私が訪れた異界の国々

華野 香

プロローグ

 その日は、何てことのない日だった。


 特に何もなく1日中ゴロゴロし、夕方になってから突然、お墓参りに行こうと思った。


 そう言えば今日はお盆の最終日。


 家族や親戚たちは事前に行っていたが、私だけ行かないというのもおかしい。


「お母さ~ん。ちょっとお墓参り行ってくるね」


「いいけど・・・この時間に?明日にでもすれば?」


「うーん・・・明日は友達と出かけるから、早いうちがいいかなって。どうせお線香あげて、手を合わせれば終わるんだから、1時間もかからないよ。マッチとお線香何処だっけ?」


 「そんな考え方じゃあ、ダメよ。弔うなら、もっとちゃんとした気持ちで手を合わせなきゃ・・・玄関の戸棚の中にマッチもお線香もあるわよ」


 包丁を叩きながら、母は言う。


 私はお礼を言って、玄関に向かう。


 その2つをポケットに突っ込み、スニーカーを履いて家を出る。


 外は、夕日で燃えているように真っ赤に染まっており、私の影まで包み込んでしまう。


 自転車に乗るほどの距離でもないので、徒歩で墓地へと向かう。


 道中、お寺の前でふと、近道をしようと思った。


 お寺の奥の部分に墓地へと続く小道があり、そこを通れば大幅なショートカットができるのだ。


 参道の掃き掃除をしていた和尚さんに頭を下げ、小道を進んでいくと、


「・・・え?」


 思わず声が漏れる。


 そこに寂れた雰囲気の墓地はなく、代わりと言っては何だが、言葉に表すことのできないほどの絶景が広がっていた。


 目前には渓谷が広がり、夕日が影をつくっている。


 渓谷の底には森が広がっていて、川が流れているようで、向こうの方に海も見える。


「ここは、一体・・・」


「どうかされましたか?」


 突然の声に驚き、振り返る。


 そこには、頭部に耳を付け、背後に何本もの尻尾を携える若い男性の姿があった。


「どうかされましたか?」


 男は再び聞いてくる。


「あの、ここって・・・?」


 ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。


「ここですか?ここは・・・名前はないのですが・・・強いて言うならば・・・そうですね・・・」


 男は暫く考える仕草をしていたが、


「すみません、判りませんね」


 結局諦めてしまったらしい。


「ところで、あなたは?」


「あ・・・石津朔良いしづさくらです」


 声はまだ震えていた。


「そうですか。では、サクラ。私は・・・本来名などないのですが・・・『九尾の狐』とでも名乗っておきましょう」


 よろしく、といって男、もとい、『九尾の狐』は手を差し出してくる。


「よ、よろしくお願いします」


 私は手を握り返す。


 その手は、温かかった。


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