第12話

 アンドレアが美術館に再度向かうと、先程入ったときよりも受付の警備が増えており、受付を担当している係員と先程の警部が話をしているところだった。


「それで閉館時間についてですが……」

「あのぉ……ちょっといいですか?」


 真面目な話をしているのを遮ってしまうのは申し訳ないが、アンドレアとしてもいたく真剣なイヴの力になってあげたい。なので怒られるのを覚悟して警部に声をかけた。


「ん? 悪いが今は立て込んで……ああ、お前はさっきの」

「先程はうちの師匠がすみません。ところでお願いがあるのですが」


 おそらく今のアンドレアの顔を鏡で見るとへらへらとした白々しい表情をしているに違いない。だがここまできてあとに引くわけにはいかないのだ。


「お願いって……見学したいってやつか」

「まぁ……率直に言うとそうなりますね。すみません、けどやっぱり諦められなくて。絶対に警備や捜査のお邪魔は致しません。そこいらに漂う空気かなにかだと思って壁際にでも置いておいてくださればいいんです。なんなら椅子に縛り付けてもらってもかまいませんので」

「いや、むしろなんでそこまでしてまでやつの姿を見たいんだ……」


 警部はお願いの内容を察して呆れ顔をしたが、アンドレアの言葉を聞いて引き気味に眉を顰めた。

 イヴの目的は泥棒の捕縛、ではなくその手腕を見てみたいというもの。なら縛り付けられていようが泥棒の姿が見れさえすれば満足してくれるだろう。

 もしその泥棒が魔術師だったとしたらまた話は別になってしまうかもしれないが。


「正直に言うと俺は泥棒も絵画もどうでもいいんですよね。けど師匠が見たいってんなら弟子としては、ほら……手伝ってやりたいなーみたいな」


 アンドレアは頭をかきながら素直な気持ちを口にした。

 正直どうでもいい。それがアンドレアの素直な感想だ。

 それはもちろん窃盗というものが犯罪で、悪いことなので止められるものなら止めるべきだとは思うが、まだ魔術師の弟子でしかないアンドレアにはそんな大層なことはできない。せいぜい今まで生きてきた中で身につけた達者な口で警部にイヴの入場を認めてもらい、イヴの役に立つこと。それが目的だ。


「ううむ、さっきから気になっていたんだが、なぜお前さんはあのお嬢さんを師匠と呼んでいるんだ?」

「それは彼女が俺の師匠だからですね」


 それ以外に言う他ない。


「世の中……難しいものだな。とくに女の気持ちはよくわからん」

「ご結婚なされているんですか?」

「ああ、娘も二人いるが……気難しい年頃でどう接したら良いものやら。アンタもあのお嬢さんに振り回されて大変そうだなぁ、ちょっと同情するよ」

「いや、大丈夫ですよ。師匠の相手をするのは魔法使いの相手をしていたときより断然楽ですから」

「魔法使いの相手?」

「あっ」


 お願いを聞いてもらうには信頼を得る必要がある。そのために心を少しでも開いてもらおうと雑談を始めたのだが、要らぬことまで言ってしまったと気がついてアンドレアは口を閉じた。


「魔法使いの知り合いでもいるのか?」

「いや……実は昔少しだけ魔法省で働いていた時期が……あって」


 たまたま街で魔法使いを見かけて話したことがある。そう嘘をつくのは簡単だ。しかし嘘はいつかバレるものだし、バレたときに損をするのはアンドレアだ。

 魔法省でのことは正直なところ言いたくはなかったが、自身で掘った墓穴なので素直に話すことにした。


「魔法省で魔法使いと直接やりとりすることが多い課は……支援課あたりか」

「勘がいいですね警部さん……」

「すまん、あまり触れてほしくない話題だったか?」

「まぁ、クビになったもんですから」


 アンドレアは苦笑しつつ頭をかいた。

 さすがは警部なだけあって、すぐにアンドレアの所属していた課までバレてしまった。


「魔法省をクビになるなんてなにをした……と、あまり踏み込んだことを聞くべきではないな」


 警部はふっと視線をずらして話を切り上げた。プライベートを尊重してくれたようで助かった。


「で、元魔法省のアンタとその師匠とやらはなぜそこまでしてあの泥棒をみたいんだ?」

「なぜか師匠がすごく今回の話に興味津々なんです。普段から知的好奇心が高い人なんですけど、今回は異常に食いついているというか」

「むぅ、あのお嬢さんやアンタが悪い者ではないと俺の中の警察官としての血が告げているが、だからといって現場に他所様を入れるわけにはなぁ」


 警部はぽりぽりと頭をかいてため息を落とした。

 アンドレアたちの身分を調べたわけでもないのに、自身の警察官としての勘をを信じるとは随分と自信がある人のようだ。

 睨まれたときの凄みは利いているが、体格や目付きが鋭いだけで根は優しい人なのだとアンドレアも直感的に感じた。おそらくこの人はお人好しだ。

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