第18話 ウルプ小国に仕掛けられる罠

 シーラム・ルソケーム侯爵は、アンナリセは裏切った、と捉えただろう。幾つもの計画を台無しにしてしまったから、報復は激しいものになりそうだ。

 なにより、侯爵とアンナリセとの所業がグレクスに洩れるのは明白だ。となれば、ウルプ家、いや、ウルプ小国を転覆させようとする可能性だってある。

 

 だが、大魔道師らしきは手を引いた。異界である羅生境らしょうきょうへの通路が再度あけられることはないだろうし、ウルプ小国の領民から魔気を奪う心配もなくなった。

 

 実質的な脅威は、シーラム・ルソケーム侯爵だけのはず。ただ、アンナリセに知らせていないことも、たくさんあるに違いない。アンナリセの希望を叶える影で、好き放題していたのだろう。

 

「なんですの? お義姉ねえさま。わたくしに何か御用でも?」

 

 わたしは、できる限りヘイル侯爵城でトレージュを見張ることにした。常にそばへと寄って行くわたしに、トレージュは迷惑そうな表情で、冷たい声。ピシャリと言う。

 

「一緒に、お茶でもどうかしら?」

 

 にっこりと笑み、無邪気というよりは愛情を注ぐ眼差しを向けてみる。

 一瞬、トレージュは、ギクリとした表情だったが、むっとした表情を浮かべた。

 

「お断りですわ。私、ひとりになりたいの」

「ふふ。たまには良いでしょう? トレージュをひとりにしておくなんて心配よ」

「大きなお世話です。寄らないでくださいな。私、ウルプ城に行きますから」

「あら。それなら、一緒に参りましょう?」

 

 トレージュをひとりで出かけさせるなんて、とんでもない。それじゃさらいたい放題じゃない!

 わたしは嫌がるトレージュをつけ回し、無理矢理一緒に行動しはじめた。

 トレージュは新手の嫌がらせだと感じているようだが、半ば根負けしている。わたしを撒いたところで、トレージュの行く場所は限られているから逃れようはないのだ。

 

 一緒にウルプ城へと行き、グレクスと共に過ごし、一緒にヘイル城に帰る。

 わたしは豪勢な衣装と髪型。トレージュは相変わらず、質素というか清楚で気品ある衣装と髪型を貫いている。

 グレクスは意外に上機嫌で、トレージュが一緒でもにこやかだ。

 

「グレクスさま、今度、トレージュも一緒に、お茶会を開いてくださいませ」

 

 できる限りトレージュが同意できそうな内容を考え、わたしは一緒にいるところでグレクスへとねだる。

 

「それは良い考えだ。明日にでも用意させよう」

 

 グレクスがわたしの言葉に即座に同意する様子を、トレージュはいぶかしそうに眺めていた。

 

 

 

「グレクスさま、アンナリセさま、家令よりの伝言にございます」

 

 グレクスとトレージュと一緒にいるところへ、例の執事が呼びにきた。アンナリセの尻拭いを専任させられていたウルプ家の第一執事。名は、ロイトロジェ・デュマという。今は、通常の業務に戻れている。ただ、アンナリセの警護的な役割は、相変わらず続けてくれていた。

 

「ロイトさん、それではトレージュをお願いね」

 

 家令の用事では、トレージュを一緒に連れて行くことはできない。私はロイトロジェへと念を押すように告げる。執事のロイトロジェは、トレージュの誘拐の件を知っている。

 今では、すっかり、わたしの言葉を信頼して快く願いをきいてくれていた。

 

「私、ひとりで大丈夫ですわ。図書室使わせてくださいませ」

 

 トレージュは、ツンと取り澄ました表情で、物わかりの良さそうな言動をしている。

 

「では、ご案内いたしましょう」

 

 執事のロイトロジェは穏やかな物腰ながら有無を言わせず、トレージュを図書室へと連れて行った。

 

 

 

 家令のところへと報告が入った情報によると、ラテアの港街で奇妙なことが起きているという。

 

「グレクス様とアンナリセ様の許可を得たと騙る『黒翼結社』という裏の組織が、身寄りのない若しくは貧しい少年少女を引き受けているそうでございます」

 

 ウルプの家令は、深刻そうな表情だ。

 

「俺は、そんな許可など出していないぞ?」

「わたしもです」

 

 たぶん、元のアンナリセも、そんな許可なりごと的な提案はしていない。だいたい、アンナリセは悪事を働くときに、わざわざ自分の名を用いたりはしなかった。

 

「ウルプ小国の出先機関だと錯覚させ、一見、慈善事業のように見せかけているようです」

「裏の……というからには、引き受けるといいながら買い取っているのだな?」

 

 グレクスは怒りにも似た気配を押し殺しつつ、訊く。

 

「さようでございます。実情は貧しい親が子を売る、もしくは拐ってきた娘を売る。人身売買でございます」

 

 被害は既にでているのだ。

 

「奴隷売買……ということですか?」

 

 わたしは確認するように訊く。奴隷売買は王都王宮からの禁止事項だ。ユグナルガ全体にお達しがでており、その禁を犯すことは許されない。

 ウルプ小国が、国包みで奴隷売買……という噂は、まずい。

 

「売り先は、娼館や遊郭でございます」

「奴隷売買はユグナルガ全土で禁止だが、遊郭となると微妙だな」

 

 グレクスは思案顔だ。

 どちらにしても、アンナリセが加担している、という噂は、アンナリセの悪事を知る者たちには、ある意味、利益担保の保証となっているに違いない。

 

「売り先は、娼館・遊郭などですが、ウルプ家、ウルプ小国を陥れるため、小国公認で奴隷売買をしている、という、既成事実を作るつもりかもしれません」

 

 家令は、更に深刻顔になっている。

 ウルプ小国を陥れることができる上で、人身売買による利益は莫大だ。

 

「『黒翼結社』とは、どのような組織なのでしょう?」

 

 どこまで調査が進んでいるものか、知りたい。

 家令さんは、グレクスと共に、わたしも呼んでくれている。その信頼してくれている事実に応えたい。こんなに深刻な話をするに値すると、ウルプ家を切り盛りする家令が判断してくれていることが、心底有り難かった。

 

「『黒翼結社』は、堕天翼だてんよくの一組織ではないかとのことです」

 

 ひっ! と、わたしは悲鳴を心の奥に留めた。わたしの身体は震え上がっている。

 

 堕天翼の悪行は、ライセル家から王宮に報告があった。わたしは、それを聞いた。堕天翼の主城は使えなくなったが、組織の長であるバシオンは逃げたそうだ。堕天翼の根城は全国にある。そして、堕天翼は、娼館や遊郭へのがあった。

 売り先が、娼館や遊郭だというなら、『黒翼結社』は間違いなく堕天翼だ。

 

「何か情報があるのか?」

 

 わたしが真っ青になっているのに気づき、グレクスが訊く。

 

「ライセル小国が、最近まで堕天翼の被害に遭っていたのです」

 

 ライセル小国は、ウルプ小国と同列。ユグナルガの国における、王族由来と認定された五家のひとつだ。

 グレクスが王宮でわたしを見たとき、巫女見習いだったと言っていた。その後、わたしは巫女になっていたのだろう。巫女の身にとって、堕天翼の所業は最悪だ。

 

 

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