地球万博!

芽福

第1話 宇宙からの使者

その日の夕方、もとに戻りかけていた私の日常は完膚なきまでに破壊された。


「星降みつるさんですね。おめでとう、貴女は地球万博のスタッフに選ばれました」


開口一番、スーツを着た中年おじさんの集団は私の家の玄関で、そんな訳のわからないことを口走った。

「え...は?」

「...あなたは一ヶ月後開催の地球万博のスタッフに選ばれました。詳細はこちらの書類にてご確認下さい」

訳もわからず頭上にはてなマークを浮かべる私に、スーツの使者は同じ事を繰り返す。質問の隙を与えない彼らの言葉に何とか割って入ろうとするも、

「ま、待ってください、それってどういう!」

「私どもにも時間がないのです。それでは、私たちはこれで」

「ちょ、待ってくださいよ!いくらなんでも急すぎ...まっ...!」

彼らは隙を与えず、待っての「て」を言い終わる前に、黒いスーツに身を包んだ使者はさっさと帰っていった。

「嘘でしょ...?あり得ないよ」

地球万博。そういえばそんなことを宇宙人が言っていた。でも、なんで私が?なにもせずここにいるだけの私が、スタッフだなんて。困惑しきった私の心は、地球万博という言葉を初めて聞いた今日の朝に遡っていた。

いつも通り、午前の十時過ぎごろに起きた私は、SNSをチェックしながら歯を磨いていた。何てことはない、いつも通りみんながしっちゃかめっちゃか書きまくっている。でもその様子が、いつもとは明らかに違った。決して少なくないフォロワーが皆、殆どが同じ事を話題に上げていたのだ。どうにも様子がおかしいと思い、検索をかけてみる。するとそれはすぐに私の目に飛び込んできた。全国でなんの誇張もなく億バズワードとなっていたトレンドトピック-、宇宙人来訪。コメント、国内だけで十億件以上。

「えっ......ええええええ?ええ!?」

私はノロノロやっていた歯磨きを爆速で終わらせ、もう一度布団に寝転がって携帯端末を確認した。私の眠りが浅くて、夢でも見ている?いやいや、夢というのは記憶の再構築とかどうとか聞く。少なくとも私は宇宙人なんぞに微塵も興味はないし、小説やマンガよろしくほっぺを軽くひっぱたくなどもしてみたが、夢にしては現実感があまりにも濃い。どうやら、この非日常感溢れるこのトレンドワードは現実らしいとわかり、驚きと興奮が喉元まで込み上げてくるのがわかる。

「どういうこと??一体何が...」

怠惰な生活にいきなり射した、あまりにも強烈すぎる光。私は好奇心の赴くまま、検索をかけにかけまくった。そして、日本の著名なテレビ局が出しているニュースに辿り着く。その動画では信じられないことに、空中から真っ白で真ん丸な未確認飛行物体がやって来て、そこから出てきた宇宙人がなんと都会のど真ん中で街頭スピーチをしていた。CGではないのか?とさんざん言われていたが、いくつもの角度から撮られた映像、無数の目撃証言、そして何よりこのバズり加減。この映像は本物と見て間違いないだろうと、確信した。身長一メートルにも満たない、宇宙服を着て金魚鉢のようなヘルメットをかぶった宇宙人の老人-もちろん地球人では無かったが、容姿や話し方から明らかにそう-が語った内容は、それは驚くほど簡潔で、それでいて衝撃的だった。

「.......ええ、地球人の皆様。突然の来訪をお詫びいたします。自動翻訳機越しの宇宙服越しでご勘弁願いますがね、ええ。わたくし、宇宙連邦の地球担当大臣のねぅろぴまよるゅ####××と申します。よろしくお願いいたします。」

名乗りの部分の発音が、まるで聞き取れない。固有名詞は翻訳されないのだろうと、私は推測した。

「ええ、我々はですね、まだ宇宙連邦に未加入の星に来訪をして、1つだけ要求をしております。これはね、連邦の取り決めで」

周囲のヤジが、なんだ?俺たち、奴隷にでもされるのか?まさか、戦争か?血の気の多そうなやつらが、口々にそう呟き、やがて呟きは怒号へと変わっていく。しかし、宇宙人の老人がさっと手を上げると、一瞬にして彼らの声は鎮まった。マインドコントロールの類いなのかと疑うほど、民衆は彼に釘付けだ。いや実際、本当にマインドがコントロールされているのかもしれないが。老人は柔和な声と顔で続ける。

「...ごほん。我々宇宙連邦からの要求はただ1つ!それは、地球の魅力を宇宙に伝えるイベントを開くことです。この星風に言えばそう。地球万博!」

またもやヤジが、ざわざわと騒ぐ。その波紋が広がる前に、宇宙人は言った。

「期日は、この星の時間単位の基準で今日から一ヶ月後となります。それまで、我々も全力でサポートいたしますので皆様、頑張ってくださいね」

そう言うと老人はさっさと未確認飛行物体の中に帰り、何もかも謎な原理のそれで、空へと飛び立っていった。

「なるほどね...そんなことが」

SNSでもテレビでも、ナントカの専門家だかなんだかが、この事件について語っている。それを見た私は、この盛り上がりが既に冷めはじめていた。こんな時に、なんの意味もない井戸端会議なんて。

「はっ。こんな時に限ってどこそこの事故だとかを放送しないのかよ。どうせ、この騒ぎでいつもより増えてるくせに」

とんでもない当て付けだ。今まで事故で死んだ人にも失礼極まる話。そんなこと、自分でもわかっている。だがこのひねくれた性格が、私に今この時を存分に楽しむ余裕を与えない。

「...今日はなにしよっかな」

埃を被った配信機材たちをちらりと見て、首をふるふると振る。どんなに貧乏に成り下がってもあれだけは離さず、このおんぼろ安アパートにだってやって来た。あれを起動すれば、何人かは、いや、何百人かは確実に来てくれる。その確信はあった。でも。

「私に、戻る資格なんてあるのか」

こんなに埃を被った私を、今さら誰が観て、楽しい、面白いと言ってくれるというのだろう。そんな自己否定の嵐が、自分の中の大切なものを根こそぎ吹き飛ばして行くのを、この二年のあいだずっと、感じていた。配信をやめた最初の頃の心は色んなものに満ちていて、引退したあとだって、なんだってできる気がしていた。でも。そんなことはなくて。

「...テイスター、残ってたかな」

髭とシルクハットを付けた棒人間が奇妙なポーズを取る、円筒に入ったポテトチップス。長年定番の味として、40年以上ずっと愛される存在。ずっと、愛される、存在。

「これくらい、私にだって、描けるし」

負け惜しみだ。絵が書けないからこんなこと言えるんだ。どんどん心が汚くなっていくのに、心の中の汚い部分は嵐に飛ばされず、醜くあがいてしがみついたまま。考えるな、何も。全部余計なこと。現実逃避だ。

「...だる。ゲームしよ」

テイスターのサワークリームオニオンを二、三枚食べ、残りは放置。宇宙人のニュース片手に、通信対戦のゲームをやる。あの頃とは違う名前で。チームを組んでやる、本格銃撃戦を楽しめるバトルロワイヤル。もっとも、最近楽しんだような気はまるでしないが。

「ああくそっ。味方下手くそかよ!!」

現実で周りを飛び交う虫、弱い味方、時に操作ミスをする自分にイラつきながら、私はゲームを進めた。気を使わなければこんなに口が悪くなるものなのかと、私は自分自身に驚いたこともあった。しかし今はなんとも思わない。もうどうだって良いのだ。配信者としての私が心の中にしがみついていたのか、昔のリスナーが居ないかどうかセンサーを張ってもみた。しかしどうやら、いない。もう三年も前のゲームだから、大人気タイトルとはいえ下火なのかもしれない。それとも、リスナーのみんなは、ゲームより私との連携プレイのことを目当てに配信に来てくれてたのかな、なんて。思い上がりだよ、そんなのは。そう思った瞬間、その僅かな小さい感情も、どこかへ吹き飛んだ気がした。そのあとも、適当にコンビニの飯を食い、残ったテイスターを食べきり、捨てようとしたけどごみ袋が一杯だったので捨てられず、たまっていた洗濯物を出そうとして出さず。そしてまた、ゲーム三昧。そんなことを繰り返して過ごしていたら、いつも通りもう夕方。SNSの宇宙人考察はとどまることを知らず、あることないこと書かれまくって、あるSNSはサーバーがダウンした、なんてニュースも流れていた。テレビはというと、かなり久しぶりに視聴率50%越えを叩き出したとかでも話題になっている。でも私には関係のないこと、そう思っていた。宇宙人なんか来たって私の人生変わりやしないと、そう思っていた矢先の事だったのだ。

「お客だ。なんか、頼んでたっけな...はて」

その日。実に一年と数ヵ月ぶりに、宅配以外の理由で自宅のイヤホンがなったのだった。それからの顛末は、私の目の前で繰り広げられた通り。あまりに突然の出来事に唖然とする私の目の前には、スーツの使者からの通達書類が二つほど放置されていた。僅か数分にも満たない、まるで夢のような時間だった。朝、冴えない目で見たトレンドトピックよりはるかに現実感が無い。ドアノブに手をかける寸前まで気にしていた部屋や髪型がぐちゃぐちゃなどということは、些末も些末。実にどうでもよかった。放置されたさまざまな書類の一番上、スーツの使者からの通達は床に散らばった他の紙束より、一段階、いや、数段輝いて見えた。私は接着剤でくっついた封筒の頭に手をかけ、今までの人生のなかで最も丁寧にそれを剥がそうとした。しかし、私のひねくれセンサーが発動し、開封の手を止める。

「これ、詐欺じゃね」

冷静に考えても見れば、二年前に配信活動も引退して、こんなスレた生活を送っているこの私に。

「選定なんて来るわけ無いジャーン!!あほくさっ!」

布団に飛び込んで、ゲームを再開。そこにはでかでかと、「rank down」の文字。

「...」

しばらく無操作だったために薄暗くなったその画面を見つめていると、さっきまであれだけキリキリして、落としたランク元に戻してやる!味方のカス!などとおもっていたが、それにむきになっていたことが不思議と滑稽に思えた。ゲームを放棄し、再び書類のもとへ。

「調べて、みるか」

まずは、添えられていた名刺の連絡先。いくつかの出典を元に調べると、

「ちゃんと、政府のものだ」

とわかった。続いて、宇宙人からの声明。

「なになに?地球万博のスタッフは、完全に地球人任せではなく宇宙連邦側でも選出します、ね」

宇宙人なんざ、なに考えてるかわかんないもんだ。それなら、私がくじ引きかなんかで選ばれたって不思議じゃない。その他も、手紙の住所やらネットの情報やら何やら、裏をとれそうなものは嘗めるように調べ尽くした。有象無象の情報を掻き分けるのは、実に骨が折れる。しかし私は熱中してしまい、政府のお偉いさんが来たときにはギリギリ頭を出していた太陽もいつの間にか地の底に沈み、時刻は11時を回っていた。別に普段ならこれからが本番と言っても良い時間だが、なんだかいつもよりも疲れて、からだが眠たいと叫んでいる。だが、時間をたっぷりかけたぶん確かな収穫がそこにはあった。

「これ、詐欺じゃないわ」

心の底から驚いた。いや、ただ単に私の情報収集能力が無いという、それだけの話なのかもしれない。が、それでも。これなら、私もなにか変われるような。

「仕方ねえ。受けてみるとするか」

あまりの疲れに、厳重に封をされた書類を乱雑に引きちぎろうとしたが私は思い至った。長期戦になった作業のため、現役配信者だったときぶりに飲んだエナジードリンクを捨てるついでに、散らかった床のなかからハサミを探しだす。これにも五分ほどかかり、また少しイライラした。が。

「これから何が始まるんだろう」

私のなかに少しずつ戻ってきたわくわくが、心の床を叩いて、踊っている。そんな感触が、高鳴る心臓から全身を巡る血管を通じて伝わってきたので、イライラはどこかへ飛び去ってしまった。

そして、彼女の認識が及ばない、遠く高い場所から、明かりをつけて作業をするみつるの様子を見つめる怪しい影が2つ、地球人には理解の及ばない言語で、小さな声で話している。

「彼女が、星降みつるですか」

「その通りです。準備はできましたね?」

「しかし。なぜあのような」

「連邦のスーパーコンピューターが選んだのです。決定を信じなさい」

「...。了解です」

そして、透明化していた飛行物体は、音もなく飛び去っていった。





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