俺の召喚体(いもうと)たちが優秀(やり)すぎる!

かみきほりと

落ちこぼれ召喚術士、田舎暮らしで奮闘する

001 おにい……さま?

 日中は少し暑いぐらいだが、日が傾いてくると徐々に肌寒さを感じ始めてくる。

 この辺境の地に流れ着いて早二年、クワを振る姿も少しは板に付いてきたと思っていたが、本物の農夫プロフェッショナルから見れば、まだまだのようで……


「ハルキさんや。そんな調子じゃ、日が暮れっちまうぞ」

「今日はあとここだけなんで……。師匠はもう終わりですか?」

「今は、少し土を寝かさにゃならんからの。またすぐ忙しくなるで」

「その時は言って下さい。いくらでも手伝いますんで」

「ふぉふぉふぉ、ハルキさんは、自分の畑の心配をしにゃあな。じゃあの」


 こんな調子で、師匠のウィル爺さんにも、全くアテにされていなかったりする。

 実際、これまでの収穫物は、形が悪かったり、生育不良だったり、虫や獣に荒らされたりで散々だった。

 多少は貯金があったが、こんな調子では、来年には底を突きそうだ。

 なんとしても、そこそこの収穫物を実らせて、赤字にならないようにしたいところなのだが……




 ボロ家に戻り、耕作指南書の写しとにらめっこする。

 二十四枚しかない心許ない物だが、これでも貴重な資料だ。

 どこかに何かヒントがないか、穴が開くほど見つめる。

 ……とはいえ、少し頑張れば全て暗記できる程度の量なので、いくら見つめたところで新たな発見は出てこない。

 椅子の背もたれに背中を預け、大きく伸びをする。

 

 まいったな……

 立てかけてあった杖を手に取り、床に召喚陣を描く。

 考え事をする時のクセとでも言おうか、かつて召喚術士を目指していた時の名残だった。

 杖の先がなぞった床に、淡い光の線が残る。徐々に空白部分が埋まってきた。

 間違えた……と思ったが、どうせ正確に描いたところで発動しないのだから関係ない。そのまま一気に描き上げる。


「困窮せし生活に終止符を打つべく、我が呼びかけに応えよ! 召喚サモン! ……なんてな」


 ちょっとした冗談だった。出来心にも満たない、遊び心だった。

 まさか、発動するとは思わなかった。だが……

 召喚陣が光り、何かを呼び出してしまった。


「人間……の、女の子?!」


 肩口で切り揃えられたクリーム色の髪、幼さの中に利発さを感じさせる青い瞳、そして白い肌……

 呆然と見ていたが、相手が何もまとっていないことに気づいて、慌ててベッドの上にある薄手の頼りない毛布を少女にかける。


「お名前を教えて頂けますか?」

「俺? ハルキ・ウォーレン」

「私はメイプルと申します。これからよろしくお願いしますね。ハルキお兄さま」

「おにい……さま?」

「はい、そうですよ。今日からメイプルは、ハルキお兄さまの妹です」


 屈託のない、安心しきった笑顔を毛布に埋める。


「ハルキお兄さまの匂い。安心します……」


 毛布をすんすんしている少女を見つめ、俺は一体何を召喚してしまったんだ!? ……と半ばパニックになりながらも、冷静に状況を分析しようと試みる。

 見た目は人でも、俺がアルジで、この子がシモベということには変わりがないだろう。

 アルジはシモベの面倒を見て、シモベはアルジを助ける……そういう間柄だ。

 召喚されたシモベは、死ぬまでアルジに尽くすことになり、アルジの中で眠ることはあっても、送還はできない。つまりは、一蓮托生というわけだ。

 もしかしたら俺、とんでもない事をしてしまったんじゃ……? と、余計に不安が募る。


「えっと、メイプル?」

「はい、ハルキお兄さま」

「キミは、召喚された人間……ってことでいいのか?」

「もちろん、見ての通り、人間ですよ」


 立ち上がると、毛布をなびかせて、クルリと身体を回転させる。

 

「何のために召喚されたか、分かってたりするのか?」

「もちろんですよ。困窮した生活を終わらせて、お兄さまをお救いすればいいのですよね?」

「そう……だけど、できるのか?」

「任せて下さい。まずは現状の把握からですね」


 まだ子供らしい体形とはいえ、毛布一枚で歩き回られたら、反応に困る。


「いや……まずは、服をどうにかするのが先だな」


 不思議そうに小首を傾げて立ち止まったメイプルは、しばらく考え込む。


「あっ、そうですね。ここままでは、動きにくいですからね」


 そういう意味じゃないんだけどな……と思いつつ、ベッドの上に、それほど多くもない衣類を並べる。


「また今度、ちゃんとした服を買ってあげるけど、それまではこの中の物を上手に利用して使ってくれ」

「はい、ありがとうございます」


 もしかしたらメイプルは、あまり器用なほうじゃないのかも知れない。

 サイズがかなり違うのは分かり切っていたことなのだが、自分の身体に合わせて調整するってことを、全くしていなかった。

 肩がはだけ、ズボンが半分ずり落ちた状態で「これでどうですか?」と聞かれても困る。

 袖や裾を折り、バランス良く紐で縛ることで、なんとか体裁を整えてやる。


「お兄さま、すごいです。すごく動きやすくなりました」

「そうか、そりゃ良かった」


 そんな事で褒められても困惑するしかないが……

 なんだか奇妙なことになってしまったと、内心で呟いた。

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