逆転

私、杉本雪すぎもとゆき。28歳。商社でOA事務をやっています。家族は母一人。父は私が幼いころ亡くなり、母は私を女手一つで育ててきた。私はそんな母を尊敬している。いずれ母のような女性になって、幸せな家庭を築けたらいいなと思う。


私には1年ほど付き合った彼がいる。名前は水元久みずもとひさし。営業マンだったのよね。今は仕事を辞めて就活中。先日も面接を受けてきたと言っていた。


食事を一緒にしていた時だった。

「雪さ、俺と結婚する気ある?」突然彼が聞いた。

「え!まだはっきりと決めたわけではないけれど」

「それならさ、俺の両親に会ってくれない?親の承諾が出たら俺も真剣に考えるから」

「そうなの、それなら会おうかしら」私は何気なくそう答えた。

「後で日時教えるね」その時はそれで話は終わった。


後日連絡が来て2週間後の土曜日に会うことになった。


約束の日、久が車で迎えに来た。久の実家は電車で3駅ほど離れたところにある。

実家に着くと久は玄関のドアを開け、

「ただいま。父さん、母さん、雪を連れてきたよ!」と叫んだ。足音がして、

「よく来たね、さ、上がって」

「初めまして、杉本雪と申します」と私は挨拶して家に上がった。そして座敷に案内された。だが私はそこで違和感を感じた。座卓の前に3人が並び、私は一人反対側に座るように言われたから。


「さて、雪さん、あなたが片親育ちというのは本当かな?」

「はい、私の父は私が幼いころに亡くなりました。それで母が女手一つで私を育ててくれました」

「そうかい、片親か。そうなるとうちよりも格下だな。久との結婚には条件がある。

一つ、私達と同居すること。一つ、フルタイムで働き家に給料を全額入れること、一つ、家事全般を行うこと。一つ、私達に逆らわないこと。一つ、母親と絶縁すること。以上だ」

私はそれを聞いて絶句したが顔には出さず、

「久さん、久さんも同じ考えでしょうか?」

「もちろんさ、何のために片親なんかと付き合ったと思う。格下の家なら言うこと聞かせられると思ったからさ」

「そうですか。お話はよく解りました。この場での返答は出来ません。1週間ほどお時間をいただけますか?」

「ああ、もちろん。いい返事を待ってるよ」

「お話も終わったようですので、今日はこれで失礼いたします。」私はそう言うと立ち上がりお辞儀をして家を後にした。


家への帰り道、電車の中で通知音が鳴った。確認すると母からのメッセージ『駅に迎えをやるからオフィスまで来て』私は『解ったわ』と返信した。


電車を降りて通りを歩き出すと、スーッと一台の車が止まった。ドアが開き

「お嬢様、社長が執務室でお待ちです」と声を掛けられた。私は車へと乗りこんだ。

車は通りを抜けあるビルの地下駐車場へと入った。そして専用エレベーターに乗り母の執務室に向かった。執務室に着くと、秘書がノックした。

「誰?」

「お嬢様をお連れ致しました」

「二人とも入って」私は秘書が開けたドアから部屋の中に入った。

「雪、お疲れさま。録音は取れたの?」

「ええ」私はそう言うとバックからボイスレコーダーを取り出して水元家での話を再生した。だんだんと二人の顔が険しくなっていく。再生が終了すると、

「で、雪はどうするの?」

「もちろんお断りするわ。お母さんと絶縁しろなんてよく言うわね」

「そうね、雪がそう決めたなら、こちらも反撃に出ましょう。私の方の用意が済んだらここから電話してお断りしましょう。雪、それまでは実家に帰ってらっしゃい。相手が何をするかわからない。かつら!」

「はい!」

紫苑しおんを呼んで、娘のボディガードに就けて」

「承りました」

「雪、紫苑と一緒に今住んでる家に帰って貴重品を持ち実家に戻りなさい。これからは一人で行動しないように」

「解ったわ」暫くすると紫苑がやってきた。私は彼女と執務室を出た。


1週間後金曜日、私は仕事の後母の執務室を訪れた。そこには母と、弁護士、秘書が待っていた。母が水元に電話を掛けた。

『もしもし、どなたですか?』

「わたくし、(株)雪乃代表取締役、杉本綾乃すぎもとあやのと申します。水元久さんは御在宅でしょうか?」

『私が水元久ですが』

「ご両親にもお話があるので、スピーカーにしていただけませんか?」

『はい』

「先日の面接の件ですが、不採用です」

『待って下さい。あなたが社長だという証拠はあるんですか!』

「証拠ならそろそろ届くはずですよ」

電話越しにチャイムの音が聞こえてきた。母親が何やら持ってきたようだ。

「一つは、㈱雪乃から水元久の不採用通知。もう一つは私たち親子に対する暴言への慰謝料請求の内容証明郵便、高村弁護士事務所から来ていますよね。雪乃では途中入社の社員は素性すじょうを調査することになっています。あなたは前の会社の取引先とトラブルを起こして引責退社したんですね。そして娘が付き合っているのがあなただったということも知りました」

『雪が社長の娘?そんな馬鹿な!』

「雪は社会勉強のため家を出ていただけです。片親だとずいぶんさげずんでいましたね。雪の経歴に傷が付きましたから、その慰謝料を請求したわけです」

『慰謝料だと、そんなもん払うか!』

「雪があなた方の家に行った時の録音があります。素行調査の書類もね。結婚の話はお断りします。社長令嬢と無職の男じゃ格が違いすぎるわ」私は電話を替わり、

「私は身分を隠していたのはしんに私の事を愛してくれる人を探していたから。でも久さんはそうではなかった。結婚の話はお断りします。もう連絡してこないで!」

『そんな、不採用の上に慰謝料まで払うって、これからどうやって暮らせばいいのか』母が電話を替わると

「そうでしたね、久さんもご両親も無職で収入がないんでしたね。だから雪を取り込んで養ってもらおうとしたんでしょ。これ以上何かすれば法的手段に出ます。手加減はしませんからそのおつもりで」その時電話を奪うような音がした。

『失礼したことは謝ります。警察だけはご勘弁を、そして久を久を・・・・・』久の父親の声がしていたが、母は構わず電話を切った。


「本当に救いようのない一家ね。雪、二度とあんな男に引っかかるんじゃないよ」

「もう、りよ。これからは付き合う前に身辺調査しないと」

「それがいいわ。桂、これからもあの一家を見張るように。高村弁護士、慰謝料の件などはお任せしますね」

「承知いたしました」二人はそう答えた。




私はこれを機に仕事を辞め実家に戻った。そして母の会社に幹部候補として入社し、1からやり直すことにした。

いずれはこの会社を継げるような人間になる。私に新たな目標が出来た。




後日、慰謝料支払いの後、水元の家が売りに出され、一家の行方は分からなくなったと秘書の桂に聞いた。





















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