第9話 異世界だと体内時計がズレる

 翌日。


 私はこの日、この世界の1日における時間周期が、現世と異なることに気がついた。


 昨夜は体内時計の赴くまま、現世でいうところの23時に就寝し、頭痛がするほど惰眠を貪った。だというのに、目を覚ますと、ようやく日が出ようとしているところだった。


 こりゃおかしいと思ってスマホを見ると、女神がいつの間に手を加えたのか、ロック画面に表示される時計が、異世界仕様になっていた。


 『セーノウス紀738年 萌芽の月 始の週 丙の日 二の刻』


 なんのこっちゃ。


 表示された情報が何を意味しているのかは大体掴めたものの、それが現世のどの日時に対応しているのかは、一切不明であった。


 体内時計の乱れから分析するに、どうやらこの世界の一日は、24時間よりも長いらしい。


 当たり前といえば当たり前だ。


 現世とは異なる世界と書いて異世界だというのに、1日の時間周期や文化及び言語、生物の生態まで同じであると考えるのは、不自然あるいはご都合主義といえるだろう。


 元々地球の文明は、広大な宇宙の中で天文学的な確率のもとで生まれたものだ。


 定義上は地球文明とまったく異なるはずの異世界が、地球文明をマイナーチェンジしたくらいの差異しかないなどありえない。


 私はそれを理解すると、途端に不安になった。


 この異世界で、家賃を稼ぐことなど、できるのだろうか。


 スマホに表示された日時を見る限り、この世界には時間を認識するくらいの文明はあるようだが、貨幣経済が発達しているかどうかは不明である。


 いや、そもそも、生態系のピラミッドの頂点が、私と同じ二足歩行霊長類であるということすら疑わしくなってきた。


 頼むから、ひと目見てのけぞるようなビジュアルだけはしてくれるなと思った。


「……流石の女神も、節足動物が築いた文明に、私を送り込みはしないだろう」


 私は、女神に残った良心を信じることにした。


 途端、ぐぅと腹が鳴った。


 こんな時も、生きている以上は、腹が減る。


 私は電気ケトルに水を注ぎ、朝食作りに取り掛かった。

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