第4話 見知らぬ寝室で目覚めて



*****



 実家の屋敷に帰されると思いきや、私が目覚めたのは見知らぬ寝室だった。


「え」


 ベッドの上で下着姿である。どういう状況なのかわからないが、体がむずむずとするのは隠せない。上等な敷布の肌触りが心地よすぎてそれだけで気をやってしまいそうだ。

 身動きを取るべきではないと判断したが、ここがどこなのかわからないと安全なのか心配になる。どうしたものかと困惑した。


「――目が覚めたんだね。気分はどうかな?」

「フロラン博士」


 着替えを終えて部屋着と思しき下着姿のフロランが部屋に入ってきた。髪が濡れているのを見るに、入浴を終えたところのようだ。


「こ、これは一体……」

「君のドレスに媚薬が大量に付着していただろう? あのままだとよくないから脱がしたよ」

「ああ、なるほど、合理的ですね」


 事後というわけではなさそうで安堵する。気絶している間に抱かれていたとあったら、いろいろな意味で後悔しそうだ。

 ふむふむと納得していると、フロランは近づいてきて片膝をベッドに乗せた。

 私は見上げる。


「ん?」


 距離が近い。お風呂上がりを想起させるむわっとした熱気に胸がドキドキする。


「ずいぶんと乱れていたじゃないか。好きでもない男に身体をまさぐられたというのに」


 見下ろしてくる彼の目がギラギラとしている。

 これは怒っている? それとも、研究対象に対して興奮しているという感じ?

 私は苦笑する。


「あれは演技ですよ。襲われていた女性を助けるために引きつけないといけなかったので」

「本当に?」


 そう告げて、彼は確認するように私の下着に手を入れた。


「や、ちょっ……んんっ」


 媚薬はまだ効いている。はぁはぁと荒く呼吸を繰り返す私の耳にフロランは唇を寄せる。


「僕は忠告したはずだよ。これは勉強代だと思うように」

「あ、やぁ、や、だっ」


 身体に触れられると身悶えしてしまう。もっといろいろな場所を触ってほしいなんて口に出せるわけがない。焦っていると、指が動く。


「例の媚薬の効き目が知りたいんだ」

「実験台って……ことですか?」


 愛情表現の延長として抱くのではないと宣言されてしまったようで切ない。でも、触れてもらえるなら、処女をもらってもらえるならそれでいいような気がした。

 私はフロランのことが好きなのだ。

 すると、彼は首をゆるゆると横に振った。


「そう思われてしまっても仕方がないことだけど、それは建前だね」


 指が引き抜かれて、その流れで緩めたままのコルセットを外される。ショーツも脱がされて、私は生まれたままの姿にされた。


「ならば……本音は?」

「君を気持ちよくさせる自信がなくてね。自分本位に君を抱きたくないから、薬の力に頼りたくなった」


 押し倒されて、触れるだけの口づけを交わす。

 私を見下ろす瞳が不安げに揺れている。


「こんな僕だけども、受け入れてくれるかい?」

「愛人にする気があるのでしたら、お好きにどうぞ」


 誘惑の仕方がわからない。恋愛や性愛に興味のない相手をどう誘惑したらいいのだろう。

 私が小首を傾げれば、フロランは困ったように笑った。どうも私は選択をミスしたようだ。


「お嫁さんにしてとは言わないのかい?」

「結婚する気がないのでしょう?」

「君以外と結婚する気がないから、そう答えただけだったのに」


 それはどういう……?

 頭が回らない。私はプロポーズされたのだろうか。


「ああ……婚約をしていない相手に手を出したら、君の矜持を傷つけてしまうかな。ここでやめておこうか」


 押し倒したくせに離れていこうとするフロランのシャツを私は慌てて引っ張った。


「わ、私が承諾したら、婚約者ってことにしてもいいんですよね?」

「婚約は家同士の契約だ。ちゃんとご挨拶をして手続きをしてからじゃないと婚約者にはならないよ」


 首を横に振られた。

 確かにその通り、その通りではあるんですけどっ!


「こ、ここにきて正論で返さないでください! 私、あなたに処女をもらってほしくて、ってか、私自身をもらってほしくて、おそばをうろうろしていたんですよ!」


 もちろんそれだけのために彼に近づいたわけではないが、理由をつけては研究室に入り浸っていたのは彼の気を引きたかったからだ。

 私が全力で叫べば、フロランはにこっと笑って、掛けていた眼鏡をサイドテーブルに置いた。


「そう? なら、遠慮はいらないね」


 博士、色気がすごいんですけど。

 私を見下ろすフロランは今まで見たどんな姿よりも心臓に悪い。こんなに強く男性として意識させられるとは思わなかった。


「は……ハジメテなので、手加減してほしいです……」


 降参である。身を任せる方がよいだろうこともなんとなく察した。


「あんなに色っぽい誘惑を犯人にしていたっていうのに、僕にはその技術を使ってくれないのかい?」


 フロランの視線が胸の先をなぞる。それだけでジンと痺れるのだから堪らない。


「ん……どこから見ていたんです? すぐに助けてくださったら、あんな痴態を晒すことはなかったのに」

「みんなの安全を優先した結果なんだが……すまない。そもそも、僕は君を巻き込まないために遠ざけたつもりだったのだよ」


 待ち望んだ刺激を胸に与えられて、私は身悶える。もどかしく感じながら内腿を擦り合わせた。


「それは……察していましたけど、犯人が近くにいるって、事件が起きてるってわかっていたら、善良な市民は助けに向かうものでは?」

「女性がすることじゃないんだよ」

「あっ……男とか、女とか、関係ないです」

「今回は女性にしか効かない媚薬が使われていたのだから、遠ざけるのは当然の処置だった」


 どこを触られても気持ちがよすぎて声を我慢できない。


「んーっ」

「いや、うん、そうだね。君が気持ちよくなれるように努めるから許して」


 甘い口づけと指先が与えるクラクラする刺激に、私はフロランを責める気になれないのだった。

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