第2話 舞踏会での潜入捜査


*****



 王都のあちこちで貴族主催で行われる華やかな舞踏会は、子爵をいただいている私の実家にも招待状が届く。未婚の女性にとっては将来の旦那さまを見つける場であるし、結婚後であれば政治の場である。最新のドレスやメイクで着飾り、香水で周囲の視線を集めることが女性には求められがちだ。

 容疑者がいないなら市場調査をして帰ればいいよね。何かしらは益があるはず。

 令嬢ではあるが、私はどちらかと言えば科学者で商人だ。損得勘定にはうるさいので、転んでもタダでは起きない主義である。

 久しぶりに袖を通したドレスは少々古めかしい露出が控えめなデザインではあれど、とても似合っていると評判のものだ。

 少なめのフリルは行き遅れらしく年相応だろうし、朱色に近い黄色の生地は私の白い肌を鮮やかに魅せてくれる。胸と尻は大きめに強調し、腰はキュッと締めるあたりは今でも通用する流行りのスタイルだ。


「おや、シュザンヌ君。いよいよ君も結婚する気になったのかい?」


 舞踏会会場を偵察していた私に声を掛けてきたのはフロランだった。研究一筋で女性にも政治にも興味がない彼がこんな場所にいるのは珍しいのだが、よくよく考えると彼は未婚の貴族ではある。侯爵家の次男として生まれ、今は実家を離れて男爵家の人間として慎ましく生活している。

 私は小さく膨れた。


「何うちの母みたいなことを……」

「僕は君よりも君のお母様の方が歳が近いからね、視点は近いんじゃないかな」

「皮肉が皮肉になっていないんですけど!」

「はっはっは。だが、君もそろそろ結婚しないと貰い手がいなくなってしまうよ」

「うちは兄が家を継ぎますし、香水店が繁盛していれば結婚にこだわる必要なんてないんですよ」

「君にだって素敵な伴侶は必要だろうに」

「そもそも嫁の貰い手なんていないですよ。知っているでしょう、私がなんて呼ばれているか」

「しおらしく振る舞っていれば美人なのに、少し触れただけで痴漢撃退薬を噴霧するからだよ」

「婚約もしていない相手に手を出すのはよろしくないかと思います」


 私がますます膨れるとフロランは笑った。


「虫除け令嬢と呼ばれてしまうのは僕のところに通っているからというのもあるのだろうね。別に僕が撃退薬を教えたわけじゃないんだけど」

「面白くないですよ、別に」


 憤慨する私を無視して、フロランはふむと唸った。


「しかし、君がここにいるのはちょうどいい。僕に付き合ってくれないかい?」

「……はい?」

「いや、もう相手がいるなら僕は黙って身を引くよ」

「いえいえ、私が務めます」


 珍しい参加者に冷やかしで声をかけてくる者もいるのだろう。背が高く、癖の強い黒髪を後ろでひとつに束ねた眼鏡の紳士という外見は少々目立つ。

 チラッとご令嬢たちの集団を見やって、フロランは私に微笑んだのだった。



*****



 ダンスホール内を二人で歩く。おそらくフロランも何か情報を掴んで、興味のない舞踏会に参加せざるを得なかったのだろう。

 ダンスを促す曲が響き渡る。フロランと目が合った。


「踊ります?」

「そうだね、一曲くらいは参加しておこうか」

「そもそも踊れるんですか?」

「得意ではないが、鍛えられてはいるよ」


 そう答えながら、彼は私をスマートにエスコートする。

 踊り始めたカップルたちにうまく紛れてステップを踏む。私も久々だというのに、フロランのリードに無理なく合わせられる。私はあまり得意ではないのでたくさんの人が踊っているとぶつかりそうになることも多いのだが、恐いと思うような場面もなく一曲を踊り終えた。


「……得意じゃないですか」

「そうかい? 君が上手だからだと思うけども」

「私の腕じゃ避けきれないですよ」

「もう一曲、踊ってみるかい?」


 次の曲の演奏が始まっている。ほかのカップルが動き始めているので、この流れに乗るしかなさそうだ。


「ええ、喜んで」


 二曲目のゆったりとした旋律に合わせて会場をまわる。ダンスに気を取られて周囲に意識が向かなかったが、フロランのリードに合わせていればほかのことにも目を向けられる。

 あ、この香水は最近流行りの甘いものだわ。向こうの男性のはちょっと流行りから外れるけど、きっとお好きな香りなんでしょうね。

 すれ違うたびに意識が匂いに引っ張られる。香水もおめかしに使う道具のひとつだ。香りを纏うことでより印象深く演出することができる。恋と政治の場に相応しい香りを選べることは、物事をうまく運ぶテクニックと言えよう。


「ん?」


 珍しい匂いだ。思わずゾクっとして震えると、フロランがダンスの振り付けに乗じて抱き締めてくれた。


「大丈夫?」

「ええ、ちょっと慣れない匂いがしたものだから」


 匂いの持ち主が気になって目を動かす。

 あの人だ!

 茶色い髪を撫で付けた優男の姿が目に入った。婦人服の仕立て屋を経営している伯爵令息のコンスタンである。私が探していた人物だ。


「気になるのかい?」

「仕事のことで話が」

「……そう」


 二曲目が終わると、ダンスの輪から抜ける。だが、コンスタンの姿を見失ってしまった。


「シュザンヌ君、顔色が悪いね。先に帰るべきじゃないかな」

「いえ、ご心配に及びませんわ」

「二曲も踊れば、義務は果たしただろうに」

「それはまあそうですけど」


 主催者への挨拶は最初に終えている。帰ってしまっても問題はない。


「馬車の迎えの時間があるので」

「なら、僕が屋敷まで送ろう」

「お仕事はよろしいんですか?」

「僕の用事も終わったからね。どうかな」


 こんなふうに誘ってくるフロランは珍しい。なにか事情があるような感じがして、私は彼の手を取った。


「よろしくお願いします」

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