第57話 統一規格の落とし穴

「イナバはもしかして、符が手書きなことに違和感あった?」


「そうだな。これだけ栄えているのに、人力で書かれているのはおかしいと思っていた」


 バイリィの問いかけに、私は素直に応じた。


 一日の時間周期が長いから効率を求めない人々なのだろうと思って自分を納得させてはいたが、それにしたって手書きで書物を記したり複製したりといったことはいささか非効率だなとも思っていた。


 レーザープリンターほどの技術は実現までに数多のアイディアを必要とするから仕方ないが、木版印刷くらいならば、技術者がふと思いついていてもよさそうである。


「一応言っとくけど、Guǎng Pànっていう道具はあるよ。これは、一個の原本からたくさんの符を写すことができるの。でもねー。あんまり人気ないんだ」


「それは、何故?」


「味がないから。人の手で書かれた個性ってやつ」


 履歴書を手書きで求めてくる面接官みたいなことを言い出した。


「君たちにとって、手書きというのはそれだけ重要なことなのか?」


「重要……そうだね、そうじゃないと物足りないと思うくらいには、重要なことかな」


 有名な作家の直筆原稿を見るとテンションが上がるのは、なんとなく理解ができる。それと似たようなものだろうか。


「複写本でもね、写し手の味ってのが出るんだ。挿絵を添えてたり、文字の書き方に癖があったり、誤字してたり、勝手に文章を付け足したり。あたしたちは、それも含めて面白がってるの。作品だけじゃなくて、写し手の人生とか、思考とか、背景とか、そういうものを想像するのも楽しいんだ」


 だが、ここまで来ると私の価値観とは大きく異なるなと思った。


 現世の常識に肩までどっぷり浸かっている私には、原本に勝手なアレンジを加える写し手の存在などはノイズとしか思えない。


 そのノイズを排除しようとしているのが現世で、快く受け入れるのが異世界の価値観だということだろう。


「それは、神様たちも同じ。術符に個性があればあるほど、神様は強力な力を貸してくれる。だから、イナバの符の魔術はイマイチだったんだと思う」


「なるほどなぁ」


 私は、凝り固まった頭で異世界の価値観を咀嚼しようと試みた。


 画一的な規格を嫌い、個性を尊び、アレンジを受け入れる人々と神々。時間に余裕があるからなのか、風土の影響か、とにかく彼らの価値観は私とは大いに異なる。


 消化し己の血肉とするところまではいかないが、飲み下すところまではできた。


「しかし、そうなると……困ったな」


 私は未だ未使用の本の数々を見やった。


「私の世界の本は、皆同じような字で書かれているんだ。試さずして、効果がショボいことが判明してしまった」


 それすなわち、術符としてそこまで価値が生まれないということを意味する。


 私の家賃調達計画と表情に陰りが見えたことを察してか、バイリィが励ますように声をかけてくれた。


「まだ、わかんないよ! とにかく、全部一回使ってみようよ。もしかしたら、掘り出し物があるかもしれないし」


「……うむ」


 そうして、現世の本を使った魔術の実験は、日が傾くまで行われた。

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