第2話 俺が私になるまで

クソブラック企業を辞めた八木六郎21歳無職に今のしかかる問題は、どんなに頑張っても魅力的な男性vtuberのモデルの元となる原案が一切出てこない事である。


「あぁ!ダメだダメだ!やっぱり無理だぁぁぁ!!!全っっっ然魅力を感じねぇ!!!何だこのモブ顔は!ってしょうがないだろ男キャラなんて殆ど描いた事が無いんだから!」


ここ最近は漫画やアニメを大量に見ては、そこでカッコいいと思ったキャラを描いては、オリジナルのキャラを描いてはボツにしてを繰り返している日々を送っている。


「この作者はどうやってこんな印象に残る男キャラを描いてるんだ?」


……………………分からん。


そしてそれとは逆に、何度も男性vtuberを描いている筈がいつの間にか、女性vtuberのモデルを描いており、正直そちらの方ではまだコレっ!と言うものは無いが、それでももっとしっかりと構想を練れば本採用を考え無くも無い、両案がポンポンと生み出され続けていた。


「…………っだが俺は男だ。流石にその一線を越えるのはダメだよな?」


そう呟きながらその後もうんうんと唸っていると、俺のスマホに会社を辞めて以降ずっとリアタイが出来ている椎名骸が配信を始めた事を知らせるメッセージが届き、それに気が付きいた俺は頭を唸らせながらも手を動かして、骸ちゃんの配信を開いた。


――――――――


『魂のみんな〜おはハロ!ときめきプロジェクト3期生の椎名骸だよ〜。今日は久々のコラボで天ちゃんに来てもらってます』

『骸ちゃん久しぶりぃ!個人勢バ美肉vtuberしてます。夜々芽天華です!よろしくね』


:天華ちゃんとコラボお久しぶり

:むく天コラボ楽しみ!

:俺は天華ちゃんをおじさんとは思ってない!

:2人とも可愛い


そう言って骸ちゃんの隣で挨拶をしたのは、パッと見骸ちゃんと同様に小学生高学年程に見える体型に、髪は薄ピンク色と黒色のツートンカラーの長髪で、大きなおさげが肩にかかっており、服装はどちらかと言えば着込んでいる骸ちゃんとは対照的に薄着で、視聴者を刺激してくる様な服装をした美少女だ。


「バ美肉って何だ?」


骸ちゃんのファンとは言えvtuber初心者の八木は、vtuberについてあまり詳しく無く、今まさに初耳の言葉に首を傾げた。

そんな訳で気になった八木が一旦作業を中断して、バ美肉についてネットで調べると、そこには信じられない事が書いてあった。


「この夜々芽天華ってvtuberが男????????」


嘘だろ?何処から聞いても女の子……それも可愛い部類の声だろ?


「そう言えばコメント欄にも天華ちゃんがおじさん何て信じられない的なコメントあったけど、コレってマジなのか?………………信じられん。」


いやだってそうだろ?

vtuberの見た目はぶっちゃけ何とでもなるとしても、声は誰がどう聞いても女の子の声だろ?

それとも何だ?これが男の声なのか?


「いや、それは流石に無い…………」


ならそう言う設定のvtuberって事か?

いや、でも調べた感じそんな風じゃなかったけど……


「ん?ボイスチェンジャー?」


そうして片っ端からバ美肉について書かれているサイトを開いていると、とある興味深い記事を見つけた。


「何々?バ美肉はバーチャル美少女受肉おじさんの略称で、可愛いらしい美少女のモデルとボイスチェンジャーを使い女性になった、魂は男性のvtuberの事を言います。※最近ではボイスチェンジャーを使用しない声は男性のままで見た目だけ美少女モデルを使うバ美肉vtuberが増えています。って事は、ボイスチェンジャーを使えばこんな可愛い声が出せる様になるのか?」


最近の技術って凄いな……


「と言うかバ美肉vtuberが居るなら、俺もバ美肉vtuberに………………」


いや待て俺!

正気に戻れ!今勢いで俺も行けるかもって思ったけど、コレ改めて考えたらどうせあれだろ?元々声が高いタイプだったり中性的な声の奴にしか出来ない系の奴だろ!

いや〜危ない危ない、もう少しで騙されるところだったぜ。

ま、まぁ、俺はどうせ無理だとは思うけど、一応!一応な、ちょっと試しに……本当に一応!本当にダメか確かめるだけだから!


俺は誰に聞かれてるでも無いのに、何度も何度も心の中で誰にでも無く言い訳を続けながら、そのボイスチェンジャーアプリをダウンロードした。


「いや〜どうせ俺はダメだと思うんだけどな!うん無理だとは思うんだけどな!一応…………念の為にな」


そうして何故か家にあった安物のマイク付きのイヤホンをパソコンに付けて、そのアプリを使用しながら軽く話してみた結果…………


「か、完璧に女だ………………」


軽く調整はしたが今自分の耳に聞こえるのは、間違いなく女性の声で、夜々芽天華さんの様なロリボでは無くどちらかと言うとお姉さん系の声ではあったが、その声は紛れもなく女性の声であった。


「ま、まさか俺にこんな才能があったとは……」


とは言え喋り方のせいで例え声が女性の声だったとしても、一発で男だって事が分かってしまう。

そんな訳でボイスチェンジャーで遊ぶのが楽しくなった八木は、先程までやっていた作業をほっぽり出し、自分なりに女性みたいな話し方をしたりネットで女性の喋り方などを調べたりと、色々やって行くうちに改めてバ美肉vtuberの難しさを実感した。


「いや、この夜々芽天華さん凄すぎないか?ボイスチェンジャーを使って話してる男性って分かった今でも、本当は男性がやってるなんて信じられ無いんだけど?」


いやマジで凄いな……




それからは完全に男性vtuber路線を諦め、バ美肉vtuberとしてのデビューを目指して、最高にシコれるモデル作成作業と並行して、ボイスチェンジャーで理想の声を目指し日々声の調整と共に、女性らしい話し方の研究を初めて2ヶ月が経った。


「ようやく完成したぞ!俺の……いや私の理想のモデル肉体が!」


そのモデルは自分のもう一つの体になる為、何処か自分との共通点を作りたいと考え、その結果安直だが八木→ヤギ→山羊→羊と言う連想ゲームで羊を元に作る事を決めたのだった。

と簡単に言ったが本来ならばそのまま苗字通りヤギで行こうとしたのだが、ヤギから連想するとどうしても悪魔に行き着き、それがこの2ヶ月の研究の結果俺はおっとりお姉さん系の声が1番似合う事が分かった為、そうするとヤギとおっとりお姉さんの親和性があまりよく無い事に気がつき、結構自信作だったヤギモチーフのモデルをボツにして、今の羊モチーフのモデルの作成に取り掛かったのだ。


だがそのおかげもあり納得のいくモデルが無事完成したのだった。


「それじゃあ早速調整も兼ねて動かしてみるか」


そうしてパソコンの画面に映し出されたモデルは、頭に大きな羊の巻き角を生やし、髪は白髪で全体的にくるりと巻いた癖っ毛を膝裏まで伸ばしており、目と眉はは垂れ気味で瞳の色はアメジストの様なキラキラと輝く紫色をして、胸は欲望のままに盛れるだけ盛った結果着ている服から溢れそうなほどの爆乳になり、それに比例する様にお尻も大きく、そして個人的1番の推しポイントはその身長の高さで、もし自分が3D化した時に違和感が出ない様にとリアルの身長に合わせた結果、その高さは女性の中では異例の高さである181cmにもなり、元はどちらかと言えば小柄な女の子がタイプだった俺が、今までは立派に長身好きの仲間入りしていた。


「やっぱいつみても最高だな!」


その後は表情を調整したり胸をバインバインさせたり、途中見つけたバグを直したり、改めて自分で作ったモデルを見てニヤついたりしてその日を過ごした。


それから数日後、俺の最高のモデルが完成した。


「っしゃあ!ようやく完成したぞ!」


苦節3ヶ月

あのクソ会社を退職してからこのモデルを完成させるまでに、色々と葛藤があったりボイスチェンジャーにハマったり、夜々芽天華さんを勝手にバ美肉vtuberの師匠扱いしたり、まだモデルが完成した訳でも無いのに退職の際に手に入った臨時収入をふんだんに使って、クソ高いパソコンやマイクその他の配信に必要な機材や、これまたクソ高い椅子や机を買ったり、流石に値段が値段だった為一瞬購入ボタンを押す右手が震えたが、俺が参考にさせてもらっているサイトには必要と書いてあった為エアコン付きの防音室を購入した。


「それじゃあモデルも完成した事だし次は、ツイッターの開設か…………」


本来ならばデビューの1ヶ月前程度からツイッターで、デビューする事を発表して初配信までに最低限のファンを囲い込まないといけないと、俺の参考にさせていただいているサイトには書いているのだが、いかんせんツイッターに何かしらを投稿して、またアカウントをBANされるかも知れないと思ってしまう為、今の今までずっと後回しにして来たのだが、流石にここまで来てしまうとそろそろツイッターを開設しなければ、折角の初配信が同接0人の虚無配信になってしまう。


流石にそれはなんか辛い……


という訳で俺は意を決して自分の新アカウントを開設した。



羊飼いマトン

@Hitujikai_Maton

無所属 新人バ美肉vtuber

ママ:私 パパ:私

誕生日 5月10日

2フォロー中0フォロワー



初めまして皆さん羊飼いマトンです。

来週の土曜日夜の19:00から初配信を行いたいと思います!

もしよろしければ見に来てくださいね〜




「っとこんな感じで大丈夫かな?後はさっき撮った動画を投稿して…………っと」


よし完璧だな!

流石に初投稿はちょっと緊張したけど、やってみたら案外何ともなかったな……


「後は初配信まで毎日自分のイラストと簡単な動画のアップロードで大丈夫かな?」


やっぱり初配信まで1週間は短すぎたかな?

1ヶ月とは言わずとも最低でも2週間ぐらいは空けた方が良かったかな?

配信に人集まるかな?


………………不安だ。


そんなこんなで1週間後

毎日癖をくすぐるようなイラストと、動画で自慢の胸と尻を揺らしまくった結果



羊飼いマトン

@Hitujikai_Maton

無所属 新人バ美肉vtuber

ママ:私 パパ:私

誕生日 5月10日

2フォロー中1,204フォロワー



ツイッターアカウント開設からたったの1週間で、フォロワーが爆増した。


「こ、これがvtuberの力か……すげぇ」


元の俺のアカウントのフォロワー人数が1,000人を越えるまでには2年程掛かったと言うのに、それをたった1週間で達成してしまうとは……


「当時の俺は2年間いったい何をやっていたんだ……」


過去の事を思い出しナイーブな気持ちになりながらも、その偉業に内心ニヤつきが止まらない。


「1週間でこんなにもフォロワーが増えたんだったら、もしかすると初配信から同接1,000人突破したりして……って流石にそれは無いか!ま、まぁでもその半分の500人ぐらいは来るかな?」


そんなこんなで八木はウキウキで配信の準備を始め、再度ツイッターにこれから初配信をする事を告知し、緊張で腹を下さないよう念の為にトイレに行ったり、台本を何度も何度も読み返し、そうして完璧に準備の整った八木は退職届を社長に投げつけ、更には追加で課長をぶん殴れた時と同様、いやそれ以上に心臓の鼓動をバクバクと鳴らした。


「よ、よし!…………行くぞ!」


そうして俺は震える指で配信開始ボタンを押し……


俺から私になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る