第13話 騎士団長はもの申す!

 騎士団長モールスは思う。


 自分が守る領地を治めるコーネリウス公爵の嫡男、ヴィルヘイム・フォン・コーネリウスは——掛け値なしの天才だと。


 その才能を最初は疑っていた。


 父親のコーネリウス公爵は息子に甘い。それは誰でも知ってる事実だ。


 さらにヴィルヘイムには悪い噂があった。


 性格が悪いとか、使用人に当り散らしているとか、そういう嫌な噂が。


 しかし、実際に会ったヴィルヘイムは、モールスの予想とは違った人物だった。


 たしかに態度は悪いが、それは自信の表れでもある。


 少なくとも理不尽な理由で責め立ててくるようなことはしない。


 むしろ、貪欲に技術と力を求めていた。


 どうせ厳しい訓練を課せばすぐに道楽だと割り切って訓練を止めるだろう。


 ——そう思っていた自分が恥ずかしくなるほど、ヴィルヘイムは真面目に取り組んだ。


 本来、10歳ばかりの子供が振るには重すぎる木剣を渡したのに。


 本来、10歳ばかりの子供ではこなせないメニューを用意したのに。


 それらをヴィルヘイムは、文句を言いながらも完遂した。


 一度として諦めることなく、彼はモールスの予想を超えてきたのだ。


 ——心が奮えた。


 こんな感情、いつぶりだとモールスは思った。


 間違いなくヴィルヘイムは天才だ。この子に技術のすべてを叩き込んだその時、一体どんな風に成長するのかと期待した。


 だから、モールスはさらに驚くことになる。




 それはある日のこと。


 いつものように訓練をしていたヴィルヘイムに、実力を測ると言って打ち合いを提案した。


 ヴィルヘイムはモールスの提案に乗り、二人は剣を交える。




 さすがは天才だと思った。


 これまでの技術を一適残らず吸収し、光の速さで活かす。


 モールスは感動した。思わず泣きそうになったが我慢した。


 しかし、ヴィルヘイムの才能はそれだけじゃなかった。




 もう一度、今度はどんな手を使ってでも勝利をもぎ取ってみせろと言うと、ヴィルヘイムはまだ教わってすらいないはずのを使ったのだ。


 これにはモールスも叫ぶほど驚いた。目玉がこぼれ落ちるのではないかと思えるくらいの衝撃を受けた。


 しかもヴィルヘイムの魔力は、モールスに畏怖の感情を与えるほど濃く、その放出量もとても10歳の子供とは思えぬものだった。


 ——まさか自分の木剣をへし折られるとは。


 魔力でガードしたはずなのに、問答無用でヴィルヘイムはそれを砕いた。


 意味するのは、魔力においてヴィルヘイムがすでにモールスを凌駕しているということ。


 たしかにモールスは魔力に関してはそんなに扱いが上手くない。総量も剣士だから大したことはない。


 だが、それでも子供に負けるはずはなかった。


 大人と子供では、引き出せる魔力量に差が生まれる。何よりヴィルヘイムは、——魔力の操作を習っていない。


 にも関わらず、モールスは負けた。それは、限りなくヴィルヘイムが魔法に関しても才能があるという証拠。


 魔法ではなく、ただの強化ですらあの威力だ。


 魔法を覚えたヴィルヘイムが将来どのように成長するのか。剣士であるはずの彼の心には、張り裂けそうなほどの高揚感が生まれていた。


 いてもたってもいられない。


 すぐにでも、モールスはコーネリウス公爵へ話をしに向かった。




 ▼△▼




 コンコン。


「誰だ」


「モールスです、コーネリウス公爵様」


「モールス? どうした、入れ」


「失礼します」


 許可をもらってモールスが部屋に入った。


「急にすみません。公爵様に折り入ってお話が」


「なんだ」


「ご子息、ヴィルヘイム様に関してです」


「ヴィルヘイムに?」


 こくりとモールスは頷く。


 真剣な表情を作って、モールスは告げた。


「差し出がましいとは承知の上ですが、ぜひ! ヴィルヘイム様に、早急に魔法の師をつけるべきかと具申します!」


「魔法の師……先ほどのやつか」


「はい!」


 コーネリウス公爵が言った「先ほどのやつ」とは、ヴィルヘイムとの打ち合いの件だ。


 それが解っているモールスは、大きな声で答えた。


「ヴィルヘイム様も剣士において最高位の剣聖になれるほどの才能があります。しかし、こと魔法においても、賢者になれるほどの才能があるかと」


「ふむ……たしかに先ほどのは驚いたな。モールスは手加減などしていないのだろう?」


「していません。咄嗟とはいえ、全力で魔力を込めました」


「それを正面から打ち崩す……か。たしかにヴィルヘイムは天才だ。恐ろしいほどの才能だと言える」


「はい。ですから早いうちに師を。きっとヴィルヘイム様はこの国最強の存在になられるかと」


「……そうだな。ヴィルヘイムは当てがあると言ってたが、こちらでも用意するとしよう。進言感謝するぞモールス」


「いえ。私としてもヴィルヘイム様の将来は楽しみなので」


 モールスの表情に笑みが浮かぶ。


 これでヴィルヘイムはさらなる躍進を遂げるだろう。


 その先に、願わくば自分が共にできることを夢に見る。











「——くしゅ!」


「あら、風邪ですか、ヴィルヘイム様。パンドラと肌を重ねて温まりましょう?」


「遠慮する。ただのくしゃみだ。それ以上でもそれ以下でもない」


「ふふふ。もしかすると、誰かが噂してるのかもしれませんね?」


「そんなわけないだろ。いいから魔力制御に集中させろ」


「畏まりました」

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