第15話 人類史上ふたり目

 俺の目の前に、本来は直接関わることのないと思っていた人物がいる。


 魔法使いナルシッサ。


 彼女は魔法のスペシャリストだ。


 王国でもほかに類を見ないと言われるほど卓越した能力と才能を持ち、平民でありながら一代で子爵の位を賜った傑物。


 同時に、物語のヒロインのひとり——魔法に高い適性を持った少女の師匠をするはずだった——が、なぜ俺の前にいる?


 様々な考えが脳裏を駆け巡る中、俺を見つめるナルシッサが首を傾げた。


「あのー……どうかしましたか、ヴィルヘイム様?」


「ッ! いや……何もない。ヴィルヘイム・フォン・コーネリウスだ。よろしく頼む」


「はい。よろしくお願いしますね、ヴィルヘイム様。公爵様からお話は伺っています。なんでも相当な魔力の使い手だとか」


 両手を合わせて気さくな笑みを浮かべるナルシッサ。


 その表情を見ると心優しい女性に見えるが、——俺は騙されない。


 彼女は魔法馬鹿だ。魔法に関して一切の妥協を許さない。


 妥協を許さないというのは、自分の引いたラインより低い結果しか出せない凡人に厳しいということだ。


 ヒロインや一部の天才たちには優しい彼女も、凡人やそれに連なる程度の相手には厳しい一面を見せる。


 原作の一文には、彼女のせいで魔法の道を諦めた子供もいた——と書いてあった。


 恐らく毒舌なんだろう。ちらりと帽子の下から覗く紫色の瞳が、細く、鋭く俺を捉えて観察する。


 表情とは違って目つきはすでに厳しいな。




「私、とっても楽しみにしてました。公爵様がそこまでベタ褒めする天才……その才能が、どれほどのものかと。願わくば私の知識、実力がヴィルヘイム様のおかげで伸びることを祈っています。共に、魔法の深淵を覗きましょうね?」


「……あいにくと、魔法の深淵とやらには興味がない」


「へ?」


「俺はただ強くなりたいだけだ。結果を見れればいいわけじゃない。確実な成果が欲しい。深淵よりも力だ。それだけは履き違えるなよ」


 じろり。


 俺はそこまで苛烈な言葉を望んでいなかったが、自動で人様の内心をヴィルヘイムが代弁した。


 それを聞いたナルシッサは、しばし呆然としたのち、——くすりと笑う。


「ふふ……ふふふ! いいですね、面白いです。ここまでハッキリと私に意見を言えた子は初めて。実に……期待できますわ」


 彼女の瞳にさらなる興味と期待が乗っかる。


 それを裏切ったときが怖いが、まあこちらにはパンドラがいる。万が一にも彼女の期待を下回ることはないだろう。


「では早速、ヴィルヘイム様の魔力を私に見せてくださいますか? 噂によると、すでにヴィルヘイム様は一定の魔力を操作、並びに制御できるらしいですからね」


「解った。ここで放出すればいいのか?」


「ええ。なにか問題が?」


「……いや、なにも」


 パンドラの魔力は強大だ。その密度は、常人なら明確な死のイメージを連想し意識を奪われるほど。


 ここには何人もの使用人と父がいる。正直、あまりオススメはできないが……ある意味でちょうどいい機会でもあった。


 全ての人間に教える。俺の秘められた本当の力を。それをもって、理解させるのだ。俺は誰よりも特別であると。


 そうすれば色々と融通が利く。今後、おかしな詮索もされずに済むだろう。元からその心配はかぎりなく低いが。




 とにかく。


 俺はナルシッサに言われたとおりに魔力を放出してみせた。


 足元から漆黒の魔力が漏れ出る。


 直後、


「かはっ!?」


 周囲の人間たちが、ほとんど同時に膝を突く。


 全身から夥しいほどの冷や汗を滲ませ、恐怖と不安に表情を歪ませた。


 それはナルシッサも例外じゃない。


 目の前に立っていた彼女もまた、膝を突くことはなかったが、大粒の汗を浮かべて後ろに下がる。


 一歩、また一歩と下がってから呟いた。


「な……なんて濃密な魔力。ありえない。十歳の子供が持つような魔力じゃ……」


 彼女は震えていた。パンドラの魔力の前には子供だろうと大人だろうと関係ない。


 等しく弱者になりさがる。


 そろそろいいだろう。周りの反応を確かめてから俺は魔力の放出を止めた。




 サアアアアァァァ。


 周囲に静寂と安堵が満ちる。


 まるで首を締めつけられていたかのように、使用人たちの表情が元に戻った。


 明らかにホッとしている。


「い、いまのが……ヴィルヘイム様の魔力なんですか?」


「ああ。どうだ? ナルシッサ。お前の理想には手が届いたか?」


 じっとナルシッサの顔を見つめる。


 彼女は汗を浮かべたまましばし考えて、——最終的にはにこりと口端を吊り上げた。


「ええ……とても素晴らしい才能ですわ、ヴィルヘイム様。ここまでのものは私も見たことがない。人類史上初の——いえ、人類史上二人目の偉大な魔法使いが生まれました!」


「二人目? 最初のひとりは誰だ」


「魔王パンドラ」


 やっぱりか……そうだと思っていた。


 であれば、厳密には彼女は間違っている。


 この魔力はパンドラのものだ。俺の魔力と組み合わさってはいるが、少なくとも彼女に畏怖を覚えさせるほどの魔力の持ち主は……パンドラのみ。


 人類で最強なのは、昔もいまも彼女だけだ。




———————————

あとがき。


本日早朝、新作、

『悪役貴族の末っ子に転生した俺が謎のチュートリアルとともに最強を目指す(割愛)』

を投稿しました!


このあと20時頃に2話目を更新します!

よかったら見て応援してください!


※本作の投稿時間は今後18時頃になります

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る