第10話
「なるほど、つまり犯人は魔法を使って盗みを働いていると」
「そういう噂だな。実際に見たことはないから本当のことは知らないが」
「犯人が魔法を使っているなら警察だけではなく魔法省の署員も動いているはずですけど」
「ああ、警察と魔法省は連携して今回の泥棒を捕まえようと躍起になっているらしい……って、これくらいでいいか?」
「はい、ありがとうございました」
「うむ、感謝する」
イヴたちに泥棒の話をすると男性たちはそそくさとその場を立ち去った。変な観光客に絡まれたとでも思ったのだろう。迷惑をかけてしまって申し訳ないが、イヴの好奇心を止めることはできなかった。
「彼らが言うには今夜、今私たちの目の前にあるこの美術館二階に飾られた絵画を盗むそうだね」
「らしいですね。なんでもこの美術館のメインを飾る大きな絵画だとか」
「窃盗に特化した魔法なんてあったかな? もしかしたら魔術を使っているのかも? ああ、本当に興味深いね」
「随分と楽しそうですね……」
イヴはわくわくが止まらないといった顔で頷くと美術館に向かって足を進めた。
「そのすばらしい手腕を持つ泥棒が狙う絵画を見てみようじゃないか」
「はーい」
美術館に入ると、受付で持ち物検査をされた。
魔力量を計測する機械でアンドレアとイヴの魔力保持量を計測され、魔法使いではないことを確認されてから荷物を返してもらって、やっと美術品が並ぶ展示室まで来ることができた。
「随分と厳重な警備ですね」
「まぁ、巷を騒がせる泥棒がここの絵画をターゲットにしたんだ。それは警備のレベルも上がるだろう」
今アンドレアたちがいるのは調度品が並ぶ部屋なのだが、たった一部屋にパッと見て十人もの警備員が壁際で目を光らせていた。
貴重で価値の高い物が飾られている美術館なので普段から警備は厳重なのだろうが、ここまで警備が厳しいのはイヴの言う通り泥棒がこの美術館に盗みに入ると宣言したからだろう。
ちなみに手荷物検査でアンドレアのカバンが没収されることはなかった。魔術の文様が描かれている以外は他のカバンと大差無いから不審物だとは思われなかったのだろう。
魔術師なら文様を見た時点でなにか仕込んでいるのかと警戒してくるかもしれないが、ここはやはりイヴがかつて言った通り魔術というものがマイナーなおかげでとくに疑われることはなかった。実際アンドレアたちは盗みなどの悪事を働くつもりはないので問題はない。
「警部ー! これが今までの……」
「うぅん」
調度品のコーナーを抜けて、絵画が多く飾られている二階への階段を登っていると二階の一室からなにやら話し声が聞こえた。どうやら警察が作戦会議をしているようだ。
「ふんふん、泥棒くんが盗みにやってくるのは十九時頃。狙いは二階メインホール中心の柱に飾られている絵画。泥棒くんの宣戦布告を受けてから警備を五倍に増やして今日は一人一人の荷物を検査、魔力値測定するほど気合が入っているね。そして盗みに来るであろう十九時より一時間早い十八時には二階を含む美術館自体が臨時休館する、と」
「ちょ、盗み聞きは良くないですよ」
「聞こえる声で話しているのがいけないんだよ」
イヴは警察が話し込む内容を扉の前で聞いて、メインホールに向かった。
警察の話を盗み聞きしたことは悪いことだとは思うが、この情報を知ったところでなんになる、とも思いながらアンドレアは気まぐれに動くイヴのあとを追った。
「これが泥棒くんのお目当ての品か。思っていたより大きいな」
「おお……」
アンドレアたちの前に経つ立派な柱には横一メートルはある絵画が飾られていた。盗むにはこの絵画は大きくて向いていないだろう、というのがアンドレアの率直な感想だ。
「淡いタッチの風景画か。ガネの作品のようだ」
「ガネといえば風景画を描く有名な画家ですよね。二年前にオークションにかけられたガネの自画像はかなりの高値で取引されたとか」
「本来ならレプリカだろうけど……うん、この作品はガネが描いたもので間違いないようだね。どうやらガネの没後七十年を記念して本物を飾っているようだ」
「美術にも詳しいんですか?」
「いや、美術に関しては人並みだよ」
アンドレアの言葉にイヴは首を横に振った。
今回盗まれるのはガネの風景画。ガネは七十年前に亡くなった有名な画家で、この風景画は国の所有物らしい。それをガネの没後七十年を記念して国民にも見てもらおうと、この美術館に期間限定で飾られることになった。とパンフレットに書いてある。
「さて、泥棒くんはこの懐には収まらない大きさの絵画をどうやって厳重な警備を敷かれたこの場所から持ち運ぶのかな?」
「魔法……に盗む技術のものはなかったはずですし、破壊だけなら黒魔法でできると思いますけど……」
それだと泥棒ではないだろうとアンドレアは首を振った。
絵画を破壊するだけなら黒魔法で燃やすなりなんなりできるだろう。しかし盗むとするのならば壊してしまっては意味がない。
「小さくする魔法……いや、そんなものはなかったはず」
絵画をポケットに収まる程度の大きさに縮められたら、と思ったがそんな魔法は聞いたことがない。
「そもそも魔法を使ったら即あの罠が作動するようだね」
「え?」
イヴは天井を指さしていた。アンドレアが指先を辿るように顔を上に向けると、そこには柱を中心として柵が浮かんでいた。
「あそことあそこの柱に魔法を感知する装置が付いているようだ。もし泥棒くんがなにかしらの魔法を使った瞬間、天井に設置された罠がガシャン! と落ちてきて捕まってしまう」
「その通り」
「うわっ!」
イヴがすいすいと指を動かしながら警備について話していると、突然背後から声が聞こえてアンドレアは慌てて振り返った。
このメインホールには一組のカップルが来ていたようだが、アンドレアたちと階段ですれ違うように帰ってしまっていたので、ここにはイヴとアンドレアの二人しかいないはずだ。
他に人がいるとするならば。
「警察……」
先程作戦会議をしていた刑事たちだろう。
いかにもな制服を着た部下らしき警察官と、先程警部と呼ばれていたであろうコート姿の男性がこちらを睨みつけていた。
その後ろにはぞろぞろと何十人もの警察官を含めた警備員が立っている。
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