第3話 スーパー

スーパーに着くとそれはかつて人々を招き入れるように勝手に開いたであろう扉を手動で開けて中に入る。廃れた店内は昼間であるにも関わらず薄暗く、その異様な雰囲気に喰われそうな感じがした。――気配は特になかった。

「いざという時の為にそれぞれの持ち物を確認しておこう」

 いざという時は予期してようが予期してなかろうが起こりうる事だ。なら事前に出来る限り持ち物やそれに伴う行動の共有はしておきたかった。

「じゃあ俺からだ」得意げに先陣を切る。

「まずは音爆弾――といっても手作りの稚拙なもの――それから懐中電灯、エロ本……おっとこれはいらなかったな、水入れ、包帯、ナイフ――携帯しているまともな武器はこの折りたたみナイフぐらいだった。武器になりそうな刃物を探しても何故か近隣の店からは姿を消していた。――そしてこれはとっておきだぞ……」

 そう言うと黒く光った重量物を慣れない手つきで取り出した。

「それは……銃?」実物は初めて見た。

「そうだ、驚いただろ! これは前に調査に行った時に見つけたんだ。警察署ってこの国を取り締まってたとこみたいだ。ただ……残りは一発、しかも打った試しのあるやつは一人もいねぇ。……言わばお守りだな」

「無いよりはましだろう」実際無いよりは良かったが、素人が持っている事と残弾が一発だけという事を鑑みてもほぼ機能しないだろうと思った。紐でできたか弱い命綱を巻いているとでも思っておこう、幾分か心持ちは良いだろう。

「こっちも荷物を共有しておこうと思っていたが、銃とその……無駄な本以外は概ね同じだ。――横から無音の圧を感じる――一つあるとしたら、拠点の技術士が作ってくれた火炎瓶がある」これも貴重な物だった。引火性の液体も多く取れず、技術士の手もなかなか回らなかった。

「火はどうすんだよ」当然の疑問。

「火付けライターは拠点で使う分を残しておかなきゃいけなかったから持ってこられなかったんだ。現地で調達するか、どうにか火を探すしかないな」物資が豊富なら話は別だが、昔から調査・補給班は現地でどうにかする、というのが定石だった。

「じゃあそれも無いよりはましだな」彼は皮肉ぶって返した。

 二人は各々にできる攻撃や行動を確認すると待ち受ける闇に呑まれるように歩を進める。

 人々を失った巨大な建造物は何世紀ぶりかに人間を受け入れる。現役の頃の溌剌とした愛想や煌びやかな装飾は失われ、辛うじて立っているほど老朽化は進んでいたが、人間に物資を提供するという根本的な役割は変化していなかった。

 この建物も人を懐かしく感じるのだろうか。ふと稚拙な事を考えた。

 棚が倒れていたり、何者かが収集したのかガラクタの山ができていて通路は至る所が潰れていた。

「奥の缶詰があるところまで道を探しながら行くぞ。ゴミ山はその後漁る、場合によっちゃあ宝の山かもしれねぇ」――専らここ最近の食事は缶詰だった。道中で獣が獲れることもあったが、かなり稀な事だった。

 塞がれた通路を避け、かなり回り道をしながら目的地へと進んでいく。――散乱した物によって足場も悪く、少し時間がかかったが目的地は目と鼻の先の距離まで来た。

「よし、もう少しだ……おい、止まれ、誰か居る……人か?いや違う、ヤツだ。"壊人"だ」

 二人は物陰からその人物を観察した。身長は180cm程度の大柄な男で、脚は短く、反して上半身はアンバランスに大きい。頭は寂しく禿げかかっていてその男が振り向くと、顔には満面の笑みでその両の瞳はこちらを見ずに外側に跳ねていた。

 その男に聞かれないようかなり小さな音で耳打ちをした。

「……ヤツは目が見えないはずだ、こっちを見た時に目がイカれてやがった。その代わり音に敏感になっているかもしれねぇから気をつけろ。どうする、やるか? 」彼自身この距離で聞き取れるかどうかの小ささで話す。

「こちらが二人いるとはいえ、無駄な戦闘は避けたい。あいつが何処かへ移動するのを待とう」

「まぁ、それが無難だな。移動しないなら音を立てずに取るか、やるか、の二択だ」

――店内が秋の紅葉のように徐々に色付き始めた。

「頑なに動かねぇな……さすがに夜になるのはまずい、なんたって相手は音さえあれば自由に動けるはずだ。取れるだけ取ってみるか、初めからやり合うよりリスクは少ねぇだろ」

 一瞬思案したが、従う事にする。

「あぁ、やってみよう」

 静寂の中、確実に静かな足取りで、それはまるで獲物を狙う捕食者のように、動いているか止まっているかの狭間を行き来する速度で食料へ歩いて行く。

 缶詰の前まで辿り着くと、目配せして互いに安全を確保して作業に取り掛かる。赤い静寂が緊張や恐怖を何倍にも増幅させて、手の震えが止まらない。止めようとすると反って人間の身体は自らの意思とは逆の道を突き進んで行く。

 それでもなんとか自分の手を自制して缶に触れる。戦利品を持ち帰るため八割方空けておいたリュックサックに拠点全員の未来を忍び込ませる。掌に滲む汗が自分の手から何もかもを滑り落とす事を想像させ、それは実現された。

 不意に笑顔がこちらを向いた瞬間、手にあった汗で滲む缶詰は地面に落ちていた。壊人は音に反応して動き出す。――落ちた缶詰の響く音、思わず後退りした靴の鳴る音、二人の恐怖によって大きく高まっていく息遣い――全ての音に対して平等に襲い掛かる。

「おい! 危ない! 」

 長く伸びた鋭い爪が降りかかる。

 左を失っている男は右腕の前腕で受け止めた、傷はそこまで深くない。横からすかさず襲い掛かった鋭い左腕にナイフを振り下ろす。一瞬痛がるような素振りと隙を見せる、その隙に後ろから羽交締めしようとするが、自分の腕を痛みや傷を厭わずムチのように振り回してくる。

「くそっ! 早くしねぇと他の連中も寄ってくるかもしれねぇ、俺がおびき寄せて心臓を刺す、お前は後ろから首を狙え! いくぞ! 」

 彼は皮膚が切り裂かれるか、空気が切り裂かれるかの狭間の距離を保った。壊人をおびき寄せて出来たスペースに後ろから回り込んだ男と目配せしてタイミングを測る。鋭い腕が振り下ろされた後、一気にそれぞれのナイフを刺す。上手く心臓に刺さった時さらに凶暴化しようとしていた所に首のナイフ。動きは止まった。惨たらしくその場に転がり落ちる。

「……よし、上手くいった」

「まずい」遠くで足音が聞こえる。この一連の騒ぎに耳の良い者たちはこちらに向かって進行を始めた。

「これ、一人じゃねぇぞ。囲まれたりしたら完全にアウトだ。急げ! 今ここにある缶詰だけでいい! できるだけ詰め込んだらここを出るぞ!」

「了解」恐怖はあるが、落ち着きは手放さなかった。


 外に出ると陽は頭頂部だけを残して後はほとんど身を隠していた。打って変わって冷酷な色をした月は我が物顔の満月をひけらかしている。

「なんとかなった……が、もう夜だぜ。しかも成果は缶詰だけ、この量だと二日持つかどうかだな。」彼はさほど埋まらなかったリュックサックを見て言う。

「今日は野宿か、せめてどこか雨風を凌げる所を探そう。」

「そうだな、こりゃ明日もこの辺りで探索だな。明日帰るようにするぞ。じいさんには明日までに帰らなかったら探してくれって言ってある」

 二人は近くで安全な――明確には安全な所は無いが――建物を探した。外では壊人はほとんど見かけず、移動の為に外に出ている者もあったが数は多くなかった。それでも視界の良過ぎる外で寝るのはかなりの危険が伴う為、二人は躊躇した。壊人は建物の中や食料、資源が豊富な所に集まる傾向があった。

 少しばかり歩くと民家があった。民家の中もまたその傾向に当てはまる場所で、彼等が居る可能性がある為中に入る事は避けた。疲弊していた二人はリスクを冒す暇を持ち合わせていなかった。

 民家の横に廃れた大きな倉庫があり、幸いにも鍵が掛けられるものだった為中から鍵をかけ、野良猫のように眠った。

 外では人か、そうではないか、叫び声が聞こえる。

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