8話 ゲームを始めよう

 私はアパートの階段を上がりながら安堵のため息をついていた。……よかった、りゅうおうのおしごと! のSSが残っていて。

 正直沼津駅のアニメイトは過疎っている……というほどでもないがすごく人気……というわけでもないのでこんなに急ぐ必要もなかったかもしれない。


 しかしもしSSを手に入れられなかったときには私の沽券にかかわる。りゅうおうのおしごと! に関していえば最新刊はどうしてもフラゲ日に読みたいしSSだって絶対に入手せねばならない。それが我が家の家訓だ。

 そして私は買ったばかりの本たちを胸に抱き、玄関のドアノブをひねる。


「ただまー」

「おかえり~アイリスたん」

「おかえりなさい、アイリス姉さん」

「……って、なにしてんの?」


 そこにはスペースがあるにもかかわらず、なぜか炬燵に横に並んで座っている二人の少女の姿があった。


「……とりあえず露草、留守番ありがと」

「朝飯前だよっ!」

「こんにちわ、お邪魔しています」

「……ああ、うん。いらっしゃい。こんにちスワイプ」

「…………こんにちすわいぷ?」


 しかし珍しいなこの二人の組み合わせは。思えば二人とも毎日のように私の部屋を訪れているのに、見事に時間がずれていてあの日以来お互いが顔を合わす機会はなかったように思う。


「ところでアイリス姉さん」

「ん?」

「大事な話があります」


 日葵ちゃんは真剣な面持ちでそう言う。……なんだろう、大事な話とは。


「今から、私と露草さんはクイズ形式である勝負をします」

「……しょうぶ」


 ……ふむ。


「アイリス姉さんにはその勝負の出題者兼審判をしてもらいたいのです」

「……しんぱん」

「はい、そうです」

「それは、べつに構わないけれど」


 それよりも、なんでそんなことをするに至ったのかその経緯の方が知りたい。


「ありがとうございます」

「……まあそのくらい幾らでもやるけど」

「それではルールの説明に入ります」

「……」


 依然として真剣な表情で話す日葵ちゃんに若干気圧される。一体何なんだろう。露草も露草でうんうんとうなずきながら静かに黙っているし。

 普段のあいつなら絶対どこかで口を挟んでいそうなものだけど。


「勝負の内容は、どちらがアイリス姉さんのことをより深く知っているか、理解しているか、です」

「……うん?」


「アイリス姉さんには五問、問題を出してもらいます」

「……それは、例えばどういう?」


「アイリス姉さんに関する事柄ならば何でも構いません。具体例を出すなら『アイリス姉さんの昨日の夕食はなんでしょう?』みたいな感じです」

「……それは、なんていうか、難しすぎない?」


「いいえ、まったく。今のはレベルで言うなら星一です。アイリス姉さんには徐々に問題の難易度を上げていってもらいます」

「……はあ」


 即答で難しくないと言われて戸惑ってしまう。私自身だって昨日何食べたかなんて思い出せないっていうのに……ああ、そうだ、昨日はオムライス作って食べたんだっけ。半熟とろとろのやつ。ラップ使うアレ。初めてにしてはとてもうまくできたんだった。


「とにかく、私たちはそれに答えていきます。回答権は一問につき一人一回まで。先に答えられた方に一ポイント入ります」

「うん」


「そしてもう一つ。この勝負には付け足し権、というものがあります」

「ほう」


「この付け足し権は回答権同様に一問につき一人一回。相手が答えた回答よりもより詳しい回答を、相手の回答に上塗りすることができます。相手よりもより詳しい回答をすることができれば、先に答えられた人から一ポイント奪うことができます」

「……うん」


 ……なんだか頭脳戦っぽくなってきたな。そう思いながらふと炬燵の机の上を見ると、ノゲノラの二巻三巻が無造作に置かれていた。


「……」


 きっとどちらかが、あるいは両方があれを読んで感化されたのだろう。


「そして最終的にポイントを多く集められた方の勝ち。つまりはこのゲーム、よりアイリスたんについて詳しい回答が出来た人が勝つゲームなんだよっ! どう? アイリスたんっ!」


 今まで空気だった露草がいいとこだけを持っていく。


「……まあ、私に関する問題ってところ以外は面白そう」

「でしょでしょ!? 楽しそうでしょっ!」


 でしょでしょうるさいな、私はハレ晴れユカイ派だ。


「露草さん離れてください。勝負を始めますよ」


 そう言って日葵ちゃんは露草の首根っこを掴んで私から引っぺがしてくれる。ありがとう、流石は日葵ちゃんだ。そして日葵ちゃんは、どこからともなくピンポーン! と音が鳴るクイズ番組なんかでなじみ深い早押し機を二つ取り出す。


 ……なにあれ、あんなのうちにはなかったはずだけど。もしかして日葵ちゃんの自前なんだろうか。


「アイリス姉さん準備は良いですか?」

「……ん、大丈夫」


 私がやることといえば五問、問題を出すだけ。しかも自分に関することでいいというのなら即興でもまあできるだろう。なぜこんな勝負をするに至ったかは知らないし、そっちの方を先に知りたいがまあそれは後で聞くことにする。


「じゃあ早速! さぁ――ゲームをはじめようっ!」


 こいつだな、ノゲノラ読んでたの。

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