穴の先は......

「織田軍は、我の城を包囲しておる。どうするべきなのだ。たく、美濃三人衆め、裏切りよって」


龍興たつおき様、落ち着つくのじゃ。稲葉山城は難攻不落の城。織田軍の兵糧が切れるまで耐えるのじゃ」


「そうだな。我を慕ってくれる重臣は、長井道利お主だけだ」


 地面から顔を出して、上を見てみると、男性二人が話し合っている。さっき、龍興という名と長井道利って名前が出てこなかったか?


 利家と無言で顔を合わせる。利家の表情は、焦っていた。俺は、利家の表情を見て、やばい所から、顔を出してしまったこと察した。


「早く元の場所に戻らないと」


 俺と利家は、慌てて出て来た穴の中に戻ろうとする。しかし、二人の体が挟まり抜け出せない。


「道利、なにか声が聞こえぬか?」


「声かの? 確かに、なにか男の声が聞こえるのじゃ」


 やばい、ばれる。早く穴の中に戻らないと。


「リン様! 大丈夫ですか!?」


 次を出るのを待っていたロイが、下から声かけられた。


 ま、待て。大声を出すな。


「あ」


 ふと、上を向いたら話していた男達と目が合った。


「主らは、何者だ?」


「えーと」


「百姓です」


「曲者だー!」


 龍興と呼ばれていた男の声が、稲葉山城内に響いた。俺達は、そのまま斎藤軍に捕まってしまう。


「白状せい。主ら、織田家から来た手の者だろう」


 目の前には、坊主頭で酒を飲んでいる門番がいる。


 俺と利家は、二人揃って縄に縛られ、牢屋に入れられていた。なんとか、カグヤ達は逃げることに成功したようだが、俺と利家は間に合わなかった。


「ただの通りすがりだ」


「ただの通りすがりが、穴を掘って城内に出て来る訳がなかろう」


 門番の尋問ごっこに付き合っている暇なんてない。どうやってここから抜け出せばいいんだ?


「おい、利家どうするのだ?」


「信長様が、作戦を成功させるのを待つのだ」


 隠し通路から、侵入する予定の信長は大丈夫なのだろうか。


「なに、こそこそ話しておる!」


 門番に怒鳴られてしまう。利家にしか聞こえないように会話をしようとするが、この門番が邪魔すぎる。


「なぁ、門番酒なんか飲んでいていいのか?」


「ここは、難攻不落の稲葉山城だぞ? 今川家を返り討ちにして、調子乗っている織田軍なんぞに落ちる城ではないわ!」


 この門番を見る限り、斎藤家の兵は油断しきっているみたいだな。


 信長は、早くことをおこしてくれ。


「そういえば、主君の龍興は何している?」


「さぁな。龍興様は、小心者なところがあるからな。どっしり構えていればいいものも、なにかに怯えているような態度をしておる」


 さっきの会話を思い出す。確かに、片方の男は何かに焦っている様子だった。さっきの会話と門番の証言。間違いなく、さっきの男は斎藤龍興だと確信した。


「まぁ、それも無理ない。祖父は、商人から大名に成り上がった斎藤さいとう道山どうざん。そして、父は浅井家や織田家など数々の大名と渡り合った斎藤さいとう義龍よしたつ。戦国の世で偉大な人物が父と祖父なんだ。龍興自身のプレッシャーもすごいだろうよ」


 偉大な親と祖父が、龍興をあそこまで追い込んでいたのか。その劣等感を周りの家臣に当たって、忠能や美濃三人衆などの裏切りを誘発させたと考えることもできるな。


「そこまでよ」


「ぐおっ!?」


 門番の男は、鈍い声をあげて地面に倒れる。


「桃か」


 桃が、どこからともなく姿を現した。


「ロイ達が、慌てて引き返しているのを見たから、何かと思って城の中に潜入したら」


 桃は、そこまで言うと、ため息を吐く。


「はぁ。織田家の家臣二人が揃って敵に捕まっているのは、なんの事故よ」


「そんことを言わないでくれよ。嬢ちゃん」


 利家は、苦そうな顔をして言う。


「その一人が、私の主人だなんて」


「悪かった。心配をかけないから、助けてくれ」


「っ……心配なんかしてないわよ!」


 桃は、そう言うと俺達の足元にクナイを二本投げた。


「檻は、私が壊しておく。あんた達は、そのクナイで自分達の縄を切っときなさい」


「おぉ、かたじけない」


 利家は、クナイを、なんとかとると自分の縄を少しずつ切り始める。


「ありがとな」


「早く、自分の縄を切りなさい」


 俺もクナイを取り、自分を縛り付けている縄を切っていく。


「牢屋の扉、開いたわよ」


「俺等も、ちょうど自分の縄を切り終えたところだ」


 桃が牢屋の扉を開けたのと同じくらいに、利家と俺は自分の縄を切ることに成功した。


「敵襲だー!」


 外から、おそらく斎藤家の兵であろう男の声が聞こえた。


「信長様が、行動を起こしたみたいだ」


「俺達も早く行こう」


 利家の後に続いて、外に出る。


「やはり、出て来たか」


「お前らは」


「リン知っているのか?」


 黒装束の男が十人近くもいる。初めて日本に来て戦場を見た時、宿場町に泊まった時、二度も襲撃されたら忘れることはない。


「長井道利の直属の暗殺部隊『影』だ」


「こいつらが影、噂しか聞いたことがなかったが、実在していたんだな」


「道利様からの命令で、檻から出てきたら、殺してもいいと言われている」


 影の一人が、そう言うと刀を抜いた。


「利家、リン。あんた達の武器、この建物の中にあったよ」


 桃が、俺と利家に武器を渡した。


「ありがとう嬢ちゃん。これで戦えるな」


「相手は十人か」


「リン。一人につき、五人だな」


「なにを言っているの? 私も戦えるわ」


 俺と利家が話していると、桃も前に出て来る。


「そしたら、一人で三人倒すことになるな。でも、一人あまるぞ」


「そうだな。どうするか」


「三人いるんだし、残りの一人は三等分にしたら?」


「嬢ちゃんの発想力えぐいな」


「いつまで、喋っているんだ! お前ら!」


 影の一人が、怒声をあげるのと同時に、影が十人、一斉に斬りかかってくる。


「おっと、これだと均等に分けられないな」


「そんなこと、言える暇あるか?」


「来るわよ!」


 影との乱戦が始まった。

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