉が多すぎる」

「手分けして一個ずつ開けていくか?」

「待って、誰か来るわ」


 廊下から正面、真ん中に配置された扉がゆっくりと開く。男達は弓を構える。扉が開き切りその一人が姿を表したが、弓矢は放たれなかった。


「ここに何をしに来た」


 その重たい声音に全員が引けを取った。その男は笑っておらず、眼も真っ直ぐと前を見ている。その見た目は壊人ではなく、人そのものだった。


「人間……? おい、お前は誰だ! 何故ここで生きている!」


 その場に立ったまま微動だにせず返答する。


「私はここに生まれ、ここの者達と共に暮らしている。私は我が父の願った事を叶える為に存在する」重苦しい声は白い空間を揺らす。


「何言ってる、ここで生まれただと? 作られたって事か!」


 その男はそれ以上返答せず、途端に大口を開けて奇妙な叫び声をあげた。


「うるさっ! 打て! あれをやめさせろ!」


 放った弓矢は男に当たらず、庇うようにして横から飛び込んできた壊人に刺さった。その叫び声に収束するかのように先程通ってきた廊下や至る所にある扉から壊人が飛び出して来る。


「まじかよ! まだこんなに!」

「みんな! 落ち着け! この距離だと近接戦闘が良い、刀を構えろ! 二人も頼んだぞ!」


 皆一斉に戦闘体制を取る。二人は切れ味の落ちたマチェテをしまい、金属バットを取り出した。

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