女子更衣室という異世界から帰還して(2/2)

「クハハハハハハハハハ!!! 身体測定をよくぞ乗り越えたな、唯くん! そのカルテはこの俺が責任を持って預かろうではないかクハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 身体測定が行われた水曜日に行われる授業は全て終わり、放課後の時間を利用して僕は百合園茉奈の実兄である百合園千風ちかぜのいる理事長室にへとやってきていた。


 以前、来た時には僕は彼に性的な目で見られているという驚愕な事実を知った訳なので茉奈お嬢様はそんな人間がいる部屋に向かう事は最後まで断固反対なさっていたのだが、僕はそんな彼女の制止を振り切って、目の前にいる理事長先生と2人きりになっていた。


 ちなみに当の茉奈お嬢様には習い事の時間があったが為に同行出来ずにおり、こうして僕が単身で放課後の理事長室に乗り込んでいる訳である。


「それにしても、理事長先生が僕を呼んだ理由がそれだという事に僕は軽く絶望を覚えているほどですよ。身体測定さえ終われば後はのんびり出来るものとばかり思っていた自分の馬鹿さ加減に思わず殴りたくなってしまいますよ……」


「クハハ! やはり君はの存在を知らなかったようだな。かく言うこの俺も今までに実感していなかったのだから当然と言えば当然であるのだがな。とはいえ、我が妹も気がつかないぐらいだ。生活に根付けば根付くほど、人間という生き物は思いのほか視野が狭くなるように出来ている」


「はい。そのご指摘に関しましては本当に感謝申し上げます。重ね重ねにはなりますが、どうぞこののカルテの管理をどうかお願いします」


 そう、

 忘れがちかもしれないけれど、学校には生徒を対象とした健康診断を行う必要があり、その対象には僕も当然入っている訳である。


「承った。この紙一枚には君の個人情報が大量に詰まっている。もちろん、丁重に扱わせて頂くとも」


 健康診断を行う為に必要な個人情報を記入したカルテを理事長室にいらっしゃる茉奈お嬢様の実兄である百合園ゆりぞの千風ちかぜに渡した僕はそのまま理事長室に座るようにと促されていたので、そのまま理事長室に居座って彼から紅茶をご馳走になっていた。


「それにしてもどうして学校は健康診断をするんですかね……」


「クハハハハハハハハハ!!! 主な目的としては学校教育の円滑な実施とその成果を確保する事にある。同時に学生諸君の健康の保持増進を図りつつ健康に興味を持ってもらう為にも実施する。あぁ、一生徒が学校生活を送るに当たって支障があるかどうかの確認という面もあるな」


「めちゃくちゃ勉強になりました」


 笑い声がとんでもないほどに大きい事だけが難点ではあるが、流石は百合園女学園の一番偉い立場にある理事長にして、日本有数の資産家である百合園家の現当主様であった。


「身体測定が終われば来週には健康診断がある。まぁ、これに関しては学校なのだから当然と言えば当然だが……ククク、女体をまじまじと見つめられる絶好の機会であると同時に、いかに自分が女体に慣れられたのかを確かめられる良い機会だ。精々楽しむといい、若人」


「まさか。こっちとしましては正体がバレてしまわないかどうかで心底冷や冷やしているんです。これから体育の授業で毎回体操服に着替えなければならない日常が続く事を想像するだけでもげんなりとしてきますよ」


「クハハ! 体育祭とかめちゃくちゃ大変だけど本当に大丈夫か?」


「……体育祭とかもあるんでしたね」


 そう言えば、当然と言えば当然なのだけどここはお嬢様学校と言えども学校である訳なのだから学校行事の1つである体育祭も当然ある。


 とはいえ、それが行われるのは確か10月ぐらいだったと思うので残り6ヶ月の猶予がある事はあるので、それまでに女性の集団の中で何とか着替えられる度胸を身につけたいものだと思いながら、僕はティーカップに注がれた紅茶を全て飲み干した。


「ほぅ。我が妹のようにあたふたと騒ぎ立てるものとばかり思っていたが……意外と冷静だな?」


「まさか。こう見えても意外と取り乱していますよ、僕」


「だとすれば実に良い演技っぷりだ。さては先日、寮に入った下冷泉霧香に何か演劇のアドバイスでも受けたか。賢明な判断だ。こと演技に関してはヤツの右に出る存在はこの学園内にはいないだろうよ」


「仰る通り霧香先輩からアドバイスは受けました。おかげ様で女性の肉体に対する未知の恐怖が減ったように思われます……本当にこの度はご助言、ありがとうございます」


「ククク……礼には及ばん。俺と唯くんは言わば同じ穴のムジナ。己自身の為だけに女装をしている訳なのだから応援もしたくなるというものだ。いくら自分の姿形が女性に似ているからと言って、女学園に乗り込むのは中々の胆力がないとやってられんからな」


 先日、茉奈お嬢様の推測から分かった事なのだが、彼はどうにも僕の死んだ姉である和奏わかな姉さんと一緒の学園生活を送りたいが為に女学園に女装をしてきたという過去を有する猛者であった。


 僕の場合は身を寄せられる場所がここにしかないという事情も相まって、選択肢があるようでなかったので半ば強制的に女装生活を送る事になった訳なのだが、今、目の前にいる理事長に至っては自分の意志で女学園に乗り込んだ訳なのだから彼の方が胆力が凄いと思うのだけど。


「僕は男性なので女性が受ける健康診断なんて初めてなんですけれど、一体どんな事をするのでしょうか」


「ふむ。基本的には控室で必要最低限の衣服を脱いで保健室に赴き、レントゲン車で用を足した後は、身長に体重の測定を行い、その後に内科検診と言ったところか」


「大丈夫なんですかね。流石に理事長先生の手が回っているとは言えども、やっぱり不安ですね」


「クハハ! 安心したまえ、君が男性であるという事態が保護者の皆々様にバレてしまえば百合園一族全員が路頭に迷う羽目になるから全力でサポートを行うとも」


 責任重大だなぁ、僕。

 なんて冗談のように言ってみたいところではあるのだけど、流石に日本有数の大金持ちである百合園一族の財源の1つである学園運営が僕という異物がいたというだけで潰されると思うと胃が本当に痛くなって痛くなって仕方がない。


「クハハ! まるで我が妹が胃痛に悩まされる姿そのものではないか! クハハハハハハ!!! 胃薬いる?」


「いえ間に合ってますので結構です」


「そうか。であれば胃薬代わりの助言をくれてやろう。健康診断の際には『』を持参し、着用する事となっている。ここは他校と違い、お嬢様学校というブランドがあるからな。そういう意味でも例え同性であろうとも、医者であろうとも肌を見せたがるのは嫌というワガママなお嬢様が多い」


「なるほど、それは使えますね。肌を露出する機会はあれど、それを他人に見せるのも、見られるのもお嬢様学校としては推奨しない、と」


「ククク。察しがいいな。説明の手間が省けて助かるぞ」


 これに関してはここがお嬢様学園という独特な環境下に置かれているという事実に救われた。

 

 そうだ。

 色々と忘れていたけれど、ここは本来ならば慎み深い百合の花が咲き誇るような慎み深い淑女と伝統溢れるような学校であった。


 只々、今までに会ってきたお嬢様というお嬢様が色々と個性豊かな変態であったというだけで、ここは百合小説の舞台になるような素敵な場所である筈なのだ。


「だとすれば、どういった衣服を持参していくかが肝要という訳ですね」


「その通り。俺の時は裸の上に白いワイシャツを羽織っていたな。俗に言う所の裸ワイシャツという訳だが」


 嫌だなぁ、女学園を跋扈する男の裸ワイシャツ姿。

 僕が他人事のようにそう思っていると理事長は座っている僕の下半身……と言っても突起物周辺ではなく脚部をまじまじと見つめては、感慨深そうに息を漏らしていた。


「な、なんですかその不躾な視線は」


「何、唯くんが裸ワイシャツになっていた姿を想像していただけだ。ワイシャツと太股に間に応じるあの黄金比率のバランス……。クハハハハハハ!!! 次の健康診断の日には百合園女学園の姉妹校があるイギリスに行く予定が入っていたが急遽休んで唯くんの裸ワイシャツ姿を見学させて頂くとしよう! 誇れ! 君にはそれだけの価値の絶対領域がある!」


「一生徒を前になんて事を口にするんですか⁉ それと僕は男ですよ⁉ そんな僕に絶対領域なんてある訳がないでしょう⁉」


 何だよ、絶対領域って!

 それは主に女性が言われる側であって、男性である僕に言われる事自体色々とおかしいだろう⁉


 だが、悔しい事にそれ以外の衣服の選択肢が浮かんでこないというのも実のところだ……というのも、裸ワイシャツは着用する際にブカブカになっていたとしても、別に何ら違和感を持たないからである。


 何故ならば、

 

「ククク、因みに言っておくが俺の学生時代の時に裸ワイシャツを着用するようにとアドバイスをしてくれたのは和奏であった。ククク……まさか実の弟が裸ワイシャツになるなどと夢にも思うまいよ」


 拝啓、天国の和奏姉さん。

 貴女が女装の手助けをしやがった因果が巡りに巡って、どうした事か僕が裸ワイシャツを着る羽目になってしまいましたよこの野郎。


 とはいえ、まさか和奏姉さんも茉奈お嬢様のメイドという仕事で忙しいというのに、その茉奈お嬢様の実兄の女装生活も支えつつ、当時はまだ幼い僕の面倒見るだなんていう難儀でしかない生活を……しかも高校生1年生から3年生までやっていたものだ。


 そう考えると、この因果はある意味では和奏姉さんが頑張ってくれたもので結ばれたものであると考えると不思議な思いに耽るしかなく、僕は改めて天国にいるであろう和奏姉さんに感謝の念を捧げた。


「……まぁ、これも何かの縁です。本当は嫌ですけれど。死ぬほど嫌ですけれど。今回は裸ワイシャツで妥協します。それしか方法もなさそうですしね」


「とはいえ、周囲が女子だらけの中で着替えられるだけの胆力があるのなら、健康診断なぞ言わばボーナスステージだ。君の身体を診察する人間は百合園の息のかかった業者であるから安心して診察されるといい」


「分かりました。他に気を付けるべき点などはありますでしょうか」


「そうだな。特にはないが……強いて言うなれば診察結果はあまり女子生徒には見せない事ぐらいか。流石に診察結果を見て君の正体に勘づけるほどの知識を持つ生徒は学園内にはいないとは思うが……念には念を入れておくがいい。数字は嘘をつかん」


 なるほど、確かに身長ならまだしも体重などで僕が男性であるかもしれないと気付く女子生徒はいるかもしれない。


 確かどこかの本で知った内容であるのだけど、健康診断で出てくる数値は男子と女子でどうして分かれてしまうのかという原因が男性ホルモンと女性ホルモンの差異にあるらしい。


 また、一般的に女性よりも男性の方が筋肉量が多い傾向にある事から分泌される成分の量が違ってくるとか、しないとか。


「クハハハハハハハハハ!!! 特に赤血球数やクレアチニン、尿酸に中性脂肪、ヘモグロビンに加えて、γ-グルタミルトランスフェラーゼ等々の数値は男女で変わってくるから興味を持ったら比較して調べてみるとよかろうよ。最近のネットには実に興味深い論文が掲載されている。暇な時に興味のない分野の叡智に触れて興味を抱いて未来の選択肢を増やすのも若人の仕事の1つだ」

 

 確かにネットには様々な情報が掲載されている……が、流石に僕は学術論文だとかに目を通したりはしていない。


 僕が読むのは精々が料理関係だったりだとかそういうものが関の山であるものだから、この機会を機にネットの論文を読んでみて、興味を持った分野の知識を広めていくというのも面白そうではありそうだ。


「さて、長い間引き留めてしまって非常に申し訳なかったな。明日の身体測定も来週の健康診断も励むように」


「はい、理事長先生と茉奈お嬢様に迷惑をかけないように務めさせて頂く所存です」


「クハハ! そこまで固くならずともよい。余り使いたくはないが何かあれば百合園の家の力で何とでもなる! 安心して学業と青春に全力で励むがいい若人!」


 短い付き合いではあるけれども、この人は間違いなく良い人だ。

 こんな理事長先生と恋心を育んでいた和奏わかな姉さんの人を見る目は間違いでなかったと思うし、何なら本当に結婚していてくれていたらどれだけ良かったものかとさえも思う。


 だけど――どれもこれも『仮定』の話であり『もしも』の話だ。

 

 理事長先生と和奏姉さんは死に別れてしまったという事実はどうあがいても変えようがない。


 だけど――それでも僕は目の前にいる人を義理の兄と認めてやってもいいのではないのかって、酷く失礼な事さえ考えている。


「分かりました。この学園での生活を、羽目を外し過ぎない程度に楽しませて頂きます」


「クハハ! それは重畳。ところで少し質問があるのだが」


「? 何でしょうか」


「来週、生徒たちによる部活動の勧誘行為が全面的に許可されるのは知っているな?」


「ホームルームでも話題になってましたね」


「まるで他人事のようだな、もしや部活動は帰宅部の予定か?」


「僕には寮母としての仕事があります。部活動と併用はちょっと難しいと思いますので、部活動はやらないつもりです」


「クハハ! ――まさか本当に帰宅部になれると思っている訳ではなかろうな?」


 いつものような高笑いをする理事長先生だが、よくよく見てみれば彼の視線には哀憫を感じさせるような色が混じっており、その視線を直に受けてしまった僕はいよいよ只事ではないらしいぞという実感を持たざるを得なかった。


「と、言いますと?」


「学内3大美女と噂される2年生が! しかも! どこの部活動にも入っていない! クハハハハハハハハハ!!! 鴨が葱を背負って来るとはまさにこの事だな! 精々、百合園女学園の個性豊かな女子生徒たちによる勧誘の毒牙に食いちぎられないように用心することだ!」


 拝啓、天国の和奏姉さん。

 僕は一体いつになったら安心して過ごせる女学園生活を送れるのでしょうか。


 身体測定という難題を終えた矢先に、また難題。

 そもそもの話として、ここ百合園女学園の女子生徒は僕にぞっこんであり、僕が何かをしでかす度に黄色い歓声をあげては勝手に地面に倒れて死んでは何度も蘇ってくるようなおぞましい生命体だ。


 そんな彼女たちが自分の青春を更に輝かしいものにするが為に僕を同じ部活動のメンバーとして引きずり込もうとするというのは、あながち理解は出来なくもない。


 おかしいな。

 僕の知っている学校生活って、こんなに大変だったっけ……?


「ど、どうすれば……」


「簡単な解決方法ならある事はある。一度、どこかの部活動に思い切って入部した後に退部するなり幽霊部員になればいい」


「な、なるほど。確かにそれなら」


「因みに言っておくが、その役割を買ってくれる部活動を俺はもう掌握済みだ。いや、掌握というより自分からプレゼンしてくれたと言うべきかな? 聞いて驚け。そんな酔狂な提案をしてくれたのは演劇部の部長である下冷泉霧香だ」


 ――遠いどこかで「フ」と不敵そうに、計画通りだと言わんばかりに笑う彼女の声が聞こえた気がした。

 






~後書き~

 最近めちゃくちゃ寒くて執筆が凄くはかどる!!!

 手がめちゃくちゃ痛ェ!


 という訳で第2章、完!


 今回はラブコメ要素が薄い本作の申し訳程度のえっちなラブコメ要素盛りだくさんの小噺と、百合園女学園という舞台説明という意味合いでのお話だったので、ややこじんまりとした印象だったのではないのでしょうか。


 というのも、元々この小説は15万文字で終わらせてどっかの文庫大賞に投げる予定だったので、本来ならこの2章に3万文字程度の衝撃的なラストシーンを添えて完結になる予定だったのです。

 

 しかし、色々と予定が狂いまして……主に下冷泉霧香とかいう私のお気に入りの所為……文庫大賞に投げるのではなく、もうこのままWEB小説に居座って、菊宮唯お姉様の波乱だらけの1年間をのんびりと書いていこうと思います。


 という訳でして、次話はプロットだけ構想を練っていた3章の開幕にてございます!


 3章のメインテーマはお察しの方も多いでしょうが『部活動』!

 

 すなわち演劇部!

 下冷泉霧香と愉快な変態ぶいんたちのエントリーだァ!


 また本来ならば文字数の関係で登場させるつもりがなかった個性豊かな没キャラクターたちも続々登場させる予定なので、話の幅が格段に広がる事でしょう……!


 後は書きたかったけれど、15万文字という制限の所為で書けなかった教職員キャラによる【孤独のグルメ・番外編】とかも書きてぇ……!


 という訳で唯お姉様の百合園女学園での生活と物語をどんどん広げていく為の【部活動編】の開幕を告げるものでした。


 姉である和奏姉さんが死ぬという事件から現実逃避をしてしまっていた弱々しい男の子が、数多くの人間たちの力を借り、数多くの無理難題から逃げずに立ち向かう事で解決し、段々と素敵なお姉様として成長していく……そんな男子ぼくが勃起したら御嬢様わたしが社会的に死ぬお話!


 そんなお話を本格的に応援してくださるようでしたら、何卒、フォローや☆等を宜しくお願い致しますー!





 また、名前は控えさせて頂きますが、本作にレビューコメントを書いて下さった方がいらっしゃいました!

 本当に、本当にありがとうございます……!

 この場を借りて御礼申し上げます!

 おかげ様でめちゃくちゃ書く気がモリモリ湧いて来ましたのだわー!

 更に面白い作品が作れるようにこれからも誠心誠意、執筆させて頂きますー!


 本当にありがとうございました!

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