第8話 人類の味方

「もういい、もういいから」


 線路から随分と離れ、ひとまず落ち着ける場所として逃げ込んだ裏路地。

 空が狭く、鴉の飛び回る様子が見える都会の隙間のようなその場所で、背中から降ろしてもらった。


 彼女に背負われたままでは嫌でも目立つ。


 それに彼女——羽二重リンが息を切らしてるのが目についたからだ。


 彼女の場合、身体の疲労より精神の疲れなんだろうけど、それがいくらか落ち着くのを待つ。


「ああなるの……分かってたの?」


 息を整えた彼女が不意に聞いてくる。


「たぶん」


「たぶん?」


 自分でもあそこまで上手くいくとは思っていなかった。


「数分先までの未来を見て、向かいから貨物列車が来るのは分かってたから、それに轢かせようと思ってさ……」


 彼女が電車から飛び降り、それを追って飛び降りた男を電車が轢き飛ばしていった。


 でも、なんか、こう……硬いもの同士ぶつけたような音がしたのが気にかかる。


 確認する間もなく逃げたからあの男、アダム・スミスとか言ったか。アレがもう追ってこないのか確信が持てない。

 でも、確かめる方法はある。


「念の為、ちょっと見せて」


 会話を中断し、彼女に言う。

 差し出された手の平に触れて未来を見た。

 そして視界に早回しの光景が流れ、


 ああ……まずいな。


「どうしたの?」


「いや、今から大体20分後に追いつかれる」


「……だろうね」


 彼女も薄々感じていたらしい。


「……んで、抵抗するけど路上で出くわして終わり。でも僕はそうなりたくない。だから……」


 少し迷ったのは、さっき地下の部屋で彼女羽二重リンを振り払い出て行ったのを思い出したから。

 冷静になるとちょっと気まずい。

 でも言う。


「助けてほしい……いや、協力しよう。あの男をために」


 都合のいいことを言ってる自覚はある。


 なるべく、誠意を示すため意図的に目を合わせた。

 やるしかないと分かってるし、本気だと伝えないと、協力してもらえないとも思った。

 

 彼女は昨日と今日で2度、僕を助けてくれたから、ここで手を切られる可能性は薄いという打算もあったけど、それに甘えるべきじゃないとも思う。


 だから、視線と声でなるべく意思を伝えて、


「それは……」


 彼女は確かめるように言葉を紡ぐ。


「あの男をってことで……いいね?」


 その目を見て、気付かされる。

 僕は無意識にあの男をと、曖昧な表現を使っていた。

 貨物列車に意図的に轢かせておきながら。

 多分、この期に及んで言い逃れできない直の人殺しは避けたいと思っている。

 でも、そのという表現を彼女に聞かされ何故か妙に腑に落ちる。


 あの男が僕と彼女を殺しに来る以上、殺すしかない。殺すことでしか生き延びれない。


「殺す……あの男を君と協力して殺す。うん。そうだ。あの男を殺す」


 ここまで意識して「殺す」という表現を使ったのは、これまでの人生で一度もない。

 でも日常的に使っていたかのように意味がしっくりくる。


 いざとなったら躊躇わずあの男を殺せてしまう確信が伴う。


 多分これが『外道者アウトサイダー』の精神構造なのか。


 でも、それでも、


「関係の無い人を巻き込むのは無し。あんなふうに巻き添え考えず乱射するとかね」


 そこだけは念を押す。

 甘っちょろい考えかもしれない。

 自分の命が危ない以上、見ず知らずの他人の命を気にする余裕はないかも知れない。


 でも多分、僕は『外道者アウトサイダー』として中途半端だ。


 だから、そこだけは念を押して


「……わかった」


 少しの逡巡の後に羽二重リンは了承する。

 ひとまず移動しながらあの男を討つ策を練った。

 そのために、まずお互いのできること、所持してる武器を初め、その他情報の共有を進める。


 まずは彼女から


「1つ、君の能力について気づいたことがあるんだけど……」


 そう言われた。


◆◆◆◆


——油断した


 アダム・スミスは要約するとそのようなことを考えていた。

 ひしゃげた列車を貫通し、運転席の硬い床の上に突っ込んだまま寝転がる。

 全身軽い打撲すら無く無傷で、防御は間に合った。


 そして視線をくるりと一周し、その場の様子を伺う。

 貨物列車の先頭の運転席。

 その隅で食い入るように視線を向ける男。

 運転手か。

 驚愕のあまり声を出せずにいる。


 冷や汗を垂れ流しながら、思考をグチャグチャにして、口がワナワナ震えている。


 その様子に特に思うところはなく、アダム・スミスはスクッと立ち上がった。


「あ……え?」


 列車に轢かれ、あろうことか運転席まで突き抜けた男が立ち上がれるはずないと、運転手の男は今更ながら気付く。


 そもそも一目でわかる傷一つない時点で異常なことに気づけないあたり相当な混乱だったが。


 だから、


「うぇっ、うお、だ、大丈夫、ですか?」


 狼狽えうろたえ、うわずりながら声をかける。

 それに機械的に目を向けるアダム・スミス。

 動きはさながらブリキのロボットのように。

 ガラスのように無機的な両眼を前に、上から見下ろされる視線とその状況を前に緊張が走り運転手は、


「あの、だいじょ——」


 同じことを2度言う前に首が飛んだ——とは気付けず死ねたのは、死を意識しながら死ぬよりいくらか幸運か。


 そんな機械的な抹殺をアダム・スミスは行った。


 彼を1つの殺戮機械に例えた時、その機能の一つは彼が属す『殲滅部隊』——表向きには存在しないはずの、その鏖殺おうさつをなす集団の独自倫理に基づく殺しそのもの。


 彼らは常に『現実の守護者』たることを己に課す。


 ここで言う『現実』とは、この世にはなんの神秘も幻想も人の理から外れたものは存在しないという、大多数の認識そのもの。


 ある種退屈とも言える人類の夢見る不変の現実を維持するため、神秘と幻想をその手段として修め、その神秘と幻想の抹殺を是とした二律背反にりつはいはん

 

 であれば目撃者は生かしておけない。

 今、手を下さずとも後からそのような隠蔽が進められるが、ひとまず目につき、速やかに手を下せる相手は消しておいた方がお得。


 あくまでも『殲滅部隊』とは人類という種の味方であって目の前の一個人の味方ではないのだ。


 そして、目撃者を1人抹殺した彼は心の中でひと心地つき、逃走した2匹の化け物へ追跡を始めた。


 といっても彼は目印通りに進むだけ。


 彼に追跡にまつわるちょうは無く、目印は空を舞うカラスや鳩に混ざり、鳥にしては少々目立つアルビノの鷹。


 それと目が合い、案内を開始するように何処かへ飛び立ち、それに遅れを取らないよう、人外じみた脚力で後を追う。 


◆◆◆◆


「ここでいいかな……」


 僕がそう言って確認すると、羽二重リンは少し考えた末、頷いてくれる。


「あまり時間もかけられないし悪くないと思う」


 場所の選定。


 あの、アダムと名乗った男との戦闘に際し、進めたのはそれだった。


 その条件として第一に人気ひとけの無いこと。


 これは、なるべく無関係の人を巻き込みたくない僕の要望を叶えた形になる。


 そして第二にすでに練った作戦に適した場所であること。


 最終的に選んだのはたまたま目についた休館日の図書館。

 その2階は天井がそれほど高く無く、背の高い本棚という障害物がいくつも並び、結果として細い通路が複数並ぶ間取り。

 休館日ゆえに利用者も職員もいない。


 ここで作戦の最終調整を行う。

 その最終調整に時間をかけたかったから近くにこの場所があったのは幸運だった。


「それじゃあ……」


「あのさ」


 羽二重リンが口を挟む。


「なに?」


「本当に私の狙撃に頼るの?あまり自信ないよ」


 狙撃。

 あの男を仕留める策は色々省いて言えば狙撃だった。

 でも高所で視界を確保しての普通の狙撃は防がれることをすでに


 だから、本来ならやる必要がないほど回りくどい狙撃。

 この作戦はそういうものだ。


 そして、射手は羽二重リンが担う。


「銃器に触ったことない僕よりマシだよ。それに狙って撃つってより間近の的を正確なタイミングで撃つ感じだし精度はそんなに問題ないと思う……だから、大丈夫」


 彼女に言って聞かせてるつもりなのに、まるで自分に言い聞かせてる気がした。


 作戦に確率論を持ち込まなきゃいけない時点でその作戦は破綻してると思うけど、正直、この作戦が成功する確率は大目に見て1割と思っている。


 全ては虚勢だ。


 

 

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