蝶のもののけ

北沢陶

1

 語り部のじいさんが死んだそうだよ。

 小刀で、自分で自分をめった切りにしたってさ。

 無理もないことだ。あんなお役目をずっと背負ってちゃあ、誰だっておかしくなる。

 あのじいさんは何年やってたか。七年だったか。

 また七年か。長くもったほうだがね。

 それより、どうする。新しい語り部は。

 隣町から呼んでいる。落語家崩れの金のない男だ、寝床と飯をちらつかせただけで二つ返事だった。

 哀れなことだな。どんな目にうかも知らないで。

 で、その落語家崩れはいつ来る。

 明日。

 ばかを言うな、明日だって。

 仕方ないじゃないか、隣町といってもどれだけ離れてると思ってる。

 じゃあ、今日はどうする。

 目はつけてある。語り部のじいさんの家に、よく出入りしてたやつがいただろう。

 あいつか。元服は終えたといってもまだガキじゃないか。

 はなしをよく聴いていたらしい。ひとつやふたつは覚えているだろうさ。

 そりゃ、覚えてはいるかもしれないが……。

 の前でうまく話せるか、だろう。

 やってみなけりゃ分からん。

 ほんとうに、あいつしかおらんのか。

 語り部と近しかったのはあのガキだけだからな。

 それに。

 それに。

 あいつなら、死んでも構わない。

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