第29話

 とくになにも問題も起きずに、無事に神都に到着した。到着するやいなやイヴは目を覚まして馬車を降りた。


「随分と寝起きがいいですね」

「すぐに着くことはわかっていたからね。あと魔力が濃いからもう着いたんだってわかりやすい」

「ああ、空気中の魔力量のことですか」


 神都周辺は空気中に漂う魔力の量が他の土地より多い傾向にある。だからイヴはその魔力の量が増えたことで神都に着いたと判断できたのだろう。


「でも師匠はどうやって空気中の魔力濃度を測ってるんですか? 本来なら魔力量を測る機械を使わないとわかんないと思うんですけど」


 魔力というのは一般的に目に見えないもの。それの量を測るには計測器を使う必要がある。しかしイヴがそういったものを使っている素振りはなかったので、疑問に思って問いかけた。


「まぁ、私くらいになると肌で感じるものだよ」

「経験と勘的なもの、ですか」

「そうそう。これくらいなら一部の魔法使いもできるんじゃないかな」

「へぇ。Aクラス以上はないと無理そうですね」

「そのAクラスの中でも一部だろうねぇ」


 御者に賃金を払い、談笑しながら神都内を歩く。

 高い壁がそびえ立つ神都の街は思いのほか閉鎖感はなく、街の人たちは思い思いに暮らしているようだ。

 いくつもの店や住宅が建ち並び、どれも淡いクリーム色の壁をしているので、同じような色をしていることで統一感を感じさせて建物が多く建っていてもごちゃごちゃせずにすっきりとした街並みだと思う。

 ところどころにある住宅より大きな建物はおそらく教会だろう。出入り口の扉は開かれており、中には祈りを捧げている人が何人かいた。


「異国の人でも異教徒でも立ち入りは自由なんだよ」

「なんだか意外ですね。宗教というともっと厳しい誓約とかありそうなのに」

「自由を重んじる宗教だからね。七人の神様はそれぞれ異なった性格をしている。だからどんな人とも仲良くしましょう、だったか。ちょっとめんどくさくて覚えていないや」

「なるほど、だから宗教勧誘とかないんですね」

「そうそう」


 イヴが馬車の中で言っていたことを思い出して頷いた。

 信じるも信じないも、信仰するもしないも各々の自由。そういうスタンスの宗教で、そういう性格の信者たちが多いのだろう。


「今日は宿をとって、そこで休もう。次の行先は明日にでも決めようじゃないか」

「わかりました……ちなみにここって宿屋あるんですか?」

「あるよ」


 神都は観光地とは違う。あまり観光客を呼び込むタイプの街ではないので宿屋があるか心配だったが、大通りをしばらく歩いているといくつか宿屋を見つけた。

 観光客が多くないとはいえ、いちおうそういった人や旅人向けの施設は存在するようだ。


「お食事はお部屋でとられますか?」


 と受付で聞かれたときは食事付きの宿屋なのかと驚いたが、一泊の宿泊代を確認すると、そこそこ高い宿だと気がついて納得した。


 神都では他の町のようなリーズナブルな宿屋はないらしい。

 アンドレアとイヴの二人分の部屋をとり、夕食を自身の部屋で済ますと寝る準備をして、布団に潜った。

 白い高級感のあるベッドに敷かれた布団はふわふわで、たまにはこういう高級なところも良いなと思いながら眠りに落ちた。



 ふわふわベッドは快適で、朝を告げる鳥の鳴き声を聞いても瞼を上げる気にならなかった。

 もう少しだけ、そう思って布団を頭まで被ると部屋の扉を叩く音が聞こえた。


「アン、朝だよ。起き給え」

「うそだろ、師匠が俺より先に起きてる⁉︎」


 ねむねむと回らなかった頭だったが、朝に弱いはずのイヴが自分より先に起きたという事実に驚いてアンドレアは飛び起きた。

 素早く身支度を済ませ、部屋を出るとそこには見間違いでもなんでもない、イヴがたしかにそこにいた。


「し、師匠が俺より先に……起きている……⁉︎」

「そんなに驚くことなのかな」


 アンドレアが衝撃を受けていると、イヴはムスッと拗ねて頬を膨らませた。


「いや、すみません。いつもは朝起こす側だったので、ちょっと驚いて」

「ちょっとどころかかなりの間違いだろ」


 ジトっと見つめられて、アンドレアはそっと顔を逸らした。


「そうだ、朝は一階のレストランでビュッフェがあるらしい。そこで朝食をとろう」

「わかりました」


 夜は部屋で、朝はビュッフェ。なかなかの贅沢なのでは、とアンドレアは思った。

 一階に降り、ビュッフェで腹を満たすとチェックアウトして宿屋を出る。

 人々も活動時間に入っているからか、随分と人通りが激しい。


「昨日より人が多いですね」

「朝の祈りの時間だからさ」

「ああ、なるほど」


 神都に住む信者は一日に二回祈りを捧げる。この時間帯は朝のお祈りの時間らしい。

 たしかにイヴの言う通り、昨日見た教会にたくさんの人が向かっているのが見えた。


「ちょうど寄ったんだし、なにか買っていくか」

「神都にしかないものとか売ってるんですか?」

「べつにこれといった名産があるわけではないよ。元々神が住んでいたという伝説以外は正直なところ目立ったものがある街ではないからね」


 神都の魅力は神々が住んでいたという伝説のみ。珍しい鉱石がとれるわけでもなく、これといった生産品があるわけでもないらしい。


「ああ、でも神都で作られた布は人気だったかな」


 イヴは思い出したようにつぶやいた。


「布、ですか」

「手触りさらさら。繊維一つ一つの色が綺麗で、水捌けも良くて貴族には人気だとか」

「知らなかったです」

「まぁ、かなり値が張るからね。一般的には流通してないはずだ」


 試しに値段を聞いてみると、下手な宝石より高くてアンドレアは度肝を抜かされた。

 貴族の中でもごく一部の人間がわざわざ神都から取り寄せてドレスを作るそうだが、取り寄せると運送代が含まれることによってただでさえ高級な布の値段がもっと上がる。本当にかなりの金持ちしか買えない品物だろう。


「神都はそもそもの物価が高いからね」

「王都より高いですよね」

「たぶんこの国で一番高いよ」


 恐ろしい話だ。さっきすれ違った人はきっとアンドレアよりお金を持っているのだろう。

 物価が高い街に住んでいるということは自然とそういうことになってしまう。神都は信者が多いとともに、金持ちが多い街なのだ。


「おや、あなたたちは……」

「ん?」


 今見えている大通りに面した建物の家賃などを考えて気が遠くなりそうになりながら歩いていると、背後から声をかけられてアンドレアたちは足を止めた。


「ああ、やっぱり! 久しぶりです!」

「きみは……シヴィくんか」

「覚えていてくださるとは光栄であります!」


 後ろを向くと、そこには警察官の制服を着た若い男性が笑顔で立っていた。

 彼はカイリたちの住む町で相次いで行方不明者が出たときに捜索のために派遣された警官の一人、シヴィだ。


「なんでシヴィくんがここに?」

「僕は元々神都の警察署に配属される予定だったんです。けど事件が起きたからって応援であの町に」

「なるほど」


 シヴィはおそらくアンドレアよりも若い。警察としての教えを受け、神都に正式に配属される前に捜査隊の中に組み込まれただけだったようだ。


「よかったら神都を案内しましょうか?」

「それはいいね。けどきみは仕事を放っておいていいのかい?」

「いやぁ……神都は治安がいいのであまり仕事がないんですよ」


 シヴィの提案に一度は頷いたイヴだったが、シヴィの仕事の邪魔にならないか気になったようで尋ねると、シヴィは首を横に振った。


「神都には霊感商法で稼ごうとしている悪い輩がいるのでは?」

「いやそれが……そういった輩がいるのは事実ですが、新人は見回りでもしとけと言われてしまい……」

「捜査のメンバーに入れてもらえなかったのか」

「そういうことになりますね……」


 シヴィは眉を下げて苦笑した。

 配属されたばかりの新人を捜査メンバーに入れるのはリスクがあると判断したのかわからないが、ともかく今のシヴィの主な仕事は見回りだけで暇と言っていいのかわからないが暇を持て余しているらしい。


「事件が起きないのは平和なことの証でもあるんですけどね」

「警察は事件がないと暇になるからね」

「そうなんです……」


 見回りを兼ねてと言って、シヴィは神都内を案内してくれた。

 神都はどこまでいっても同じような建物が多い。土地勘のない者や辺りが見渡しづらい夜は迷子になりやすいので気をつけるようにと忠告された。


「神都に住む方は規則正しい生活をする方がほとんどです。だから夜に外を出歩くことは少なく、街灯が少ないんです」

「暗いときに外に出ないなら明かりがなくてもとくに問題ないですもんね」

「そうです。我々は夜でも見回りをするのでもう少し街灯を増やして欲しいのですが……物価が高いので」

「ああ……」


 シヴィの言葉に納得して相槌を打った。

 物価が高い分削れるところは削っておきたいのだろう。

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