23話 温泉

「……や、やっぱりいいんですかねえ? 日葵殿。そ、そのアイリス殿と一緒に、お、お、おお風呂に入るというのは」


「……露草さんが言い出したんじゃないですか。それに、私たちは同性同士。なにもやましいことなんてありません。そう、やましいことなんてないんです」


「……そ、その通りでありますな日葵殿。な、なにもやましいことなんて、な、ないのであります」


「そうです。私たちとアイリス姉さんは同じく女性。一緒に女湯に入ることは至極当然であり、自然なことなのです」

「う、うむ。そうです。そうですな、そうでありますぞ……!」

「……露草、なにその喋り方」


 私たち三人は、旅館内にある大浴場の脱衣所へと足を運んでいた。露草は先ほどからずっとこの調子である。突っ込むまいと心に決めておいたのにもかかわらず、我慢の限界でつい突っ込んでしまった。


「アイリス姉さん、露草さんはいつもこんなでしょう。お気になさらず」

「……まあ、たしかに」

「……」


 露草が不服そうに頬を膨らませて私を睨んでいる気がするが気にしない。


「それよりも早くお風呂に入りましょう。私こんな大きなお風呂は久しぶりです」

「ん。そうだね」


 それには私も同意だ。なにせ私は生粋の温泉好き。あの温泉独特の硫黄の匂い、温かな心地よさ、風景までもすべてが好きだ。それに私は日本に来てからというもの、温泉地ばかりへ訪れている。箱根に来た際には是非とも箱根の温泉にも浸かってみたいと常日頃から思っていたのだ。


「……ん」


 私は着ている衣服たちを剥ぎ取っていく。シュルシュル、と衣擦れの音が響く。ゆったりとしたパーカー、ロングスカートを次々と脱いでいき、白の下着姿になった。そしてキャミソール型のブラに手をかけ――


「ぶぶううううううううううッ!!」


 瞬間、鼓膜を破らんばかりの破裂音がした。


「え!? なに!?」


 なんの殺気も魔力も感じていなかったため、虚を突かれて盛大に驚いてしまう。急いで音のした方を見ると、そこには……。

 血の池を作り、本人もなぜか血だらけの露草がその場にうずくまっていた。


「な!? え!? ど、ど、どうしたの露草その血!? なにがあった!?」

「……がふっ」


 な、なんだあの血の量は!? ま、まさかとはおもうが、魔王が露草に奇襲を!? い、いやしかし、一体なんのために露草に奇襲を!? そもそもどこからどうやって!?

 そう私が逡巡していると、


「……ごめんアイリスたん。これただの鼻血……」


 露草は、鼻を抑えながらそう言った。


「は?」


 ……いまなんて? 鼻血と言ったか? この量が?


「……ちょっと、なんていうか、その、アイリスたんの下着姿が、あまりにもエロすぎて。……育ち切ってないお子様体型のくせに妙に色気のある肢体を、無防備にさらけ出しているのがその、犯罪的というか背徳感がやばくて。あんまガン見してたらアイリスたんガチで嫌がりそうだからって、そう思っても視線が外せなくて。キャミソールなのも解釈一致だし、肌綺麗すぎるし。お胸も全くないわけじゃなくて、ちょっと膨らんでるのも最高だし。ていうか、アイリスたんの白髪も相まって白の下着姿ってなんか幻想的で儚くて、天使みたいで尊いし。わたし、いまからこの子の裸見ちゃうんだ……。いまからこの子と同じお風呂に入っちゃうんだ……。あわよくば体洗いっことか出来ちゃうのかな……。ああ、さわってみたいなあの最上級のロリっ子の体……。そんなこと考えてたら、気づいたら鼻血止まんなくなってて。気づいたら辺り一面真っ赤に染まってて。……ちょ、やっべ、まぢでとまんねえよコレ」


「…………」


 背筋が凍った。刹那、全身に悪寒が走り、私はおもわずぶるっと身震いをしてしまう。


「……ふっ、露草さん。甘いですね……」


 そんな私をよそに、不敵に言い放ったのは日葵ちゃんだ。私は日葵ちゃんへ視線を向けると、日葵ちゃんは堂々と腕を組み、なぜかどや顔で胡坐をかいていた。そして彼女の口の端には血が伝っていて――


「なんで日葵ちゃんも血!?」

「……私はなんとか耐えましたよ。自ら口の端を切ることによってね……!」

「いやなにしてんの!?」


「…………さすがは日葵ちゃんだね」

「なにが流石!?」

「……ですが、流石の私も今のは死ぬかと思いました。この私が死にかけたんですよ……」


 なんかフリーザ様みたいなこと言い始めた。……じゃなくて! ほ、本当に大丈夫なのかこの二人!?

 私はかがんで二人の容態を確認する。


「と、とにかく二人とも大丈夫なの!?」

「だ、大丈夫だよアイリスた――ぐはっ!」「だ、大丈夫ですよアイリスねえ――がふッ!」


 瞬間、二人が同時に吐血した。


「こ、今度は何!?」

「……あ、アイリスたん……。そのかっこで、前かがみはやばい……。わたしたちを、ころすき……?」

「……くっ、自傷が、まにあいませんでした……」


 そう言い残して、二人はかぐりと倒れ込んでしまい、やがてピタリとも動かなくなる。


「ちょっ!? い、いみわかんないんだけど!? だ、だいじょうぶ!? ね、ねえ!? ねえってば!?」


 私は必死に二人の肩をゆっさゆっさと揺らすが、反応はない。二人とも、白目を剥いて突っ伏している。なぜか気絶してしまったようだった。


 なんで!? 露草はともかく日葵ちゃんはなんで!? いや露草も意味わかんないけど!?


 なんで気絶したの!? なんで吐血した!? ていうかそもそもなにこの血の量は!?


「どうなってるのぉ!?」


 そんな私の悲痛な叫びは他の誰にも届くことはなく、虚しく脱衣所に木霊した。


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