ペンダント

「夏木さん、中々手際がいいですね! 上手に出来てるじゃないですか」


「あ、そうかな……」


 チキンサンドの作り方を教わって何度目かのやり直しの後、神谷さんから頂いたお褒めの言葉に顔がほころぶ。

まるで子供の頃に先生や両親に褒められた頃のようなくすぐったい喜びだ。


 そう、子供の頃から親や先生に言われたことを忠実に守って実行するのが得意だった。

言われたことを守っていれば大丈夫。

行事も勉強も、クラスでの様々な担当の仕事もそれでいつだって褒められてきた。


 ここでもきっと上手くいく。

まして神谷さんは、不器用で要領の悪い私にも根気よく丁寧にサンドイッチの作り方や、お店の仕事を教えてくれる。


 お客さんも少ないこともあり、余裕があることも幸いし毎日楽しく亀の歩みではあるけど仕事を身につけられる。


「人生って楽しいんだ……」


「え?」


「あ! ご免なさい。つい独り言言っちゃった」

 

 神谷さんは微笑みながら言った。


「もちろんいいんです。人って楽しむために生きてるんでしょ? 修行するために生きてるわけじゃ無い。そして仕事は生きるため。人生を楽しむためにやるもの。働くために生きてるわけじゃ無い当たり前だけどつい忘れちゃうんですよね……」


「そう考えていいのかな。私もそんな事ずっと忘れてた」


「夏木さんは誠実な人だから。自分より他人。周囲が満足してれば自分も幸せ。その考えは確かに素晴らしいです。でも、それにどこか少しでも違和感を感じてたら、一回心に深呼吸をして見つめ直した方が良いです」


「うん」


「良かった。ぜひそうしてください。姉もそう考えれてたら違ったんだけど……」


 神谷さんはそうつぶやくと力なく微笑んだ。

この人の中では今でもお姉さんが生き続けてるんだな。


 そう思ったとき、神谷さんが首から下げているペンダントに目がとまった。

金のコインペンダントだ。

シンプルだけど目を引く。

私は神谷さんの気分を変えたくて、話題を変えることにした。


「そのペンダント、お洒落だね。凄く……好きかも」


「あ、これ。いいですよね。姉がつけていた物なんです。友達から誕生日プレゼントにもらったらしくて、凄く大事にしてました。これをつけてると姉がそばにいるようで元気になるんです」


 私は何も言えず曖昧に頷いた。

口が滑ったという後悔と、神谷さんにとってのお姉さんの大きさを改めて感じたから。


 そういえば私に肩入れしてくれるのも、お姉さんが重なったからだ、と言ってたっけ……


 お姉さんってどんな人だった? 綺麗な人だった?


 その言葉が不意に浮かんだが、そのまま飲み込んだ。

何故か聞きたくなかった。


 飲み込んだその言葉は苦い薬のように、身体に異物感を感じさせて思わずため息を漏らした。


「さて! もうちょっと作ってみてもいい? 神谷さんより美味しいサンドイッチ作れるようになっちゃうから」


「え! マジですか。そうなったら僕も仕事サボれるかな? 夏木さんに押しつけて」


「ダメダメ!」


 おたまを振り上げるフリをしながら笑った時、携帯が鳴るのが分かった。


 クリニックからかな……

ドキドキしながら携帯を見た私は、身体がカッと熱くなった。


 悟からだ……


(調子はどう? あれから僕も色々考えてみた。今夜にでも会って話がしたい。心配だ)


 そのシンプルな文面は私の心を溶かすには充分すぎるほどだった。


 ああ……涙が出そう。


 ずっと連絡が無かったので怖かった。

もう愛想を尽かされたのでは無いか、と。

でも違った。

ちゃんと私を考えてくれていた。


 私は神谷さんにちょっと席を外すことを伝え、店の裏に出ると慌てて返事を打った。


 彼は最初お店まで来ると言ったけど、仕事終わりにそれは流石に申し訳ないので、彼の職場の近くまで行くことにした。

彼もお仕事が忙しい。無駄に疲れさせたくない。


「何かいい連絡でした? いい顔してますよ」


「うん……彼から会いたいって。だから今夜ちょっとA町に行ってくるから」


「ぜひぜひ。また結果教えてください」


「うん、そうする」


 沢山話を聞いて欲しい。

ラインでは充分伝えきれないし、そこで私も誤解してしまったし怖がっちゃった。でも、彼は優しい人なんだ。

ずっと話したかった。


 神谷さんに出会ったからかろうじて岸に繋がったけど、そうでなければとっくに沖に流されてしまっていた。


 でも……本当に心が帰る場所は……

悟でありたい。


 なんで今日はこんなに神谷さんと悟を比べてしまってるんだろう。

自分の妙に落ち着かない心に戸惑いながら、仕事に戻った。


 ああ、今夜が楽しみだ。

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