小話(ユノ&フェリス)

 草木も眠る丑三つ時、歓楽通りの一部を除いて街は灯りを消し静けさを保っている。それはロイル一行が泊まる宿屋でも同じはず……だった。


 眠りこけているフェリスのベッドに忍び寄る一つの影。

 それはロイルだった。

 彼はフェリスの肩を揺らし起こしながら、声をおさえて囁く。


「フェリス、フェリス」

「……ぅん、ロイル、か……ぬぁっ!そなた、まさか……っ、マッサージで昂ぶったせいで妾に夜這いを……っ!!」


 ロイルは声を上げたフェリスの口元を手で押さえた。

 フェリスは抵抗して暴れようとするが、次の彼の一言でさーっと顔を青ざめる。


「襲撃だ。逃げるぞ」

「あ、暗殺教団かっ」

「違う。あれは金で方がついたって言ったろ。今回はおそらく賭場で稼ぎすぎたんだ。すまんが、着替えている暇はない。お前のことは俺が運ぶ」


 フェリスの「武力」の低ステータスを鑑みたロイルは彼女をそのまま抱きかかえる。荷物をまとめ終わったシンシアと共に、部屋のドアからではなく、窓から脱出する。もしもの場合に備えて彼らは1階の部屋に泊まっていた。

 宿屋の裏道からシンシアの先導で通りに出る。街の城門へ向けて走り出す。ロイルたちの逃亡に気づいたのだろう、背後から数多くの足音が聞こえてくる。だが、敵は無頼漢のように騒ぎ立てることをしない。ただ「仕事」としてロイルたちの命を狩る、あるいは捕縛するために殺気を向けてくる。その淡々とした様がフェリスをいっそう恐怖させた。


「妾は貴族だ……平民がこれを襲うなんて……」


 ありえない、フェリスの感覚からしたらそうだった。軍ではない平民階級の者が貴族の権威に歯向かうなど、自殺行為である。徹底的に潰され、その責は親類縁者にまで及ぶだろう。だから、フェリスはラタキアでは平気で外を出歩いていたし、賭場を荒らし回っても何ともなかった。この街でも貴族として振る舞っていたため、暗殺教団のような気狂いカルト集団以外で平民に襲われるとは微塵も思っていなかった。


「ここは帝国南部だからな、ははーっお貴族様ーってのが通じるのはラタキアまでってことだ。南は皇帝や貴族に恭順しない敵勢力はごろごろいるぞ。実地で知れてよかったな」

「そなた!なぜ、そうまで余裕なのだ!妾たち、追われておるのだぞ!」

「なぜって、そりゃあ――」


 ロイルは背後をうかがった。釣られてフェリスも彼の肩越しに後ろを見やる。


「ぐえぁっ」


 ちょうどその時、小さな人影が頭上より飛び降りてきて、その勢いのまま敵の一人の首を剣で斬り裂いた。噴き上がる血しぶきには目もくれず、その人影は次の敵に狙いを定め同様に首を切り裂いた。

 人影の正体はユノだった。

 ロイルがこの世界のバグと呼ぶユノの人知を超えた察知力のおかげでロイルたちは敵の包囲網ができ上がる前に宿を脱出できた。その間、ユノは屋根上にいる敵の狙撃手を排除し回っていて、今、合流したところである。ここにさらにクレアとお狐隊がいれば万全だったろうが、同じ帝国軍でも管轄の違う他領の街を刺激しないためには近郊で待機させるしかなかったので致し方ない。


 ユノが動き剣を振るえば、悲鳴と共に敵が倒れ血煙が舞う。月光の下で多勢をものともせず、猛威を振るう様はまさしく鬼神のごときであった。


 ユノは後方の敵を片付けると、ロイルの方へ駆け寄ってくる。


「ひぃっ」


 フェリスが小さな悲鳴を上げてロイルの首にしがみついた。

 ユノがちらっとそちらを見る。フェリスが自分を見る目には覚えがあった。ロイルと出会う前、孤児だった頃に自分を恐怖し「悪魔」と呼んでいた者たちと同じ目だった。だから、ユノは少し残念に思うが、それ以上は気にすることなく、ロイルにぴったりと寄り添った。


 城門にたどり着いたロイルたち一行は馬宿を叩き起こして己の馬車を用意させる一方で、兵士に事情を説明して門を開けてもらう。通常ならできないだろうが、ロイルとシンシアは軍学校出身の士官であり一般兵士は逆らえない。さらにこちらには貴族のフェリスまでいる。門を出る際、ロイルは金を握らせ後始末を頼んだ。


 そして、馬車を走らせ、無事、クレアと合流することができた。

 今はクレアとお狐隊に警戒を任せ、ひと息ついているところである。

 ロイルの膝上に陣取ったユノは朝日が染みるのか、目をしょぼしょぼさせて眠そうだ。


 そこへフェリスが思い詰めた表情でやって来た。

 しばし、うぅっと二の足を踏んでいたが、決心した様子で頭を下げる。


「ユノ、申し訳なかった」


 ユノは何を謝られているか分からず首をかしげる。


「さっき、そなたを恐れる態度を取ってしまった。妾を守ってくれた者に対してあまりに失礼であった。だから、申し訳なかった」

「……気にしないでいい。ユノの力を怖がるのが、ふつう。ロイルがちょっとおかしいだけ」

「ユノさん、なんで唐突にお兄さんはディスられたのかなー?」


 ロイルが茶々を入れるも、フェリスは構わず続ける。


「それだけではない。ユノには大恩がある。ユノは妾の父上の仇であるブラインを討ってくれた。そのことへの感謝もまだ伝えていなかった。感謝している、ありがとう。今の妾には何もないが、この恩は忘れず、必ず報いると誓おう」

「……それも、気にしないでいい。あれはロイルを殺すつもりだった。ユノはロイルの剣。だから、殺しただけ」


 2人の間に沈黙が流れる。

 様子を見守っていたロイルが口を挟む。


「ユノ、フェリスが言いたいことはつまり、もっとユノと仲良くなりたいってことだ」

「……そうなの?」

「そうだぞ。な、フェリス」

「うぇっ、あ、ああ、仲良くできたらいいとは思うが……」

「というわけで、ユーたち、友だちになっちゃいなYO☆」


 ロイルがそう気軽に促すが、ユノとフェリスはお互いをうかがうように見つめ合うのみ。


「あーまどろっこしいなあ。ユノはこんなんだから、フェリスの方から話しかけないと話は進まないぞ。年上だろ?」

「いや、いきなり友だちと言っても、どうしたらよいか……妾、色々あって今まで友だちいたことないし……」

「え……?あ、そうだった。フェリスって貴族学校に落ちたんだった」

「はっきり言うでないっ!」


 羞恥で声を荒げるフェリスを、ロイルはまあまあとなだめる。


「だったら、2人で仮眠でもして来い。寝食を共にすれば仲良くなるって言うし、寝る前に二言三言、喋るだけでいいんじゃないか?」

「それなら妾にも……ならば、ユノ、仮眠に行くぞ」

「……ん、分かった。ロイル、いってくる」

「おう、がんばってなー」


 ロイルに見送られて2人はテントが張られている方へ連れ立っていく。


 そして、テントの中で。


「そういや、ユノはいつもロイルに抱きついて寝ておるな?」

「……ロイル、あったかいから」

「な、なら、こたびは妾に抱きついて寝てもよいぞ?」

「……いい、フェリス、くさい」

「くさ――っ、これは薔薇の香水だっ、いい匂いであろうっ」

「……くさい」

「くさくないっ!!」


 という会話があったとかなかったとか。


 ――友だち――Fin――

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