異世界Ⅲ 【紫 菖】

「アイリスが武器を携帯しないのって、やっぱり『武器錬成』があるから?」

「ん。魔力さえあれば無限に武器を錬成できるし」


「まあそんな便利魔法持ってれば、実物の武器なんて必要ないかー」

「……でも、万一魔力が切れたり魔法が使えない場面に遭遇したら困る。たしかになにか一つくらい、武器を持っていてもいいのかも。今度買おうかな」

「……ふーん」


 今日はアイリスとわたしがこの世界で出会ってちょうど一年。なにかプレゼントでも買おうかなーなんて考えながら街を歩いていたら、ふとそんな会話を思い出していた。


 ……ふむ、武器、か。良いじゃん。正直日本だったら考えられない贈り物だけど、ここ異世界なら普通だし、なにより実用性がある。プレゼントを贈って一番悲しいことは何かと訊かれたら、たぶん万国共通で使われないこと。それだけはなんとしても回避したいわたしにとって、武器の贈り物は目から鱗、寝耳に水であった。……使い方あってるかな? 


 でも武器といってもたくさん種類がある。何を贈ろう。アイリスは主にどんな武器を使っていたっけな。


「……うーん」


 わたしは腕を組み、思案する。頭によぎるアイリスの姿、持っている武器は……。西洋剣、大鎌、ナイフ、ハンマー、弓、ランス、ガンランス、操虫棍……。


「ってモンハンか!」


 ……いやいやまじめに考えよう。ランス、ガンランス、操虫棍はふざけたにしてもアイリスが特定の武器を長い間使っているのをわたしは見たことがない。気分によって変えている、というか状況に合わせて使い分けている、みたいな。なんだかスマブラのインクリングみたいだ。


 だったら武器にこだわりとか特定のこれは使えない、なんてことは無さそう。じゃあわたしが勝手に選んじゃおっかなー。


 ……そうそうそういえば、わたしずっと思っていたことがあるんだ。アイリスはロングヘアーの吸血鬼。しかもロリときた。だったら、似合う武器だって一つしかないだろう。そう! 日本刀! 物語に出てくるあれは吸血鬼を殺すためのものだけど、まあそんなのはこの際どうでもいい。


 金髪美少女吸血鬼に日本刀とかロマンじゃん? そんなの絶対似合うに決まってんじゃん? ネットのおじさんたちが、可愛い女の子にはとりあえず刀持たせとけみたいなことを言ってたし!

 ああ、考えれば考えるほど日本刀以外の選択肢がなくなっていく~……。


「よーしっ、そうと決まれば善は急げ! さっそく鍛冶屋にれっつらごー!」


 そうしてわたしは、アイリスに日本刀を贈ることに決めたのだ。



 場所はとある宿の一室。今日はあいつが休日にしようと言い放ち、そそくさとどこかへ出かけてしまったので、私は新しい魔法の開発に勤しんでいた。……のだけど、途中から疲れすぎて記憶がない。


 疲れた頭に腕枕をしながら、机に置いてある花瓶の花をつんつんする。……これ、あいつが摘んできた花だ。いい匂いもするし、白い花びらがかわいい。なんだか花の癒し効果が、私の疲れた心と体に染みるようだ。


 疲れているとはいえ、花を可愛いと思うだなんて私も変わったな。あいつと出会ってから、私の見る世界は少しだけ広くなった気がする。モノクロだった世界に、少しずつ色が灯り始めたのだ。


 それがいいことなのか悪いことなのか、今の私にはわからないけれど。少なくとも、悪い気分ではない。


「ただまー! アイリスいる?」


 そんなことを考えていたら、ちょうど彼女が帰ってきた。横目で見ると、彼女はなにやら細長い袋のようなものを抱えている。


「って、なになに、珍しいね」

「……なにが」

「なにがって、アイリスがニヤニヤしながら花を愛でてるなんて、こんな珍しいことはないよ。明日はハリケーンだね!」


 彼女に指摘され、私は思わず口元に手を添える。

 ……うそ、今私笑ってた? しかもそれをこいつに見られた……?

 ……そんなまさか。……い、一生の不覚だ。


「……そ、それで、その抱えているものはなに?」


 私は話題を逸らそうと、彼女が抱えている細長い袋を指さす。


「え、さっそく訊いちゃう~~? う~ん、どうしよっかな~~?」


 いつもの一・五倍くらい高い彼女のテンションに、私は目を細める。


「べつに、言いたくないなら言わなくていい」

「ああー! うそうそ、言います言います! もったいぶらずにちゃんと言うからっ、だから寝ないで! アイリスちゃんいい子いい子だから、ほらステイっ!」

「……」


 なんなのだ、一体……。


「アイリス、今日は何の日かわかる?」

「私に一般常識を問おうとしているのなら無駄。物心ついたころから魔王に復讐することしか頭になかった」


「そんな悲しいこと胸を張って言わないで!? ……そうじゃなくて、今日は私たちがこの世界で出会ってちょうど一年なんだよ」

「……へえ」

「興味無さそう!?」


 いや興味ないとかじゃなくて、よくそんなことを覚えているなって少し感心しただけ。


「……ごほん。気を取り直して。なのでわたしからアイリスにプレゼントがあります!」

「え? プレゼント?」

「そうっ! 驚いた!?」

「……私、何も用意してない」

「いやいやいいよー全然。わたしが勝手にプレゼントしたいだけだし」

「……でも」


 今日がこいつと出会って一年だったことを知らなかったとはいえ、一方的に何かもらうのは気が引ける。


「……うーん。じゃあ、アイリスってたしか日記付けてたよね?」


 日記? 確かに付けている。忘れっぽい私は日記でもつけていないとその日浮かんだ新しい魔法や戦術のヒントなんかを忘れてしまうことが多々あった。ならいっそその日丸一日起きた出来事をなにかに記しておこうと思い至り、書き始めた日記。最近は習慣化してきて書かない日の方が気持ち悪いくらいなのだが。


「……それがどうかした?」

「それさ、今じゃなくていいんだけど、いつかわたしにも読ませてよ」


 そう言って、彼女は微笑む。

 なんで私が書いた日記なんかが読みたいんだ? 最近は――ていうか、こいつと旅をし始めたこの一年間はなんというか、どうでもいいことばかり書いていた気がする。


 今日はあれをしたとか、これをしただとか、こいつのマヌケな行動とか、魔法、戦術のアイディア関係なくそんな他愛もないことばかりを書き綴っていた。

 だから正直、私の日記を読んで何かが得られるとは思えない。


「……」


 けれど現状なにか贈れるものもないし、ほかでもないこいつがそれがいいと言うのなら……。


「まあ、いいけど」

「じゃあ決まりね! 指キリげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます! 破ったら承知しないからねっ!」

「ゆ、ゆび、斬る……?」


 彼女はなぜか私の小指に自分の小指を絡ませ、得体のしれない呪文を唱える。魔力は感じられない。しかし、こいつに日記を渡せなかったら私は、なにかとんでもない目にあわされる気がする。そんな謎めいた確信があった。


「それじゃあお待ちかねのプレゼント! はいっ、アイリスこれ!」

「あ、ありがと……」


 彼女は私に袋を手渡す。受け取ると、その袋はずっしりと重く固い。これは一体何なのだろうか。


「開けてみて!」

「ん」


 言われるがままに、私は細長い袋のてっぺんを締めている紐を引っ張りほどく。そこから姿を現したのは――


「……これ、刀?」


 それは、黒塗りの鞘に納められた一振りの刀だった。


「そうっ、刀! アイリスいつか言ってたでしょ? 現物の武器もたしかに欲しいって」

「……うん」


 刀に触れるのは初めてだ。私は鞘から刀身を少し抜いて、刀をまじまじと観察する。刀身も黒く、波紋が美しい。切れ味も悪くなさそう。そしてなにより私が普段使っている剣よりも数段軽い。鍔迫り合いには向かなそうだが、素早い立ち回りが出来そうだ。


「銘は『月影』。月みたいに儚げで、薄幸なアイリスにはぴったりじゃない?」


 誰が薄幸だ。


「……」

「アイリスが色んな武器を使っているのを見てたから、刀も問題なく使えそうだなーって思って」

「……」


「意外とこの世界、刀の流通量が少ないのか知らないけど結構お店を回ったよー」

「……」


「だからといってべつにそんなに高くもないし、特別なものでもないんだけど。使ってくれたらうれしいかなー……なんて」

「……」


「あ、アイリス……?」

「へ……? なに?」

「……もしかして、気に入らなかった?」


 私の顔を覗き込む彼女の表情は、珍しく不安げで、瞳が揺れていた。


「……べつに」

「……ほんとに?」


 ……嘘じゃない。正直なところ、かなり気に入っている。他人からプレゼントを貰ったのだって初めてだし、なんていうか……これを贈るにあたってこいつが色々と考えてくれていたのが伝わってきて、……その、あれだ、うん。――すごく嬉しい。さっきから口角が自然と上がってしまうのを必死に押さえつけているくらいには。


 けれどそんなこと、もうこいつに悟られるわけにはいかない。さっきだって醜態を晒したばかりなんだ。


 私は半身抜いていた刀を鞘に納める。そして改めて礼を言おうと、彼女に向き合った。すると彼女は何故か依然として、不安そうな表情をしているのだ


「……アイリスは、わたしと居るの嫌、なのかな?」

「……?」


 いきなりなんだ。なぜそんな話になるのだ。


「急に何?」

「……アイリス、プレゼント気に入って無さそうだし。……思えば、アイリス、わたしと出会ってからわたしに向けて一度でも笑ったことがあったかなって……そんなことを、少し考えちゃった」


「……それは」

「……わたし、花になりたいな」

「……え?」

「いやさ、アイリスさっき花を見て笑ってたから。……だからわたしも、アイリスが好きな、アイリスを笑顔にさせることができる花になりたい」

「……」


 ……ちがう。


 ……それは、少し、違うのだ。たしかに私は花が好きなのかもしれない。あの甘い匂いも、可愛い花びらも、色も、たしかに好きなのかもしれない。しかし私が自然と笑顔になれたのはきっと、その花がお前が摘んできてくれた花だったから。お前が私のために摘んできてくれた花だと知っていたから。


 だから私は、あんなにも心が和んだのだ。

 お前と一緒にいて、一度でも嫌だと思ったことなんてない。そりゃあ最初の方は意見が合わずに言い争いもした。けれど最近は、お前と一緒にいると、胸のうちがポカポカする。お前の世界に触れるたびに、気分が高鳴ってしょうがない。楽しくってしょうがないのだ。


 笑顔だって、お前が見えないところで何回も零している。私はお前と接して初めて、笑顔の作り方を知ったのだ。だからお前は花になる必要はない。


 そんなの今更だ。

 だってお前は最初から、――私を笑顔にさせてくれる、花そのものだったのだから。


「……」


 そう、言葉にできればどれだけ楽だったろう。


「……ぁ」


 へその曲がった持ち主によく似た、同じくへその曲がった私の口は、そう簡単には、本心を言葉にしてはくれなかった。


「……ごめんね、変なこと言っちゃった。今日のところはもう部屋に戻るね。おやすみアイリス」


 そう言って、彼女は私の部屋を後にする。その後姿を、私は見ていることしかできない。刀を貰って、こんなにも嬉しいのに、その感情を口にすることは叶わない。こんな時、普通の人間ならどうするのだろう。そんなこともわからない私はきっと、どうしようもなく経験値が足りないのだと、それだけはわかった。


 私はこんな自分が嫌いだ。本心を言葉にできず、黙り込んでしまう臆病な自分が。昔はそんなこと、思ったことすらなかったのにな。それが少しだけおかしく思えて、私は一人、自嘲気に乾いた笑いを浮かべるのだ。



「――ァィリス……」

「……んぅ」


 ……なんだ……? なにか、鳴ってる……?


「――ァイリス……!」

「……んんん……」


 ……うるさい……。


「――アイリス!」

「……」


 ……。


「――アイリス起きて!! ほら朝だよっ!!」

「……ふぇぅ……?」


 ゆっさゆっさと何者かに揺らされて、私の意識は覚醒する。

 ……んんぅ、もうあさぁ……? 


「……ぉはよう」

「うんっ、おはよう!」


 快活に彼女が返事をする。表情はにっこにこだ。ていうかなんだ……? く、くるしい……。


「……ぅぅっ」

「ああ、ごめんごめん」


 そう言って、彼女は私から離れる。……ん? 離れる……? 今こいつ、私に抱き着いてなかった……?


「……なんできゅうに、だきついてくるの……」


 起きたばかりなので、舌っ足らずにそう彼女に問う。


「いやね? ねごと――じゃなくて、愛おしさが天元突破しちゃって、なんていうか、つい?」

「……んん……まあいいけど」

「じゃあ出発の準備してねっ! わたしは外で待ってるからー!」


 それだけ言い残すと、彼女は早々に部屋から出て行ってしまう。


 一体、なんなのだ。朝から抱き着いてくるとか、暑苦しいことこの上ない。

 ていうか、あいつ、昨日別れた時あんまり元気じゃなくなかったか……? 主に私のせいだけど。

 それがなんなんだあのテンションは。たまに私は、あいつのことがよくわからない時がある。


「……ふわぁぁぁ」


 大きな欠伸をしたあとに、私はのそりとベッドから出る。

 ……ん? なんか重いな……? 


「……?」


 見ると、私はなぜか彼女に昨日贈られた刀、『月影』を両手で抱えていた。


「…………はっ」


 その十秒後だ。私が『月影』を抱いて眠っていたところを、彼女に見られたと気づくのは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る