第7話

「さて、アン。次は王都に行こうと思うんだけど」

「いや、せめてアンドレにしてもらえません?」

「アンドレだとアンドレアとたいして変わらないだろう。弟子のくせに生意気だな」

「理不尽……」


 イヴと旅を始めて数ヶ月が経った。

 最初こそ魔術を使うために必要な知識量に困惑していたアンドレアだったが、少しずつ噛み砕いて学習していき、今ではイヴのように影に物を仕舞うことはできないが、カバンに文様を描いて荷運びをできるようになった。


「でもこれ便利ですね。一つのカバンに荷物をぽいぽい入れても重たくならないし、本来収納できる量以上の荷物を入れることができる」

「まぁ、そのカバンの口より大きな物を入れられないのが短所だけどね。しかしまぁ私の見込み通りなかなか立派な荷物持ちになれているよ。これからも精進し給え」

「はいはい」


 イヴの弟子になったアンドレア。しかし依然として荷物持ちの仕事は終わらない。


「これ、影に仕舞うのが労力いるから普段使いしたくないとしても、カバンに仕舞うのはたいして魔力消費しないし、本当に俺いります?」

「必要だと言っているだろう。私はね、カバン一つ持ちたくないんだ」

「ああ、そうだった……この人はそういう人だった……」


 数ヶ月とはいえ、伊達にイヴと二人旅を続けてきただけはある。イヴの性格がわかりやすいというのもあって、アンドレアはイヴのいやなもの、好きなことなどを把握しつつあった。


「さ、王都に行くよ。ついてき給え」

「もちろんです、師匠」


 年下の少女が師匠などと、笑われてしまうだろうか。しかしながらアンドレアはイヴの弟子として過ごす日々を悪くないと思っている。

 アンドレアはイヴの弟子兼荷物持ちだ。荷物持ちはその外重労働ではないし、魔術の勉強をするのも新しいことが知れて意外と楽しい。

 もちろん学んだからといってすぐに実用できるかと言われると答えはノーだが、それでも知識があるのは悪いことではない。


「馬車を呼んでおいてくれ給え」

「はーい」


 イヴが影に仕舞っていた、おそらくもう世間には流通していないであろう魔術に関する本をカバンに仕舞って、イヴより先に宿を出た。

 町の出入り口には馬車が停まっており、アンドレアは馬車に行き先を伝えてイヴが来るのを待った。


「お兄さんは王都に観光かい?」

「あ、いや……はは、まぁそんなところです」


 御者の言葉にアンドレアは苦笑して受け流す。

 イヴと旅を続けて数ヶ月が経つが、いまだにイヴの旅の目的を聞いたことがなかった。なので王都に行くのが観光目的か買い物目的か、はたまたただの気分転換かアンドレアには計り知れない。

 ただ、師匠がそこに行くと言うのだから黙ってついていくだけだ。


「待たせたね」

「いえ……って、どうしたんですか、その花?」


 こつこつとこちらに歩いてきたイヴの胸元のポケットには一輪の花が挿さっていた。かわいらしいピンク色の花だ。


「ここに来るまでの道中で怪我をしている子供を見かけてね。傷の治りが早くなる薬を塗ってあげたらお礼にともらったんだ」

「へぇ、通りで……師匠の趣味じゃない花だと思いました」

「どういう意味かな?」

「なんでもないです」


 アンドレアが素直に感想を言えばイヴにジトッと見られたので口を閉じた。

 ムッとした顔をしながらも、イヴが怒っている様子はない。イヴは拗ねやすくはあるが、滅多に怒ることがない心優しい少女だとアンドレアは理解していた。


「これはかわいらしいお嬢さんだ。お兄さんの妹さんかな? さ、乗った乗った。王都に出発するよ」

「誰がチビだ」

「誰もそんなこと言ってませんから。さ、乗ってください」


 口をむんと曲げて御者を睨むイヴを無理矢理馬車に押し込む。

 イヴは滅多に怒らない。しかし身長を気にしているようで身長に関することを言われるとあからさまに不機嫌になる。今回のは御者に妹と言われたのが気に食わなかったようだ。

 だがそれもしかたがないことである。二十五歳のアンドレアと見た目が十八歳程度のイヴが並べば兄妹だと勘違いされるのも致し方がない。


「私は小さくない」

「師匠は心がビックなので大丈夫ですよー」

「それはフォローしているの? 馬鹿にしてない?」

「してません。褒めてるつもりです」

「アンのフォローはわかりずらいな……」


 口は不機嫌に歪んだままだが、多少気は落ち着いたらしい。イヴは揺れる馬車の窓から豊かな自然を眺めていた。


「……」


 それに倣ってアンドレアも流れゆく景色を見た。

 飛んでいく青い鳥。風で揺れる木々。近くの森に猟に向かう大人たち。

 平和な時間が流れていた。


「……」


 ここから王都まで馬車で二時間ほどかかるだろうと御者が言っていた。アンドレアはカバンから本を取り出すと宿で挟んだ栞を取って続きを読み始めた。

 イヴは変わらず景色を見て、そしてうとうとと船を漕ぎ始じめたかと思うと、まぶたを下ろして眠ってしまっていた。

 そんな師匠を横目にアンドレアは魔術について書かれた本を何度も繰り返し読んでいた。


「お兄さん、お嬢さん、着いたよ」

「んん?」

「んえ?」


 御者の言葉にアンドレアは目を擦った。本を読んでいる内にいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 アンドレアは本をカバンに仕舞って、いまだ寝惚け眼のイヴの体を揺さぶった。


「師匠、朝……じゃない、王都に着きましたよ」

「ああ……うん」


 ぽやぽやと意識がはっきりしていない様子のイヴの手を引いて馬車から降りる。御者に賃金を払うと、御者は眠たそうなイヴを見て微笑ましそうな表情を浮かべて走っていった。


「王都になんの用があったんですか? 買い物なら代わりに行っときます?」

「んー……なんだったかなぁ」

「だめだ、完全に寝ぼけてる……」


 イヴの弱点、それは朝に弱いことだ。今は朝ではないが、一度うたた寝してしまったので寝ぼけてしまったようで、それが治るのには少し時間がかかりそうだ。


「ハムエッグ……」

「じゃあカフェに行きましょう」


 寝ぼけているのに食い意地が張っているなと思い苦笑しながらもアンドレアはイヴが転ばないように腕を引いて近くのカフェに入った。

 今まで立ち寄ってきた町とは違って立派な外見のカフェだ。さすがは王都と言わざるをえない。


「紅茶とコーヒーを一つずつ。あとハムエッグをお願いします」

「かしこまりました」


 案内されたテラス席で店員に注文をして下がってもらう。

 世の中には紅茶派とコーヒー派で分かれていて、アンドレアは紅茶派だ。しかしイヴは朝はコーヒー、それ以降は紅茶と決まっている。

 おそらく今の気分はコーヒーだろう。もし違ったのなら、アンドレアの紅茶と変えればいいだけの話だ。


「お待たせしました」

「んー、美味しそうだな」

「勝手に注文しましたけど、これでよかったですか?」

「ああ、ばっちりだとも。さすがは私の弟子だ」


 店員が注文した品を持ってくるとイヴはすんすんと匂いを嗅いで目を覚ました。満足そうにブラックコーヒーを啜っている。


「うん? アンはなにか食べ物は頼まなかったか?」

「いや、お腹空いてなかったので……」


 アンドレアが飲み物しか注文していないことに気がついたイヴが尋ねた。それに首を横に振って答えたアンドレアの腹から急に大きな音が鳴った。


「……」

「なにか頼み給え」

「すみません……」


 カフェに漂ういい匂いと、目の前に置かれたイヴのハムエッグを見ていたら急に胃がスペースを開けてしまったようだ。

 アンドレアは顔を赤らめながらトーストを頼むことにした。

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