女は化け物。役者は魔物。下冷泉霧香は変態(2/2)

「結婚しましょう。妊娠してくれませんか、唯お姉様」


「……は?」


「一目惚れした。大好き。見た目がすっごく性癖にストライク。妊娠して。私の子供を産んで。そしてお姉様の顔面にそっくりな男の子を産んで近親相姦させて3Pするわよ、唯お姉様」


「…………は?」


「は行から始まる返事の言葉の『はい』ね。両思いね、嬉しいわね、当然ね。それでは早速初夜しょやりましょうね。本日は絶好の青姦日和よ、唯お姉様」


「………………はぁ⁉」


 この人、アレだ⁉

 ただの変人だ――⁉


「――――――?」


 助けを求めるべく、僕の近くにいる百合園茉奈に視線を向けてみたのだけれども、彼女もまた超がつくほどの危険人物にして変人である下冷泉霧香の突飛な言動を前にしてフリーズしていらっしゃるではないか⁉


「いや、あの、そのぅ……! 僕はそういうのはちょっと……!」


「フ。僕っ子。こんなの性癖のお子様ランチじゃないの。頂きます」


「え、あ、違っ、私は……って、ちょっ⁉ いきなり僕の制服を脱がそうとしないでください! 警察呼びますよ⁉」


「フ。セクハラ慣れされている人間ならではの迅速な対応。汚れを知らない綺麗な顔をしている癖に、他人にとことん汚されて経験豊富なのね。……フ。そんなの私の心のアンテナがってしまうじゃない」


「ですからセクハラは止めてくださいませんかぁ……⁉」


「フ。今の発言のどこがセクハラになるのかしら唯お姉様。無学な私にも分かりやすいように具体的に教えて下さらない?」


「それ絶対に分かっていて言っている発言じゃないですかぁ……⁉」


 理解した。

 どうして茉奈お嬢様があんなにもこのド変態である下冷泉霧香を苦手としているのかを、僕は身を以て体験した。

 

 なるほど、確かに彼女のようなセクハラ狂いの変人と至って真面目な性格をしている茉奈お嬢様は本当に水と油のような関係でしかないのだろう。


「とはいえ、流石にこれ以上のセクハラは流石に止めときましょうか。ごめんなさい、唯お姉様。今のは次の演劇で演じる男役。初対面の人の反応を知りたかったの。いわゆるキャラが世間受けするかどうかの試金石と言うべきかしら」


「え? あ、あぁ! それなら良かった。正直、今のが下冷泉先輩の素のキャラクターなのかと……いやぁ! 流石は演劇部の部長さんですね! すっかり騙されてしまいました!」


「フ。嘘よ」


「は?」


「どうして本気で信じているのかしら? 今のはケチャップのように真っ赤な嘘。素の私はセクハラ大好きな超絶美少女なの。だって苗字が下冷泉よ。下冷泉のは下ネタのよ。由緒正しき旧華族の下冷泉の苗字が美少女にセクハラをしろと囁くの。安心しきった唯お姉様の表情に絶望の色を加えさせるの最高に楽しいわ」


「よくもまぁ、初対面の人にそんな最低な事をやろうと思えますね? どういう頭してるんですか?」


 何だろう。

 この人は間違いなく愉快な人なのだろうけれど、話をしているだけでもごっそりと体力を奪っていく類の愉快な変人であった。


 例えるのであれば、そう。

 レールから外れたトロッコに外付けされたロケットを取り付けて勝手に大暴走をしているような、そういう感じの人だった。


「……ところで下冷泉先輩、1つだけご質問をしても?」


「3サイズ? あらやだ変態。B87のW57にH88よ。聞いたわねこの変態」


 うわぁ、中身はアレなのに見た目だけは凄いなぁ……ではなく。


「そんな事は全く聞いてません。どうして僕の事をお姉様って言うんでしょうか? 話を聞く限り、僕は先輩よりも年下の筈なんですけど」


「フ。直感だから理由は特にないわ。強いて言うのであれば虐められたいし、虐めたいと思っている程度」


 どうやら彼女は本能に従って生きているタイプの人間であらせられるようであるらしく、彼女にとってのお姉様とはどうにも概念的な存在であるらしい。


 良く言えば感情的、悪く言えば動物的。


 だが、そういう人間が芸術面で多大な成績を残す傾向にある事を考えたら、彼女は間違いなくそっち側の人間であるのだろうけれど。


「――はっ。し、下冷泉先輩……! 我が学園の生徒であるのなら、そのような下品な言動は止めるようにと何度も私は言っているだろう……⁉」


「あ、やっと我を取り戻したんですね茉奈お嬢様」


 先ほどから直立不動の姿勢のまま、口をぱくぱくと開け閉めしていた百合園茉奈であったのだが、我を取り戻したのであろう彼女は今度は顔を思い切り赤面させてはそんな注意喚起を下冷泉霧香に対して投げかけていたが、当の本人は涼しい表情のままであった。


「大丈夫、安心して茉奈さん。普段からアポなしで貴女の部屋に突撃する私でも勝手に鍵を作らなかったり不法侵入をしない程度のモラルはあるわ。実際問題、学院内の私は成績優秀かつ品行方正でしょう?」


「それは……そうだが……! いや、本当にそうだけど……! どうして学内ではあぁなのに私の目の前の時にはその態度なんだ……⁉」


「え、嘘。ちょっと待ってください茉奈お嬢様。この人、本当に学内では真面目なんですか?」


 初対面でもどうしようもない人間だという事しか分からない下冷泉霧香は、学内では普通に真面目であるという事実が僕にはどうしても理解できなかったし、想像もできなかったのだが、そんな僕に対して下冷泉霧香は不敵な薄笑いを浮かべながら答えてくれた。


「フ。簡単な事よ、唯お姉様。要するに私がそういうとして女子生徒に接すればいいだけなのだから。私ね、善人を演じて純粋無垢な女の子を騙すのが性癖なの」


 なるほど、やはり彼女は普通に最低な人間であるようであった。


「ロクでもないだろう? 素のアレの詐欺師っぷりを知っている私からしてみれば、アレに騙されている女子生徒が可哀想でしかない」


 苦虫を嚙み潰したような茉奈の表情を見るに今のはどうやら本当の事であるようで、このセクハラ大魔人であらせられる下冷泉霧香は本当に学内では常識人を演じているようだ。

 

 常識を知っている変態ほど面倒臭いという事が茉奈の態度で手を取るように分かってくるが、当の本人は気にするような素振りを一切見せなかった。


「フ。褒めてくれて私はとても嬉しい。特に唯お姉様の有り得ないモノを見るようなその視線がとてもいい!」


「茉奈お嬢様。立ち話もアレですし、早く寮の中に入って扉の鍵を閉めましょう。外で会話なんてしていたら不審者に声をかけられてしまいますよ」


「あらやだ放置プレイ! そんなの最高じゃない!」


「うわぁ、先輩は無視も通用しない類の救いようのない変態さんなんですね」


「唯お姉様のキレキレな罵倒が臓腑にすーっと染み渡って……あぁ……幸せぇ……!」


「気持ち悪いですね。あぁはなりたくないですね、僕」


「ちょうだいちょうだい! そういうのもっとちょうだい!」


「先輩の前世は豚か何かであらせられるんですか?」


「フ。堪らねぇ罵倒ね。興奮しちゃう」


「あはは、キャラがブレるんで雌豚風情が人の言葉を話さないでください」


「ブヒィ!」


「あはは、随分と下ッ手糞な豚の真似ですね。雌豚なのに豚にもなれないだなんて本当に救いようがないですね」


「ブヒィ⁉ ブヒィ! ブヒィィィィ!!!」


「その活きですよ雌豚先輩。食肉加工されたくなければ雌豚らしくみっともなく鳴いてください」


 おっと、しまった。

 ついつい目の前にいる先輩がただの変態だったものだから、ついつい僕の本音が。


 だがしかし、言われた当の本人は頬を赤らめながら豚のように地べたに這いつくばってはブヒブヒ言う動物に成り下がっていたし、茉奈に至ってはいきなり繰り広げられるSMプレイを前に若干どころかかなり引いているご様子であった。


「……唯……? どうして笑ってるの……? 目がちょっと怖いよ……? え、嘘……? 唯はもしかしてあっち側の人間なの……? 噓だよね……? ねぇ……? 唯は、唯は違う、よね……? 唯は先輩と同じ類の変態なの……?」


「茉奈お嬢様。僕をあんな雌豚先輩と一緒にしないでください。失礼ですよ」


「そうよ茉奈さん。全く、これだから素人は。いい? 唯お姉様は心からのドSであって、心からのドMである私とは真反対の存在。演劇で言うのなら演者と観客ぐらい違う。というか、演劇部部長の私の目の前で杜撰な演技は止めて。るのならちゃんと最後までって」


「そういう雌豚先輩は何を勝手に人の言葉を喋りやがるんですか? 最後まで豚の真似をしてくださいね?」


「フヒ、フヒヒ、ブヒヒ……!」


 困った。

 げんなりとした表情を浮かべては絶望のどん底に浸っている茉奈お嬢様はどうにも下冷泉霧香を一方的に嫌っているようなのだけど、僕はそこまで彼女を嫌えなかった。

 

 むしろ、僕の異常な学校生活を送る上で最大最悪の敵であるという事を頭の中では自覚こそすれども――。


「ふふ」


「フ」


 ――だなんて、お互いに笑みを投げかけながらアイコンタクトのように意思疎通を図っている始末でさえある。


 何故だろう。

 僕は決してサディストでは無い筈なのだけど、良い声と反応をしてくれる彼女に対して胸がときめいているかのような錯覚を覚えている気がする。

 

 というか、僕は昔どこかで、こんなやり取りをしていたような――?


「……こほん。下冷泉先輩、本日はどういう目的でやってきた。演劇部の部費についての件は以前に話したように増やすつもりだが」


 咳払いをしては律儀に雌豚先輩に話題を投げかけてくれる茉奈お嬢様はなんて律儀なんだろう。


 変態を前にした時の一番の最適解は無視であり、茉奈お嬢様がやるような行為はベストとはとても言えないのだが、果たして彼女がその事に気づける日は来るのだろうか……と考えつつも、そう言えばこの下冷泉霧香とかいう雌豚先輩は放置プレイでも興奮する類の変態だったと今更ながらに気が付いた。


 困った。それなら土の中に埋めてやるしか解決方法がないじゃないか。

 

「ブヒ。部費の話じゃないでブヒ……ごめんなさい、ナチュラルにブヒってた。なんか言葉にならない何かで豚になってた。今日は演劇部関係で来た訳ではなくて、余りに暇だったものだから茉奈さんで遊ぼうと思って来ただけだったのだけど……フ。とんだ掘り出し物だわ。涎が止まらねぇ。じゅるじゅるじゅるりら……!」


 私で遊ぶなド変態と言わんばかりに嫌そうな表情を浮かべているお嬢様とは対照的に、奇天烈極まりない変人である下冷泉霧香は僕の表情を覗き込んでは薄笑いを浮かべている。


 彼女が言うように、こうして僕と出会ってしまったのは全くの偶然……まぁ、僕からしてみれば何とも質の悪い事故のようなものだけど、これに関してはタイミングが悪いとしか言いようがなかった。


 でも、学校であんな変人っぷりを周囲に披露させられるものならば僕は間違いなく奇異の視線に晒される訳なのだから、そういう意味で考えるのであれば周囲に人がいない今のタイミングで彼女に遭遇した事が唯一の救いともとれる。


 ……あぁ。でも彼女は確か学校では品行方正な優等生というキャラで通しているんだったか。

 

 そう考えるのであれば、どっちもどっちとも言えるのかもしれないが、彼女が僕よりも一学年上の先輩という立ち位置である以上、学校生活で彼女に関わる機会はそうそうないので、あまり関係はない話なのかもしれない。


「そうか。なら話す内容はもうないな? 帰ってくれ。死ねとは言わないから消えろ。頼むから私をこれ以上不愉快な思いにさせるな。先輩と話すといつも常備している胃薬が無くなって仕方が無いんだ……!」


「えぇ、そうするわね。と、以前の私なら答えていたのでしょう」


「……返答次第では学園から除籍させてやることも視野に入れてやるぞ、あぁん……?」


 もしも視線に殺傷能力があったのなら、今の彼女の視線は人を1人や2人は殺していたのだろうけれど、残念ながら変人である彼女に対してはノーダメージであり、無傷の下冷泉霧香は満面の笑みを浮かべながら予想だにしていなかった言葉を繰り出した。


「うん、私もこの女子寮を利用する事にするわ。唯お姉様がいらっしゃるんだもの。別に入ってもいいわよね? だって私、学内では品行方正で真面目な模範生なのだから。学校側からしてみても断る理由なんてないでブヒもの」


 しまった、つい面白すぎてまたブヒってたブヒね。

 ……そんな常人には理解できない下冷泉霧香の言葉を耳にした僕の主人である百合園茉奈は「お腹痛い」とそんな言葉を口にしながら、腹を抑えながら崩れ落ちた。


 あぁ、僕も胃薬が欲しいなぁと思いながらも、僕もお嬢様と同じように胃痛と頭痛と目の前に現れた変態雌豚先輩に悩まされるのであった。

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