エピローグ

第53話 やられ役に設定された男の本当の願い

 目が覚める。

 最初に目に入ったのは、綺麗な夕焼け空だった。


「……いってえ」


 どうやら気絶していたようだ。俺は頭を押さえながら、状況の把握に努めた。


 どれくらい気を失っていたのだろう? 

 一分くらいかもしれないし、一時間くらい気絶していたような気もする。


「かーくん!? 大丈夫!?」


 サチが泣きそうな顔で俺を見ている。その瞳には困惑と罪悪感が宿っていた。


「そうだ! 属性はどうなった? 元に戻ったのか?」


「うん。戻ったよ。アリスちゃんも元気になった。もう、心配は無いよ」


「そうか。良かった。ところでさ、聞きたいことがあるんだけど、いいか?」


「えっと、こっちも聞きたいことがあったんだけど……いいよ。かーくんからどうぞ」


「……俺、記憶が飛んでいるみたいなんだ」


「へっ!?」


 俺の言葉を聞いたサチは心の底から驚いたような表情となる。


「いや、破壊王に勝った所までは覚えているんだよ。その先、何があったのかなって……。妙に頭が痛いし、誰かに殴られでもしたのか?」


「かーくん。それ、本気で言ってる?」


「そうだよ。なあ、なんかあったのか?」


「…………そっか。ううん。いいんだ。かーくんが覚えていないなら、あれは『無効』だね。まだ、その時じゃなかったって事か」


「なんだよ、気になる言い方だな。教えてくれよ」


「ふふ、ダ~メ。内緒だよ♪」


 サチが悪戯っぽい笑みを向けてくる。

 その顔はどこかスッキリしたような、晴れ晴れしさを感じさせるような笑顔であった。


「そうかよ。じゃあ、いいよ。どうせ大したことじゃないんだろ?」


「そう……だね。うん。これでよかったんだよ。やっぱり私は、まだこの関係を続けたい」


 破壊王は倒したし、無事に俺も『勝利』することができた。何の問題も無い。


「ふう、助かったと思ったら、一気に疲れてきちゃったよ。かーくん、帰ろっか?」


「ああ」


 サチと一緒に帰路に就く。

 話によると、俺が気絶している間に、破壊王は封印されたらしい。


 Eクラスの皆も、先に帰ったとのことだ。

 帰り道、サチの家に着くまで、俺たちは一言も喋ることはなかった。

 ただ、ずっとサチは俺のことをチラチラと見ていた。


「じゃあね、かーくん。また明日」


 別れ際、サチの足がピタリと止まる。


「あのね、かーくん。私、さっきまで凄く幸せだったんだ。だから、それだけで満足しようと思っちゃったんだ。でも、それは間違っていたよ。やっぱり私は一番の人と結ばれたい」


「そうか。頑張ろうぜ。俺たちの同盟はまだ終わっていないぞ」


「うん、そうだね!」


 そうしてサチが家の中に入っていくのを確認して、俺はその場を後にした。

 道中、人気の無い場所で俺はゆっくりと空を見上げる。

 そして、心の中で思いっきり叫んだ。




 ……忘れてるわけねえっつーの!




 俺はきちんと覚えている。

 サチが俺に告白したことも、あいつが俺の頭を殴ったことも忘れていない。


 記憶を失った『演技』をしていただけだ。

 そうすることで、神を欺こうとしたのだ。


 神はポンコツだ。普通に考えたら、そんなに都合よく記憶が飛ぶなんてあり得ないが、今までの例で考えると、うまく騙せる自信があった。


 俺に真正面から告白してしまったサチ。

 普通なら破局してしまう因果が動く所だが、俺が『聞こえていない』という事にすれば、告白は失敗したとみなされるので、問題は無い。


 一応、念のために帰り道、サチに不幸が降りかからないか感覚を研ぎ澄ませて見ていたが、特に問題は無かった。


 最後の作戦は、無事に成功したという訳だ。


 やられ役主人公(クズ君)と負けヒロイン(腹黒ちゃん?)。この同盟の結末を知るのはもう少し先になりそうだ。


「あ! 見つけた。こんなところにいたのですね! 探しましたよ!」


 その時、空から代理ちゃんが下りてきた。彼女もきちんと元に戻ったらしい。


「こっちも探してたんだ。俺はきちんと『勝利』したぞ。これで俺の因果は歪んだよな?」


 サチも告白できたのだが、まああれは無効扱いにしてもらわなければ困る。


「もちろんです。因果は歪みました。ただ、その時は私が動けなかったので、完全には因果を修正できたかどうか、ちょっと自信ないんですよね」


「はああああああ!?」


「だ、だって仕方ないじゃないですか! でも、きっと大丈夫ですよ!」


「……本当かよ」


「ま、まあそれでも、念のために目標を達成できるように続けた方がいいかもしれませんね。だって、同盟なんでしょ?」


「代理ちゃん。お前さ……俺があがくのを楽しんでない?」


「ぎ、ぎくり! そ、そんなわけないでしょ!」


「ふん、安心しろ。同盟は続ける。俺個人の目標でもあるしな」


 一応は助かったらしい。とりあえず、それで良しとするか。


『ピコン、あなたは10000点のやられ役ポイントを得ました!』


 特大のポイントを貰えた。

 って、待て。それって負け判定って事じゃねーか!


「これはサービスです。やられ役にしては頑張ったし、今回の件のお礼みたいなものです」


 命懸けの礼が一万円かよ。安くない?


「しかし、最後は流石に焦りました。あなたはてっきり破壊王の提案に乗って、アリスさんを殺して主役になると思っていたのですが、そうはしなかったのですね。さすがはやられ役。意思が強い」


「まあ、実は本音を言うと、自分の身を守っただけなんだけどね」


「身を守る? どういうことですか?」


「だって『敵に唆されたやられ役』なんて、後で絶対に殺されるパターンだろ」


「ぷっ。確かに! あんなかっこいい事を言って、裏でそんなことを考えていたんですね! ただの自己保身じゃないですか! 本当にクズ君ですね!」


「やかましいわ!」


 代理ちゃんは心底おかしそうに笑っている。相変わらず失礼な天使である。


「なあ、なんで神はあのガキに『破壊王』なんて属性を与えたんだ? どう考えても子供に与えていいような属性じゃないだろ」


「あの子がそれを望んだからです。『世の中の全てを壊したい』と。だから、神様はその願いを叶えてあげました。あの子、ああ見えて言葉にできないくらい惨い生い立ちなのですよ」


「そんなガキを正しい道に導くのが神の仕事なんじゃないのか?」


「いいえ。神様はただ人の願いを叶えるだけです。特に気に入った人間には……ね」


 少しだけ自嘲気味に俯く代理ちゃん。色々と思う所はあるらしい。


「さすがに『破壊王』は神様も手に余ったので封印しちゃいましたけど」


「自分で力を与えておいて、自分で封印かよ。とんでもない奴だな」


「神様、何気に不器用なんですよね。でも、あなたのおかげで彼女も変われそうです。もう少し頭を冷やしたら、自由となれるでしょう。もしかしたら、それを見越して復活させたのかも」


「おいおい、とんだ大役を押し付けられたな」


 しかも、その報酬がたったの一万円である。


「ちょっと待て、神が人の願いを読み取って属性を与えるんだとしたら、俺が望んでやられ役になったって事になるんだが?」


「ええ、そうです。あなたは『負けを悪く言う』のを憎んでいる。負けた人間が虐げられるのが許せない。それを読み取られたのかもしれません」


「いや、それなら周りの奴らをぶっ飛ばして『ざまあ』でもするようなチートな属性を与えてくれるもんだろ」


 まあ、俺の周りの奴らが思ったよりいい奴らばかりだったから、あまり絵にはならないだろうが。

 普通、俺みたいなやつは、もっといじめられたりすると思ったんだがな。


「いいえ。あなたは人を憎むわけでもなく復讐するわけでもなく、『負け』が『悪』とされる『世界の在り方』を憎んだ。だから、自分が敗北者……つまり、やられ役となり、たとえ負けたとしても、自分らしく生きていい事を証明したかった。周りからクズだと見られたとしても……ね」


「別に……そんな小難しい事、考えてねーよ」


 俺は顔を逸らした。

 これ以上会話を続けたくはない、という意思である。


「まあ、これからも頑張ってください。あなたの願いが世界に届くといいですね。あまりにも無謀で青臭くて大きすぎる願いだと思いますがね。主役よりよっぽど大それた願いです」


「ち、うるせーよ」


「あはは。それじゃ、さよならです」


 そのまま闇に消えていく代理ちゃん。

 いつかまた会える日もあるのだろうか。


―――――


 次回、最終回です☆

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