終末世界のスペルトリガー

ameria

プロローグ

プロローグ ひとりぼっちの魔法使い

 春の日差しは穏やかでやわらか。優しく包み込むようなあたたかな光は、しかし、全身に黒一色を纏っていれば、いい加減暑くも鬱陶しくも感じてくるものだった。

 緑の森の中、雑草が少しばかり顔を出す、むき出しの土の上。少年は手にした長い杖の先端をかりかりと滑らせて、黙々と一人、地上に線を刻んでいた。


 しゃくしゃくと、名も知らぬ虫が、野花や草木の上で精一杯声を上げている。レモンイエローの蝶達が、俯き、地面に杖を滑らせ続ける少年の視界にちらちらと映り込む。

 目深に被った黒いフードが太陽光線を集めて、じわりと髪の生え際が汗ばんでくる。わずかに額の汗が心地悪くなってきた頃、さわさわと森の木々が涼しげな音を立てて──その音に誘われるように、少年は手を止めると、俯けていた顔を上げた。


 ざぁっ……っと吹き来た風の波は、少年の黒いローブとフードをさらって、その下に隠されていた痩せ細った体をむき出しにしていった。

 くせのある長く黒い前髪の下。少年は世界の眩しさに目を細めた後、両手を広げ、一身に風を受けると、ゆっくりと一つ深呼吸をした。


「……もう、すっかり春だなぁ」


 そうして、春風の中に少しだけ低い声を落として、ささやかな言葉を溶かしていく。

 春めく鮮やかな季節の中、佇む黒は、世界に滲む奇妙な異点。

 けれど異点は今日も杖を手に歩き続ける。

 ひとりぼっちで、それでもこの世界を存続させるために──彼は今日も、〈魔法〉を、綴る。

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