第三章 別れの文化祭

第17話 文化祭 メイド&執事喫茶 

 俺は執事服を着ていた。

 なんというか、ハズイ。


「(やっぱスタイルいいよね。宗片君)」

「(姿勢がいいから執事服が映える映える)」

「(あと顔もいいから眼福だわ)」


 馬子にも衣裳というけれど、果たして俺にこれは似合っているのだろうか。

 でも周囲の反応は悪くないし、きっと似合っているのだろう。

 そんな姿で俺は銀色のトレイを手にして、ドリンクを配り歩いていた。ちなみに真鈴はメイド服を着てオムライスを配り歩いている。

 とても似合っていることを告げると彼女はひどく上機嫌になった。


「すいません、執事さん。写真って、オッケーですか……?」

「構いませんよ。何をお撮りしましょうか?」

「わ、私たちと執事さんの一枚を!」

「え」


 何とこちらのお客様は俺との写真をご所望らしい。ならばソレに応えるのも執事の役目。

 というわけでピースをしてみんな仲良く写真を撮った。

 

「ありがとございます!」

「どういたしまして」


 執事的スマイルを浮かべると、お客様はお喜びになられた。

 執事冥利に尽きる。

 

 ……すでに気づいているかもしれないが、俺はこの衣装を着てからノリノリで執事をやっている。

 いや、楽しいんだよ。こうして青春を真っ直ぐ謳歌するのが。あと執事服が思ったよりかっこよくてテンションが上がる。

 恥ずかしさはぬぐいきれないが、それ以上に楽しかった。


「メイドさーん! こっちにもオムライスくださーい!」

「はい、喜んで!」


 真鈴も普段とは違って、青春を楽しんでいるようだ。

 いつもは少しニヒルに笑みを浮かべるタイプの少女だが、今は輝かんばかりの笑顔で注文にこたえている。

 その笑顔に男性客、どころか一部の女性客すら魅了している。

 さすがは真鈴。才色兼備のスーパー美少女だ。


 しかし俺の胸の内側で少しわだかまる物があった。

 この感情は一体何だろうか。

 知りたいような、知ったら全てが終わってしまうかのような、そんな気がする。

 最近、こういった感情を抱くことが多くなってきた。

 

 例えば真鈴が人にやさしくしている時。

 彼女はもともと優しい子なので、そんな光景は珍しくないのだがソレがどうも胸に引っかかる。


 次に彼女が俺以外の男と親し気に喋っている時。

 彼女は友達が多い。クラスメイト以外にも色んな奴が彼女に話しかけてくる。そしてそんな彼らにはほぼ例外なく、下心が存在している。これは間違いない。話しかけてきた男の数人の会話を偶然耳にしたのだ。


 その内容をここに記すことはない。しいて言うのならば、俺が『ブチ』切れるような内容とだけ言っておく。


 最後に彼女が告白されている時だ。

 この時は本当にひどかった。

 心臓がバラバラになったんじゃないかってぐらい、俺の中で得体のしれない感情が爆発した。

 しかしまだ名前のついてない感情を持て余していた俺は、彼女が告白される様をただ立ってみていることしかできなかった。

 彼女がその告白を丁重に断った時、俺はひどく安堵したのを覚えている。


 この感情の正体は何だろうか。

 分からない。まだ、分からない。

 もう少しでわかる気がする。そうなれば、多分『親友』という俺と真鈴の関係は一気に変化するだろう。

 それも不可逆の形で。ソレを俺は心底恐れている。この得体のしれない感情の爆発よりも。

 

 だってわからないのだ。親友すら初めてできたのだから。そこから変化した関係なんて想像できるわけがないのだ。

 一体俺はどうなってしまうのだろうか。そして彼女はどんな反応を返すのだろうか。

 

 俺は分からないというのは楽しいことだと思っていた。

 俺は知識の収集が好きだ。未知を既知に変えていくことに無上の喜びを抱く。まだ知らないということは、この先知る余地があるということに他ならない。

 だから俺は分からない物を分かろうとし続けることができていた。


 けれどこの感情は違う。

 分からないままのほうがいいと思えてしまう。

 どうすればいいのだろうか。


「どうかしたのかい? 真夜星?」

「いや、何でもないよ真鈴」

「そうは見えないけどね」


 メイド服姿の真鈴がこちらに微笑みかけてくる。

 メイド服といっても、アキバでメイド喫茶をやっているような代物ではない。流石にそれは露出が多いということで学校側に却下されたのだ。

 ひざ下まで丈があるスカートのクラシカルなメイド服を彼女は着ていた。

 普段とは違う少女の姿は俺の心をひどくざわつかせる。


「いや、相変わらず似合っているなって」

「ふふふ、ご主人様。紅茶はいかがですか?」


 悪戯っぽくこちらを見てくる少女に、俺は真顔で突っ込む。


「この服装だったらご主人様じゃなくて、同僚だろう」

「良いじゃないか。細かいことは」

「じゃあ細かくないことで。接客中だぞ」

「あ、そうだった」


 パタパタと少女は家庭科室にキッチンに料理を取りに行こうとする。

 ソレを阻んだのは、同じクラスの女子生徒だった。


「真鈴ちゃんは接客! そう言った雑事はアタシらがやるから」

「売り上げが如実に違うもんね」

「というわけで未来の旦那様と仲良く接客していてくださいな」

「み、未来の旦那様って。何を言っているんだい!」


 未来の旦那様。間違いなく俺のことだろう。何せその場の女子が全員こちらを見てニヤニヤしているし。

 それにしても未来の旦那様か。

 

 俺はその何気ない一言で、何気なく想像する。

 真鈴がおかえりと言って出迎えてくれる光景を。真鈴と一緒に夕飯を作っている光景を。真鈴と食事をする光景を。

 親友として普段からやっていることだ。休日なんか勉強会も兼ねて一緒に家で昼食を作ったりしている。

 

 けれど俺がいま想像したことは、今までの全てと違う気がした。

 そこには温もりがあった。親友としての生活にそれが無いというわけではない。

 けれど確かに違うのだ。

 俺と彼女が夫婦になって、生活を共にする。『家族』になるのだ。


 幼いころに失い、別の何かでがむしゃらに埋めようとした、あの『家族』という温もりがそこにあった。

 きっとこの温もりは彼女とでしか作り出すことができない。

 彼女としか作りたくない。


「またぼーっとして。疲れているのかい?」

「いいや。元気だ。超元気」


 ようやくわかった。

 俺には『 』している人がいるんだ。

 『 』きで『 』きで仕方ない人が。

 俺は彼女のことを――。


「さて、仕事に取り掛かるか」

「おにいさん、こっちこっち!」

「はい、ただ今!」


 この文化祭が終わったら俺は告白する。

 そして親友と言う間柄を一歩進める。

 断られてしまったらどうするかは、断られてから考える。

 よーし、そうと決まれば文化祭を楽しむことに全集中だ!



 □



 かっこいいな、彼。

 学ラン以上に彼のスタイルが強調されている。そして接客によって彼の丁寧さが際立っている。

 総じて彼の魅力が大きく引き出されているのが、この執事&メイド喫茶だ。

 そんな彼を見たからだろう。クラスメイト達が、『未来の旦那様』なんて言って揶揄ってきた。


 何気なく想像してみる。

 彼に行ってきますのキスを合法的にできる自分を。

 彼にお帰りのキスを合法的にできる自分を。

 彼と一緒にお風呂に入れる自分を。

 彼と一緒に――。

 

 止めよう。これ以上妄想がエスカレートしたらどうなるか分からない。

 けれどそのためには踏まねばならない段階がある。

 

 親友の一歩先。

 恋人へとならなければならない。

 決めた。私が告白しよう。この文化祭が終わったら。

 彼から告白なんて待っていられない。一日でも早く恋仲になりたい。

 そう思うと胸のつかえがとれた。きっと最初からこうするべきだったのだ。



 □



 二人の少年少女の心が一致した。

 とっくに手遅れであることに気付かないまま。




――――


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