一話 血濡れの英雄 ①

 今の日本の荒廃ぶりは約二カ月前の災禍に端を発する。二〇二十三年、七月四日、午前一時。来夢駅東口前広場に前触れなく『化け物たち』が現れたのだ。




 姿形と生態は多種多様。サイズは大中小問わず、生息地は陸海空のどれか。他の生物に似ているものもいれば、類似性を全く見いだせないものもいる。分類すれば図鑑一つでも収まりきるかすら怪しい。




 奴らを十把一絡げにまとめる正式な呼称は無く、個体を識別するものはなおさらだ。だが、奴らは『化け物』とでも呼んでおけば充分だろう。




 なぜなら、奴らには『化け物』らしい共通の特徴が二つあるからだ。まず一つに、グロテスクな見た目をしていること。皮膚が剥がれ、中の筋繊維が丸見えになっているだけであればまだいい方で、臓器や脳、骨をむき出しにし、血液や体液を垂らしながら徘徊する個体もいる。もう一つは無理やり身体を引き千切って別の肉体に縫い付けたような、不気味な容姿をしていること。胸部から牙が突き出していたり、足の先が翼になっていたり、目から花が生えていたりと、奴らの異様さは事例に事欠かない。




 来夢市に姿を現した『化け物たち』は通行人を、道行く車を、人が去来する施設を襲い、次々に悲劇を生み出していった。この一件に続き、奴らがもたらす災禍の波は全国各地に押し寄せる。瞬く間に文明社会は奴らに蹂躙され、あとには食料もインフラも満足に得られない無法地帯が残った。




 勿論、自衛隊なり警察なりの政府機関が何かしらの対策を講じなかったわけでない。機動隊は勿論のこと、周辺住民を避難させた上で戦車や戦闘機まで投入してまで『化け物たち』に対抗しようとした。それでも終息せず、日本を崩壊させるに至らしめた理由は主に奴らの増殖性にある。




 勿論、規格外の生命力と身体能力も理由にある。奴らを銃弾で殺すことは基本的に出来ないし、砲弾ですら確実な死を約束できない。コンクリートを穿ち、金属を引き裂く膂力。車すら追い越せる速さ。壁をよじ登れる柔軟性。家一つ悠々と飛び越せる跳躍力。これらは一例に過ぎず、その程度は個体によってはまちまちだ。




 ただ、これが一体や二体、いやよほどの数でもなければ対処できたと思う。大地を焦土に変える兵器が世界各国に常備されているのだ。多少の犠牲に目を瞑れば、どうにかならないはずがない。が、奴らの増殖性は明らかに一国家の対応能力を超えていた。




 奴らは生物を『化け物』に変える力を持っていたからだ。『化け物たち』に襲われた人や動物、植物、虫も同じ『化け物』となり、また別の生物を奴らの一味に加える。奴らの通り道には『化け物たち』が住民の代わりになった町が残った。


 


 鼠算式に種類と総数を増やし、台風が通るように被害を拡大させる奴らには有効な対抗策を練るのは難しかったのだろう。


 


 時間の余裕もなかった。来夢市に奴らが現れてから半日も経たないうちにテレビの接続不良、インターネットの通信障害、ラジオでは電波不良と次々と情報収集手段がダメージを受けていく。




 それらの予兆が最悪の事態を招くまでにはほとんど時間が残されていなかった。一日と、半日。




 たったそれだけの時間であらゆる通信手段が使えなくなる。電話は繋がらず、ラジオやテレビはどのチャンネルも視聴も聴取もできず、スマホはネットやGPSを介さないアプリしか使えない。




 識者同士で情報が共有できなければ、出来ることは限定的だ。ましてや一日と半日というタイムリミットで解決策を思いつくなど到底不可能だろう。




「まあ、今の方が気に入っているところもあるんだがな」




 崩壊した住宅街を横目に見ながら苦笑する。俺が本心で話せる相手は自分くらいのものだ。だからなのか、こうして独り言を呟くと、思考が整理されて少し落ち着く。勿論、人前では絶対にやらないが。




 満足しているのは他者と関わらず生きられる点。支え合いを前提としていた人間社会は滅びてしまったのだから、他者を助ける必要も助けられる理由もなく、己の力だけで生きなければならない。気楽でいい。




 逆に俺がイラつくのはその他全てだ。悲劇とその痕跡を毎日のように見せられなくてはならず、食料や水すら確保するのが難しい。その上、日々、どこに潜んでいるかも分からない『化け物たち』に命を脅かされる。散々な毎日だ。




「ままならないのはどっちも同じか」


 


 昔を切望しているわけでもないし、今のような世を待ち望んでいたわけでもない。だが、それを変えようと思えば、途方もない数の障害が先に立ちはだかる。




 舌打ちして、思索を打ち切り、頭を掻く。やることがないとどうにも色々考えてしまう。極端に長い余暇。それも俺が苛立つ要素の一つだった。

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