第3話

作物だってそうだ。

ダメな奴ってのは、すぐに折れる。その点、俺は折れない。

俺は鋼の男だ。今日も元気に出勤する。出社2日目だ。るろうに荘を出て、1時間近く歩いて郊外のボロ小屋に到着。


イセカイミラクル建設の引き戸をガラガラと開いて階段を登って2階へ。2階の狭いスペースに事務所がある。


社員は・・・親方と俺だけ。


世の中気合いでなんとかなる!

挨拶で負けちゃいけねぇ!親方ァ!イキの良い新人が今日も出社しましたよ!


「おはようございます!!!」「うるせぇなボケェッ!」


俺の挨拶を怒号で返す親方。

・・・え?俺何かやっちゃいました?





「シスル。行くぞ」

「は、はい・・・」


今日の親方は、機嫌が悪い。


2階から降りて、1階の工具置き場で必要な道具を持っていく。ハンマーとかそういう重いものばかりでうんざりする。

麻袋に道具を詰め込んで、袋を肩に掛ける。脱臼するレベルで重い。


「おい、紐忘れてんぞォッ!」

機嫌の悪い親方が俺を怒鳴る。

「ひぃっ!すみません」

「昨日教えただろうがボケ!」

「す、すんません!」


俺は慌てて、紐を道具袋に詰め込んだ。


「そっちじゃねえよボケ!」

「ひぃっ!」

「黄色じゃねえだろボケ!赤の太い紐だ!」


もーやだ、この職場・・・。いちいち怒鳴るなよクソ親方よ・・・。


「さっさとしろ、行くぞ」

「はい・・・」


萎縮する俺。会社を出て、今日は都市部の方へ向かう。

道中、会話はなかった。

親方の機嫌が悪い理由は、分からない。ただ、俺が道具の準備にもたついたことで怒りを増幅させたのは、間違い無い。


原因が分かることなら良いけど、不機嫌の理由が分からないと対処のしようもないわけで。鋼の俺、早速ポキっと心が折れそうです。





「それ、腰に巻け」



親方にそう言われて俺は悪寒がした。

ここは王都の中央都市。その新たに建設される王城。様々な人達が城の建設に携わっていて、うるさい。


見上げるほどに高い。城。その建設現場。

そして、そこに来た俺たち。

親方に紐を腰に巻けと言われる俺。先程間違えて怒られた、赤い紐だ。

計算高い脳内マシーンが、演算してチーンと答えを出す。


「これは命綱・・・ですか?」

「当たり前ェだろ」

「そ、そっすよねー・・・」


違う方の紐を持って来てたら、もっと頼りなかったかもしれない。命綱をつけて、仮設の階段を登っていく。


「塔のてっぺんで、レンガを積み上げていく。それが今日の仕事だ」

「へい・・・」


階段を登り垂直に上がっていく。昨日のトンネルの高さがコンビニだとすれば、この王城はデパートって感じの高さだな。


うん、シンプルに怖い。想像力が働いてしまう。転落して、死ぬ俺。


王城の途中からキノコみたいに生えた塔。

塔の屋根にレンガを重ねていく、単純な作業。これが今日の仕事だ。

命綱を引っ掛けて、塔の屋根に登る。怖くて足元しか見えない。

「行くぞ、シスル!」

親方が投げてくるレンガを受け取り、レンガに泥を塗って屋根に載せていく。これを繰り返せばレンガ調の屋根が出来上がるわけだ。


最前線にいる俺。死の恐怖。

ちょっとだけ、下を見てみる。

地上にいる人がマジで小さく見える。ふははは!馬車も人もアリンコのようだ!踏み潰してくれるわ!


時折吹く風で落ちてしまわないかと、ビビる。手と足を震わせながら、レンガを積んでいく。ここは異世界。ドラゴンや怪鳥が空を飛んでいる事もある。多分、出会ったら風圧で飛ばされて死ぬわ。俺。



その作業に慣れて来た時だった。



「おい!シスル!」親方が俺の名前を呼ぶ。

「なんすか親方」

「慣れたか?」

「ま、まぁ・・・」

「周り、見てみろ」

「え?」



そう言われて、恐る恐る、俺は高いところから景色を見渡してみた。



ここは、異世界。

中世ヨーロッパ的な景色が広がる。

今俺が積み上げているレンガ造りの建物や屋根がたくさんある。その街の景観はとても綺麗だ。


前世の世界の記憶、景色を思い出す。

ガラス張りのビル。

サラリーマン。

通勤電車。

あの世界も、この世界も、当たり前にある景色を造っている人がいる。今の俺もそのうちのひとり。


そうだったよな。

国を造る仕事だったよな、これ。

怖ぇけど・・・辛いけど・・・。


「どうだ?これが国を造る仕事ってもんだぜ」

親方が俺に問う。


「んーまぁ、悪くはねぇっす」


怖いけど!そんなキザな台詞が飛び出してしまう状況だった。きっと俺が命綱をつけて、積み上げたレンガ・・・異世界の雰囲気作りを手伝っているはずだ。


「ラスト4つだ!頑張れ!」

そういって親方が俺に向かってレンガを投げる。

その時、小声で、親方がこう言ったのが聞こえた。


ーあっ、ヤベ。


それが聞こえた瞬間。俺の視界にはレンガが飛び込んできて、直撃し、倒れた。そして身体は死は引き寄せられるように、重力に従って俺は屋根から転落した。その瞬間、意識が飛ぶ。


再び目を覚ますと、俺は宙吊りになって、高いところからぶら下がっていた。いやマジで漏らすよ俺。


命綱あって良かったァ~!





「悪ィな!」

「ぃゃぁ・・・」

言葉が出ない。宙吊りになって、なんやかんやあって、仕事は終わって、長い階段降りて、地上についた。親方は半笑いで俺に謝って来た。階段の登り降りで筋肉が疲れただけじゃない。まだ足が震えている。


「いやほんとに・・・死ぬかと・・・」

「な?紐間違ってなくて良かったろ?」

親方は俺の功績だ!と言わんばかりだ。そもそもアンタがレンガを投げ間違わなければ、俺は宙吊りにならなかったわけで。


「ま、まぁそりゃ・・・」


俺は呆れてものが言えなかった。





そう言うわけで。

これ以上のない臨死体験をしちまった俺にとって、恐怖心ってのは日々薄れていく。

相変わらずゴミみてーな肉体労働で辛い日々を送るが、死への恐怖だけは克服していった。


怖いのは親方の機嫌ぐらいだ。


それでも辛いことには変わりない。


明くる日も翌る日も重い工具を携え、遠方まで行く。色んな仕事をした。架け橋の補修、魔物の罠の設置、都市部の配管。魔法学校の窓拭きをやった日もあった。


最初に思ってた、こんな仕事辞めてやる!は、少しずつ薄れていた。

この仕事でやっていけるかもしれない。そんな事を思った矢先。


奴隷みたいに働かされていただけなんだと、気付かされたんだ。


「はい、1ヶ月分の賃金な!」

「あざす!親方!なんか今日は機嫌いいっすね」

「あったりめぇよ!賭場で大勝ちしたからよ」


親方が俺に麻袋を渡す。中には金が入っている。じゃら、と音が鳴った。ウキウキ気分で、るろうに荘に帰る。


「シスル!機嫌良さそうだね」

廊下でセイタに出会った。セイタもご機嫌な顔をしている。

「今日は給料日だからな!」

俺は点高く、賃金の入った麻袋を見せつけた。


これほど・・・分かりやすいフラグも無かろう。開けるまでもなく、セイタが突っ込んだ。


「え・・・なんか少なくない?」





麻袋の中に雑に詰め込まれた硬貨を取り出していくと、袋の底に紙切れが入ってあった。紙には給与明細と書かれている。 


給料は6万A《エーツ》だった。

あ、エーツってのはこの国の通貨単位の事だ。

肌感覚では、前世の円と同じだ。つまり、俺がこの死に物狂いで働いた1ヶ月の給料は、6万。

多いのか?少ないのか?


俺は給与明細を読み解いていく。


基本給与20万エーツ。

道具使用料マイナス8万エーツ。

えっ?マイナス?


会社の道具を使うと、マイナスなの!?


事務所修繕費マイナス5万エーツ。


ファっ!?事務所の修繕費を引かれるの!?


許せねぇ・・・。

許せねぇ・・・よ。

これ、計算したら差し引き7万エーツじゃねえか・・・。


1万ミスってやがる。


親方は確かに数字が苦手だ。

でも、金はきっちりもらわないといけねぇ。


「シスル!それ以前の問題だよ!」知らぬ間に俺の部屋にいたセイタが突っ込んだ。

「それ以前?」

「だって僕、酒場で6日間バイトしただけで、6万エーツは稼げたよ」


「え?マジ・・・?」


や、辞めてやる・・・マジで!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る