STAGE3-3

 美海との十先特訓が始まって四日が経ち、累計四十戦やって栄太が勝利できた回数はゼロという泣けてくる戦績だった。

 

 美海のアドバイスを受けて対戦相手との駆け引きを意識して立ち回りを考えるようになったのはいいが、正直それがいま栄太を苦しめていた。


 相手の事を考えながら行動するということは想像以上に難しく。

 自身のキャラ操作に集中すると、相手の行動に意識が回らず。

 相手の行動に意識を回すと、自身のキャラ操作がおぼつかなくなる。


 あちらを立てればこちらが立たず、両方を両立するというのは栄太にとってはまだ至難の業だった。

 そもそも頭を使うのはあんまり得意じゃないんだよなぁ。

 なんて弱音を言っても仕方がない。


 不甲斐ない現状脱却のため、土曜日の今日は、学校もないことだし一日みっちりと自主練に励むぞ! と、気合を入れたところまでは良かったが。

 ゲームなんてしてないで外に出ろ! と言う母親の一喝のもと、栄太は外に放り出されてしまっていた。


 もちろん栄太だって抵抗したが、そんなことでどうこうなる母ではない。

 なんせ比喩やたとえではなく、本当に栄太は家の外へ放り出されたのだ。

 高校二年にもなる息子を軽々持ち上げ投げ飛ばすあの怪力は、前世はクマかゴリラかと疑いたくなる。


 なんであれこうなった以上、すぐに帰ったところでまた追い出されるのが落ちだ。

 しかし刻限が迫る中、このまま何もしないわけにも行かない。

 さて、どーしたものかと、無い頭を使って考えていると。

 そういえば、とあることを思い出し、栄太は最寄り駅へと向かい電車に揺られること二十五分と少し、出発した駅から六駅程離れた場所で電車を降りた。


 そこは栄太達の住む町と比べると、いささか都会的な町でカラオケやスポーツ施設、映画などと言ったレジャー施設が多く、この近辺に住む若者達の格好の遊び場となっている。

 暇つぶしにというよりはデートなどと言った、ちょっと気合いを入れて遊びたいときに来る場所。と言いうのが英太の周りでの認識だ。


 そんな場所に何しに来たのかと言えば、別に開き直って遊んでやろうというわけじゃない。

 以前ここへ学友と遊びに来たとき、駅近くのゲームセンターが例のゲームを導入したという、宣伝をしていたことを思い出しそれをプレイするために来たのだ。


 アーケードである以上お金が掛かるが、背に腹は代えられない。出費した分だけ強くなったと思って、許容しよう。

 件のゲームセンターの中に入ると、お目当てのゲーム筐体はすぐに見つかった。人気シリーズなだけ有って、目立つ場所に設置されている。


 一目散にその筐体に向かうと運よく空いていた席に座り、脇に掛けられていた操作説明書を見て技や操作方法が普段プレイしているものと変わらないことを確認する。

 トレーニングモードで軽く流し運転をして、折角だからとオンライン対戦モードをプレイしてみる。


 一時間ほどプレイしてみて対戦戦績は八勝十二敗。勝率ピッタリ四割となんだかパッとしない。

 オンライン上とはいえ八勝もできるようになったことを喜ぶべきか、勝率が五割にも満たなかったことを嘆くべきなのか微妙なところだ。


 本当はもっとプレイしていきたいところだったが、懐が気になってきたし並んでいる人がいないとはいえいつまでも一人でゲームを独占しているのも気が引ける。

 一時間以上外に出ていたのだからさすがに帰っても、もう文句は言われないだろうし続きは家でやろう。

 そう思い席を立とうとした時、ふとはす向かいの筐体が賑やかなのに気が付く。


 そこに置かれたゲームは、栄太がプレイしていたものと同じゲームだったはずだが、その一台に十人ほどの人だかりが出来ていた。

 思い返してみれば栄太がここに座る前からすでに何人か集まっていたような気がしたが、その時よりもさらに人が増えている。

 何かのイベントかと思いながら、野次馬根性でその人だかりの中心を覗きこむ。

 

 そこに戦女神の姿があった。

 彼女はオンラインでの対人戦を行っているようだったが、そのボタン捌きはとてつもなく速く、それでいて一片の無駄もない。

 一秒も経たないスピードで、複雑なコマンド次々と確実に入力していく。


「対空スカしから、着地と同時にスパイラル·バレット始動のコンボをいれて。回避先読んでた、やべ止まんねぇよこれ」


 よほど興が乗っているのか、野次馬の中の一人がそんな実況めいたことを呟く。

 だがそうしたい気持ちも分かる。

 彼女が操るキティは、これがゲームのキャラクターの動きかと、疑いたくなるほどの動きを見せていた。


 蝶の様に舞い蜂のように刺す、というのはある有名なプロボクサーのファイトスタイルを現した言葉だが今目の前にいる彼女の戦いはまさにそれだった。

 自分から積極的に攻め込み相手を翻弄し、わずかな隙も見逃さず鋭い一撃を打ち込んでいく華麗なファイトスタイル。


 だが彼女は、それだけじゃない。

 普通にガードしても問題のない攻撃をあえて紙一重でよけたり。

 普通のコンボでも問題なく削り切れる相手に対して、わざわざ派手な超必殺技を組み込んだ難易度の高いコンボでフィニッシュして見せたり。


 一見するとリスクとリターンが釣り合っていない無駄の多い戦い方。

 しかしここにいる人間は全て、そんな彼女のた戦いに魅せられて固唾を呑んで見守っている。次はどんなすごいことをしてくれるのかとワクワクせずにはいられない。


 ただ勝つだけじゃない。ただ魅せるだけでもない。

 見るものを魅了しその上で勝つ、圧倒的なプレイングだった。


 キィィィンという、金属同士がぶつかるような甲高い音が響いた。

 件のキティが、相手の攻撃をはじき飛ばしたのだ。

「うぉっ、ブロッキング!」


 実況していた、ギャラリーが感歎の声を上げる。

 攻撃を弾かれたその瞬間、相手はキティからの華麗なコンボを食らい、そのまま地に伏し、試合は決着が付いた。


「ブロッキングからのコンボなんて、生で初めて見た。狙ってたんかな? 信じらんねぇ何もんだよ」

 実況さんのテンションが上がる。


 ブロッキングは、英太や美海のプレイするこのゲームに存在するテクニック。

 相手の攻撃がヒットする瞬間ガード入力をすることで、相手の攻撃を防ぐのではなく弾くことが出来る。

 本来ガードをしたさい、コマンドを受け付けない硬直時間が有るのだが、ブロッキングに成功するとそれがなくなるため、即座に行動することが出来る。


 決まれば強力なブロッキングだが。その分タイミングがシビアで、超一流のプレイヤーでさえ、実用的に使う物は極僅かの高等テクニック。

 と、以前練習中に偶然成功してたとき美海に解説された。


「なぁ、今何試合目?」

「今ので、ちょうど八十試合目」

「マジかよ! こりゃ百人切り言っちまうか」


 そんな話し声が、どこからか聞こえてくる。

 アーケードゲームは店側の設定にもよるが、格ゲーは基本的にゲームオーバーさえしなければ、ワンコインでいくらでも遊ぶことが出来る。


 格ゲーの場合ゲームオーバーは勝負の敗北を意味する。

 詰まるところ、彼女はこの筐体でプレイを始めてから、こと八十試合に至るまで。一度も敗北していないと言うことだ。


 次元が違う、もはやそれしか感想が浮かばないほどの圧倒的戦績だ。

 その時プレイしていた彼女――小早川零が一息つくためか、不意に背中が反るほど大きくのびをすると、たまたま彼女の後ろで試合を観戦していた栄太と目が合った。

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