試合後

「しょ、勝負ありー!」


 実況者の声が、闘技場内に響き渡る。しかし、観客たちは静まり返っており、反応ができていない。実際、実況者も、銀次が斬り捨てられてから、しばらく固まっていた。


「な、な……」


 汎秀は、声を発することができていない。顔を見ると、怯え切った顔をしている。


「ひろ、怖かったか?」


「妖怪なら、何回も見て来た。じゃが、あんなおぞましい妖怪は人生で初めてじゃ」


 実際、ネクロマンサ―の戦いを経験した者は、放心状態になることが多い。ネクロマンサ―の戦いは、普通の戦いとは違うからだ。


 さっき、やったように、体から死者を出すこともできるし、地面からも召喚することもできる。墓地での戦いは、ネクロマンサ―ほど、厄介な相手はいないだろう。


「ひろ、少し力を貸してほしい」


「え、うん、なにするのじゃ?」


「あの、滝夜叉姫を郎党に加える」


「任せるのじゃ。え? 今なんて言った?」


「滝夜叉姫を郎党に加える」


「え、えー!?」


 汎秀は、驚きのあまり声をあげた。



 道中、汎秀は『本当にいいのか?』って聞き、『俺を夜中トイレに行かせないようにするつもりじゃな?』と震えた声で言っていた。


「本当に郎党に加えるのかの?」


「あぁ、ここの管理者に会わせてくれ」


「……わかったのじゃ」


 汎秀は、ここの闘技場の関係者であろう人に話しかける。


「わ、わかりました!」


 その人は、頭を下げると走って、どこかに行ってしまった。


「今管理者を呼んだのじゃ。すぐに来ると思う」


 汎秀は、顔を青くして言う。よほど、滝夜叉姫のことが怖いようだ。

 しばらく待つと、奥から小太りな男がやってきた。


「お、お待たせしましたー」


 余程、慌てて来たのだろうか、管理人の額から汗が出ている。


「お久しぶりじゃの」


「これは、汎秀様。お久しぶりでございます」


「今回は、頼みがあって呼んだのだが、時間はあるか?」


「えぇ、大丈夫ですとも」


「頼みは、先ほど出場していた滝夜叉姫がおるじゃろ?」


「えぇ、おりますな」


「うちらにくれぬかの?」


「滝夜叉姫を?」


「うむ」


 管理人は、額の汗を布で取りながら、黙っている。


「汎秀様」


「どうした? 渡してくれるのか?」


「今は、ここの管理人ですが、元々は商人で商いをしていた私です。さすがに、ただで、うちの物をあげるには行きません」


「確かに、そうじゃな」


 汎秀は、黙ってしまう。


 観客が無言になってしまったとは言え、今日の注目試合として出されていた妖怪だ。そんな簡単に、譲ってくれるわけでもないか。下を向いて考えていると、自分の服が目に、はいった。


『確かに見慣れない服だが、素材は一流の物』


 日本に来た時、出会った商人に言われたことを思い出した。


「管理人よ」


「はい、なんでしょう」


「管理人は、元商人だと言っていたな」


「はい。かつては、織田家専属の御用商人として、商いをしていました」


「なら、この服の良さも、わかるのではないか?」


「リン様!?」


「服?」


 ロイは、止めようとしたが、俺は気にせず、着ていた上着を商人に渡す。


「なんと、この生地は!?」


 商人は、触った瞬間に生地の良さに気づいたようだ。


「これは、異国にしか出回っていない生地。しかも、品質は最高品質で間違いない」


 商人は、目を輝かせながら俺の着ていた上着を眺める。


「はっ」


 管理人は、我を取り戻し、俺らの方を見る。


「すみません。つい、商人時代の悪い癖が出てしまいました」


「それで、滝夜叉姫を渡してくれる気になったか?」


「そうですね。確かに、この生地の服は立派です。しかし、滝夜叉姫は、発見して連れて来るのも大変だった妖怪。伝承を頼りに、探して、ようやく、廃寺になった寺の中で、引きこもっていたのを連れて来ました」


「日本の服もくれる条件で、俺の服を上下あげるのは、どうだ?」


 管理人は、考えるしぐさをする。


「わかりました。それで、手を打ちましょう」


「交渉成立だな」


 管理人と握手を交わす。


「では、滝夜叉姫の元へ案内します」


 管理人は、そう言うと歩き出した。


「リン様、本当によろしかったのですか?」


「問題ない」


「王族しか着れない服ですよ?」


「どちらにしろ、着替えるつもりでいたのだ。日本だと、この服は、目立つからな」


「言われてみれば、そうですね。私も、後で着替えたいと思います」


 ロイと話していると、管理人はある部屋の前で立ち止まる。その部屋は、『妖怪部屋』と書かれている。


「リン」


 汎秀は、俺の服を引っ張る。


「どうした、ひろ?」


「俺は、ここで待っていていいか? 心の準備をしとくのじゃ」


「わかった。ここで待っていていいぞ」


 ここには、もう一度戻ってくる。汎秀が、ここにいても問題ないだろう。


「これから、滝夜叉姫の元に行きます。準備はいいですか?」


「あぁ、いつでも大丈夫だ」


 管理人は、俺の返事を聞くと扉を開けて中に入った。俺達も、その後について行く。

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