小話(ユノ&他3人)
ロイルたち一行が追手から逃れるため森の中を進んで数日。
1回襲撃があった以降は追手の音沙汰もないので、そろそろ紅河を渡るべきではないか、という話し合いになった。このまま紅河を上流方向へ進んだところでイリアス帝国の東側の地理的な境界線となっている「白霊山脈」にぶつかるだけである。
そこでロイルたちは渡河できる場所を探すが、なかなか見つからない。紅河は帝国最大の流域面積を持つ川であるから当然、川幅が広く、水深があるため、徒歩や馬車での渡河は困難であった。また、ロイルたちはフェリスの一件で港湾都市ラタキアを外れるルートになってしまっている。通常、渡河はラタキアの渡し船で渡るのが一般的だった。
ともあれ、さらに数日後。
ロイルたちは浮島にかかる石橋を見つけた。どうやら浮島の向こう側にも石橋があるようだった。
ようやく渡れると喜んだのも束の間、石橋の前にあった立て札を見て一行は立ち止まった。
「『このはし、わたるべからず』ね……一休さんかな?」
「ロイルさん!私、分かっちゃいました!この『はし』を渡るな、つまり真ん中を渡ればいいんですよ!」
「だから、一休さんかな?」
ロイルとシンシアが掛け合いをする一方、クレアは顎に手を当てて考え込む。
「しかし、立て札があるということは何か意味があるのではないだろうか。例えばこの橋にはどこかに欠陥があり、渡ると崩壊してしまうとか」
「……ユノたち、川にどっぼーん?」
クレアとユノの話を聞いたフェリスがさっと顔を青ざめる。
「妾は泳げんぞ!幼少の頃、船がひっくり返って溺れかけたことがあったのだ。それ以来、なるだけ川に近づいておらん」
「とても港湾都市出身の姫ユニットのセリフじゃねえなあ。ま、心配するな。この石橋は大丈夫だから。というわけで渡るぞ」
「……ん」
「分かりました」
「了解した」
「ちょっ、ちょっと待たんか!そなたら、なぜそうやすやすと賛同しておる!」
シンシアとクレアは「あー」と声をそろえた後、ロイルの方を見る。
ロイルは不思議そうに首を傾げている。
「俺がこの石橋の『耐久値』を見たからに決まっているだろ?」
「は?『耐久値』?」
「だから、この石橋は『耐久値』が『1000/1000』で壊れる心配はないんだよ」
「……何を言っている?そなた、妾をからかっておるな?」
「なんでそうなる。俺は帝国軍将官だぞ?城門とか、城壁とか、橋とかの『耐久値』が分かるのは常識だろ。分からないで、どうやって攻城戦をするっていうんだ」
「常識?え?え?これ、妾がおかしいのか?」
混乱するフェリスの両肩を、シンシアとクレアがぽんぽんと叩きながら、分かる分かる、といったふうに頷く。
そんなこんながあって。
いざ渡ろうとした時だった。
「おめーら!渡るなって書いてあるだろー!」
浮島の方から幼い少年が石橋を走ってくる。
ロイルたちの前までくると、肩で息をしながら、立て札を指差す。
「ここに!渡るなってあるのに!何で渡ろうとすんだよー!」
「いや、お前、むっちゃ渡ってきたじゃん……」
「ぎくっ」
ロイルの指摘に少年は目を泳がせていたが、しばらくすると観念した様子で話し始める。
なんでも少年の家は代々、ここで渡し船を営んできたそうだ。あまり往来がない場所なので、漁も兼業しながらなんとか生計を立てていた。だが、数年前、石橋が作られてしまい、渡し船ができなくなった。当然、生活も苦しくなった。
「だから、おいら、立て札を立てて渡し船を使ってもらおうとしたんだ……おにーさんたち、騙してごめんなさい……」
素直に頭を下げる少年。
話にうるっときたフェリスは「妾が黄金の匂いがないか見てやろう!」などと少年を励ましている。
だが、他の者は静観している。特に弱き民を守ることが信条のクレアでさえも何も言わず、ロイルの方をちらちらと見ている。
ロイルは少年の頭を上げさせると、嫌々な顔を作りながら。
「で、いくら欲しいんだ、お前」
「もしかして、おにーさん、おいらに恵んでくれるの?でも、タダで貰うわけにはいかないから……そうだ!もうすぐ日暮れだろ?おにーさんたち、おいらの家に泊まっていきなよ!」
「はぁ、逃がす気さらさらないってか」
ロイルはため息をつきつつ、懐から小袋を取り出すと少年の手の上に置く。少年が中身を見ると、そこには金貨が数十枚はあった。明らかに一晩の対価にしては大きすぎる金額であった。
「とりあえず、『100金』だ。これでどうだ?」
「……おにーさん、もしかして、おいらの正体分かってる?」
「足りないか?おら、さらに『100金』くれてやる」
「んー、これだと『依頼取り消し』まではいかないかなー」
「くそったれ。追加で『100金』」
「あはっ、十分だよ、おにーさん。まいどありー」
少年は意気揚々と石橋を引き返す。途中で振り返る。
「せっかくだから、おいらの家に寄っていきなよー!歓迎するよー!」
懐が寒くなったロイルはがっくりと肩を落とした。
「つーわけで、今晩はあいつの家に泊まるぞ。あー、コペル戦の前に金策しないとなあ……」
「ロイルさん、結局、彼は何者だったんですか?」
「ん?ああ、あいつは『暗殺教団』の一味だよ」
暗殺教団。それはイリアス帝国の建国当時から巣食う闇組織だ。暗殺に特化しており、一度依頼があれば、貴族だろうが皇帝だろうが暗殺対象になる。どれだけ返り討ちにしても依頼を成し遂げるまでは止まらない。彼らを唯一止めることができるとしたら、それは人情でも権威でも権力でもなく――金である。
「なるほど、暗殺教団……狙いはフェリスさんでしょうか」
「十中八九そうじゃねえの?ラタキア陥落の実行犯、ブラインのバックにはどっかの貴族がいたらしいし、そこが依頼主なのかもな」
「ロイル殿、本当に泊まるのか?危険ではないだろうか?」
「暗殺教団は根っからの拝金主義者だ。ああして金で解決した以上、大丈夫だろ。『タナトス戦記』でも定番だったしな、金クレクレのクソイベントとして。まあ、最悪、戦闘になったところで、こっちはユノがいるし、なんとかなるだろ」
「……ん、ユノはロイルの剣。ロイルのことは絶対、守る」
「ユノさんー、そこは私も守ってくれると嬉しいんですけどー」
「……しかたない。シンシアもついでに守ってあげる」
「ユノさんー、ありがとー」
「念のため、私も兵士ユニットと共に警戒を強めよう」
和気あいあいと馬車に乗り込もうとしていた一行の中で、一人、状況に取り残されていたフェリスが我に返った。慌ててロイルを問い詰める。
「あ、あああ、暗殺教団とは、あの暗殺教団かっ!?」
「あのってどのだよ。帝国に暗殺教団なんて物騒な闇組織が他にあってたまるか」
「そなた……なぜ、そのようなことがひと目で分かる?」
「そりゃあ、俺が帝国軍将官だからだ。あの子供の所属を見たら、ちゃんと暗殺教団って書いてあったからな。フェリス、いくら勉強ができないとはいえ、これは常識だ。姫ユニットとして知らないと恥ずかしいぞ?お兄さんと一緒にもっと常識の勉強をしような」
「そんな常識、あってたまるかーーーーっ」
叫び、ぜえぜえと息をするフェリスの両肩を、シンシアとクレアがそろって叩く。
「フェリスさん……」
「フェリス殿……」
「「ロイル軍へ、ようこそ!」」
2人はにこやかな笑顔でフェリスを歓迎した。
――ようこそ――Fin――
(作者あとがき)
少し見ない間に、なんかpvが伸びてた。なんで???
星や応援をつけてくださった方々、ありがとうございます。
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