第23話 意外な獲物


早朝。

日課の小神殿で家族の安寧と眠りを祈って、帰り道に庭を散策した時のことだ。

ふいに小道の脇に続く木立から、ひそひそとおさえた声が聞こえた。


「ねえ、やっぱり本当みたいよ。私のお父さんの友達も見たって……」

「私の姉さんの勤め先でも、見た人がいるらしいわ」

「悲しげな顔をしていらっしゃったって……。きっと、犯人を捕まえてほしいのよ」

「盗賊は皆捕まったって言っていたけど……つまり、その……」


足をとめてちょっと見れば、若いメイド達が庭掃除をしながら、顔を近づけて話をしている。

彼女たちは、私に気がつくとぴたっと話をやめて、森の木立に入っていってしまう。

人に気付かれた妖精みたいだ、と私が思っていると、ウィルが嬉しそうに囁いた。


「ふふ、噂になってる。噂になってる」


木々を見つめるふりして頷きつつ、私は汚れたベンチに腰かけて休憩した。

こうやって朝一番に庭の探索をしておけば、夜中についた汚れも散歩の時についたと思ってもらえるはずだ。

私は、さっきのメイド達がまだ近くにいるのを、ウィルの身振り手振りで確認してから、後ろをついてきていたアメリに大きめの声で話しかける。


「ねえアメリ。そういえばこの間ね、夢の中にお父様が出てきたのよ」

「ランドルフ様が……ですか?」

「うん。寝る前に窓の外を見ていたら、お父様達が眠る小神殿の方に立っていたの。目が覚めたら朝だったけれど、いい夢だったわ」


にこにこと無邪気に笑うふりをして、私はベンチから立ち上がって朝の散策を続ける。

ウィルは嬉しそうに戻ってきて、やったねとばかりに、ぐっと拳を握って顔の横で振った。


「彼女たち、ばっちり聞いてたよ。きっとメイド仲間にあっという間に広めてくれるね」


私はちょっと微笑んで、部屋へ戻ろうと足早に南棟へ向かった。

薄暗い廊下を歩いていると、私の肩の周りで、ウィルがくすくすと意地悪そうに笑う。


「さあて。ひっかかってくれるといいけど」


私は小さく頷いた。


──噂を聞いて、私に接触してくる人物は、おそらくトーラス領襲撃の首謀者に繋がっている。


家族を殺したのが誰であれ、殺したはずの人間が幽霊になって出てきたと大騒ぎになっていれば、気になるに決まっている。

噂の出所を探すだろうし、馬鹿馬鹿しいと思いつつも、本当に幽霊が出ていたらどうしようと不安になるだろう。

不安になった人間は、取り残された一人娘に話を聞きたがる。常連だった酒場の主人に顔を見せているのだから、娘の私にはもっと情報が渡っていると考えて……。


「おお。ユレイアではないか。待っていたぞ」


特に聞きたい訳でもない声で呼び止められて、考え事をしていた私は目をぱちくりして足を止めた。

自室前の廊下でうろうろしていたのは、ずんぐりした丸い腹のショーン大叔父さんだった。

また外出の自慢かと思ってうんざりしたが、今は毎晩外に出られているので、そこまで辛くもない。


「ごきげんよう。よい天気ですね」


面倒ながら挨拶を返して適当に通り過ぎ、自室に戻ろうと思ったが「まてまてまて」と呼び止められて振り返る。

ショーン大伯父さんは、この寒いのに汗をふきふき、小さな目で探るように私を見下ろしていた。


「いやなに、ユレイア。そのう、なんだ。ちょっとしたお茶会に出かけないかね?」


すっとんきょうな「はあ!?」という声をあげたのはウィルで、私の方は小さく口を開けただけだった。

まさか、気合いを入れて待ち構えていたところに、ショーン大伯父さんがひっかかってくるなんて思わなかった。


「私達は、なんだかんだ親戚なのだし。そう、交流をね、深めようと思ってね。何しろ、長い間離れていたし、身分も違うからね。今までのように、誤解があってはいけない」


ショーン大伯父さんは、口元を引きつらせながら、薄い笑いを浮かべてそう言う。

誤解も何も、あれだけのことをしておいて他に解釈しようがあると思っているのだろうか。


「スぺラード伯爵にお許しは頂いているんですか?」

「いや、あー。その、まあ、なんだ。大丈夫さ。うん」


侍女アメリが後ろから低い声で「私は何も伺っておりません」と耳打ちする。


「お気持ちだけ、いただきます」


私は一礼すると、扉の前の護衛騎士に扉を開けてもらった。


「あ、こら待ちなさい。この! こっちが下手に出れば調子に乗って……!」


ぱたん、と扉が閉まると同時に、ショーン大叔父さんの声が遠くなった。

侍女アメリが何事もなかったかのように私のコートを脱がせながら細い声で聞く。


「家庭教師のアルマ先生が、午後からいらっしゃいます。それまではいかがいたしますか?」

「本を読んでいるわ。アメリは続きの間で待っていて。毎朝お散歩に付き合わされて、私よりずっと早起きでしょ? 眠かったら、こっそり寝ていてもいいわ」

「老人は朝が早いものですよ、ユレイアお嬢様」


ふふふと含み笑いをしながら、侍女アメリはコートを洋服棚にしまって、一礼して続きの間に消えていく。

彼女へ手を振って見送ってから、私は慌てて寝台に乗って天幕を閉めた。

ウィルが、聞こえやしないのにひそひそと声を低め「なにあれ!」と囁いた。


「てっきり王弟の部下が、怪しいから取り調べするぞ! とか言って領主屋敷にずかずか入って来るものだと思ってたのになぁ。それか、不自然な新しい使用人とか」


私もこくこくと頷いて深い理解を示した。


「狸さんが黒幕っていうのは……なんだか変な感じがするわね?」


クマのぬいぐるみに向かってひそひそと話せば、ウィルが大きく頷いた。


「うん。僕もあの大叔父夫婦はそこそこ根性悪だと思ってるけど、あんな残酷で大それたことができるとは思えないな。そういうのはもっと、絶対に自分は安全だと確信しているような奴がやるものだよ」

「そうなのよね。大体、狸さん達とはほとんど交流なかったし、特にそんな計画を立てる理由が思いつかないわ」

「そこなんだよね! 理由がない! そもそも、あの大叔父夫妻はユレイアがここに来て困ってる側だもん。事件を起こしていいことなんかないさ。多分、うまいこと将軍伯爵の跡を継いで家門を乗っ取ろうと思ってたんだろうし……そこに突然、家出した長男の娘が現れて、さぞ慌てたと思うよ」

「お祖父様ってば、なんで彼らの事をあのまま放っておくのかしら。あちこち前線に出て忙しいのは知っているけど、あんなの放っておいたら皆からの尊敬も薄れちゃうわ」

「あー、幽霊騒動にかまけてその辺は探ってなかったね。それなりに大きい顔してるのも、やっぱり何かあるのかなぁ……」


ウィルは口をへの字に曲げて「彼らの唐突な反応は気になるね。小物だと思ってたけど」と呆れきって腕組みする。


「うーん……。邪魔な私を秘密でどこかに連れ出して、暗殺とか?」

「わかるけど、でも、そういう大それたこと、あんまり出来る人じゃないよ。まあ。追い詰められてたら、人間って何するかわからないものだけどさ」


既に三回ほど暗殺されている王太子の言葉は重い。

クマのぬいぐるみを抱きしめながら、私は、うーん、と眉をひそめた。


「狸さんが、誰かに騙されてる、とか……?」

「ああ! そっか、黒幕とショーン大叔父さん、今は目的が合致してるんだ!」

「そう。私が邪魔だってところは一緒のはずなのよ」

「なるほど、確かに最近、あの夫婦はあちこちに呼ばれてたもんね。黒幕は、ユレイアは外に出られないから、大叔父さん達を使うことを考えたんだ!」

「と、言うことは……!」


私が顔をきらめかせて腰を浮かせれば、ウィルが力強く頷いた。


「お茶会に行けば、王弟の部下に会える!」


           *


私が使用人に囲まれて昼食を取っている間に、ウィルがこっそり、ショーン大叔父さんに手紙を残した。


『こんにちは、おじさん。

お話したいなら、今夜俺の眠っているベッドの近くに来てよ。

何でも話してあげる。

朝までは一緒にいられないけどね』


私が文面を考え、ウィルが書き記した筆跡は、わざとガタガタ揺らして、いかにも恨みがましい。

机に置きっぱなしにしてあったメモ紙に、走り書きでそう書いてあれば、いくら面の皮が厚いショーン叔父さんでも顔色を変えるだろう。


そのまま何事もなかったように眠りにつくふりをして、しばらく。

明るい半月の昇った頃に、私達はいつも通りに厚着して、お父様達が眠る小神殿の屋根にかがんでいた。


「本当に、来るかなぁ?」


ウィルが不安そうに神殿のまわりをうろつき、戻ってくるなりそう言った。

「大叔父さんは夕食にはいなかったし、大丈夫よ。依頼人に相談してるわ」

「あのお手紙だよ? 幽霊からデートに誘われて困ってても不思議じゃないな」


ウィルの疑いのまなざしに、私はちょっと顔を赤くして口をとがらせた。


「あれでいいの。もしも受け取った相手がお父様の性格を知らなかったら、ただのいたずらだと思うだろうし」

「ユレイアのお父様って、本当にあんな感じなの?」

「そうよ。お父様は、お母様とお付き合いする前は、色んなご令嬢に声をかけては遊び回っているお調子者だったんですって。ずいぶん妬かされたってお母様言ってたもの」

「ユレイアからは想像つかないや。全然、性格は似てないねー」


ウィルが面白そうな顔であっけらかんと肩をすくめた。

彼には悪気がないのだろうが、ひそかにずっと気にしていた事をさらりと言われてちょっと落ち込んだ。


「どうせ私、家族の誰とも似てないもの……」

「え、そう? でもユレイア、お祖父さんとは表情が似てるよ。黙ってしかめっ面してる時とか」

「えっそうなの?」


私はあんな顔をして悩んでいるのだろうか。五歳の顔をしているのにそんな風に思われるだなんて、嬉しいような、嬉しくないような。

私が無言で自分の頬をむにむにしていると、ウィルがごめんごめんと片目をつむって見せた。


「もちろん、ユレイアの方が可愛いよ」

「これでスぺラード伯爵が勝っちゃったら、流石に私ちょっと落ち込むわ」


何がツボに入ったのか、ウィルは「それはそう!」と言うなり腹を抱えてけらけら笑うと、しばらく楽しそうに空中を上下していた。


「楽しそうで何よりだわ」


ため息をつく私の横に、ウィルが笑いの名残を口元に残しながら戻ってきた。

本当は屋根だって壁だってすり抜けられるのに、わざわざ膝を抱えて座り込む。


「これでうまくいったら、幽霊騒動はいったんおしまいかな」

「そうね。上手いこと引っかかってくれればだけど」

「楽しかったな、街に降りて、色々知られて。僕、生きてる時は視察くらいでほとんど王宮から出てなかったから、こういうのすごく新鮮だった」

「そうなの? 所作がすごく優雅だから、もっと色んな経験を積んでるのかと思ってた」


軽く目を開いて隣を見れば、ウィルは照れくさそうに胸に手を当て、完璧としか言い様のない優雅さで礼をした。


「えへへ。これだけはね。でもほら、だって僕、一番長く生きてても、16歳までしかいったことないから」

「えっ! じゃあ前世の私の方が年上じゃない……!」

「あ、そうなんだ! でもその代わり、僕は三回死んでるし……。ねえねえ、ユレイア。もしかしたら僕ら、本当に結構、同じような年かも知れないよ。前はいくつだったの?」

「い、言わない……」


ウィルは、残念そうに、えー、と唇を尖らせたが、紳士なのであっさり諦めてくれた。


「それじゃあ、代わりにユレイアが一番勉強になったなあってこと教えてよ」

「ええ? うーん……そうね」


私は困って親指の爪を撫でた。

一昨日は、ダイヤモンドを主に扱う宝石店に、貴重な妖精の涙が入荷していたのを見た。

たぶん、王弟がトーラス領を開拓し、あちこちに売ったのだろうと思うと、ひどく悔しかった。


昨日の酒場では、トーラス領に素晴らしいエメラルドの鉱脈が見つかったと、宝石商人達が噂しているのも聞いた。

ある西の低い山、その中身はほとんどまるごとエメラルドの塊だったそうだ。

お姉様は、川べりを歩いたら緑の石があったとよく私に贈ってくれていたが、あれはエメラルドの原石だったのだ。

両親が気付いていない訳がないから、きっと理由があってそっとしておいたのに、勝手に掘り返されたかと思うと余計に腹立たしかった。


王弟は、管理を任された途端に、あの思い出深いトーラス領の資産で、好き放題に儲けている。

そう思うたび、腸がどす黒い炎であぶられて、ぐつぐつと煮えるようだ。


でも、そんなことを、隣でにこにこしているウィルに言うのは何だか申し訳ない。

ただの暇つぶしで楽しい話題を望んでいるだけなのだから。

ちょっと考えて、私は無難な方を選んで口にした。


「スペラード伯爵領のドレスに、レースの縁飾りをするのが流行っているでしょう? レース糸が太くて繊細さに欠けるのが気になるわ。トーラス領の黄金の羊の毛なら、もっと細くて繊細で、本物の金細工みたいなレースが作れるのに、って」


お母様が持っていたレースの手袋は、繊細な金細工で腕が飾られているみたいで、本当に綺麗だった。


「あ、服は僕も気になったよ。何しろ、スペラード領で売り買いしている庶民の服、大きい店もあるのに、貴族が贈り合ってるのより全然質が悪いじゃないか!」

「え、そう?」

「そうだよ! ダイヤモンド鉱山を持ってるスペラード領ですらこうなんだから、他の領はどうなってるのか、想像するだけで胸が痛い……」

「結構いいもの着てて身なりがいいなって思ってた……」

「どこと比べて!」

「王都オーブのスラム街。お母様が冬の炊き出しに参加してた時について行ったの」


うわああ、とウィルが心底悲しそうな顔をして頭を抱えた。膝頭に額をつけ、小神殿の屋根の中に腰まで沈み込んでいく。


「そんなに落ち込むこと?」

「落ち込むよ……。この小神殿だってそうだし……。ここにさ、生まれてすぐの小さな子供達が、まとめて眠っているお墓があるじゃないか」

「ああ、あるわね」

「それがすごく沢山で、ああ、こんなに死んじゃってるんだって……」

「トーラス領の領主屋敷にもあったから、どこもそんな物だと思うけど……」


私の励ましは、ウィルを浮上させることは出来なかったようだった。

むしろ、ずるずると更に沈ませてしまい、今や形の良いおでこまでしか屋根の上に出ていない。


「元気出して、ウィル。トーラス領の貧しさも、スペラード領の子供達も、あなたのせいじゃないわ」

「いいや。三回も死んでいるのに何にも出来ていないなら、僕のせいだよ」

「だってまだ、王様にもなれていないでしょう? どうやって何かしろっていうの」


ううう、と呻いたウィルが、ほんのちょっとだけ持ち上がった。

金色の瞳がゆらっと現れて、悲しそうに眉を下げる。


「……僕がちゃんと生きられたら、あの人達全部を、清潔でお腹いっぱいにしてあげたい。……毎日暖かい家で眠って、選び放題の働き口があって、怠け者も働き者もみんな幸せになれる、そういう国にしたい」


私は、ちょっと意外な気持ちでウィルを見た。

心底さみしそうな彼は真剣で、普段のふわふわと地に足のつかない姿はない。

気さくで笑い上戸のウィルばかり見ていたので、こういう顔もするんだ、と何だか心がざわついた。

波立った気持ちを無視するためにも、あえて明るく笑って、私は肩をすくめてみせる。


「せっかく何度も生きられるんだから、もっと自分の幸せを考えたらいいのに。私なんか、自分の復讐しかしてないわ」


ウィルは、ちょっと私を見て、ひそやかに囁く。


「僕の望みは多分、人を助けて救われたい、なんだ」

「助ける側が救われるの?」

「そう。それが王の義務だ」


義務なんだか救いなんだか分からなくて、私は無言で首をかしげた。

ウィルが、するすると戻ってきて私の隣にまた座ると、つまりね、と静かな目で言った。


「王として生まれてこれからも、ずっと贅沢して生きてきたんだ。今だって、特別な力を授かって、こうして何度でもやり直せる。だから、誰かの為に尽くし続けないと……そう。許されない、気がするんだ」

「誰に?」

「さあ?」


ウィルが肩をすくめる。

何度でも生まれ変わって、この国をよくしてやろうと考えている王太子がいるのなら、アウローラ王国は、案外幸せな国なのかも知れない。

そう思いながらも、私は顔をしかめて眉間に皺を寄せた。


「不健康だわ」

「え。幽霊にそれ言う? というか、結構いい事言ったと思ったんだけど……」


頬を掻いて「違ったかなー?」とウィルが苦笑しているけど、知らない。


「前世の頃の私の望みはね。多分、安心して眠りたいだったの。毎日安心して心ゆくまで眠って、気持ちよく目覚めたかった。そうできる人が羨ましくて憎くて、ずっと、そう思っている自分が醜くて嫌だった」


ウィルは意外そうに私を見た。

前世の私がそう良い人生を送ってこれなかったことを察してはいたのだろうが、ここまではっきり言うのは初めてなので、驚いているのかも知れない。


「だったら、やっぱり……僕がこの国の人達を、安心して眠れるように……」

「でも、もう一度生まれて気付いたの。私が愛される家に生まれたのも、生まれなかったのも、ただの偶然だった。偶然なら、謝る必要なんかないわ。私は、今世で家族に愛されたことを、誰かに申し訳なく思って、謝りながら生きていきたくない」


何とか口を挟もうと愛想笑いをしていたウィルが、ちょっと戸惑った顔をして黙った。


「だからウィルも、良い環境で生まれたことを、謝らなくていいと思うの」


ウィルの目が、驚きに見開かれる。

そうすると、もともと大きな金の瞳が、ますますこぼれ落ちそうだ。


「あなたがアウローラ王国を良くしたいと思うのは、ただウィルが優しくて、賢くて、良い王様になる素質があったから。あなたが凄かったからだわ。それでいいじゃない」


ウィルは、何度かゆっくりまばたきをして、それから幸せそうに微笑んだ。


「……それは、君が一人で幸せになる時の話。僕は、僕の肩には、沢山の誰かの命が乗っているから、同じじゃないよ。ずっと、いつだって責任を感じる。それはもう、誰に何を言われても」


私の言葉には心動かされなかったはずなのに、不思議とその目には柔らかい光が宿っていた。


「でも、スペラード将軍伯爵が、君を外に出したくない理由がわかった気がする」


くすくす笑うウィルの頬がふんわり薔薇色に染まっていて綺麗だった。

不思議と、何故だか今はあまり人形には見えない。

生き生きとした、ただの素敵な少年に見える。


「何、どういう理由?」

「きっと君のお祖父様は、ユレイアを外に出したら婚約者が詰めかけちゃうって心配しているんだよ!」


またウィルのおふざけが始まったと思って、私ははいはいと肩をすくめた。


「お祖父様、そんなに私に興味あるかしら」

「あるに決まってるよ!」

「だといいんだけど……」


血が繋がってても、愛されないことはある。

ちゃんと互いを想い、いたわり、親切にした時間がないと、たとえ家族だとしても愛せない。

その上、スぺラード伯爵はお父様と仲が悪かったと聞いている。

家族を殺された子供に哀れみはあるけれど、もしかしたら苦々しい思いで見ているのかも知れない。


「本当に、愛せるのかなぁ……」


なんの気なしに頬杖をついて呟いた時、ウィルが「しっ!」と鋭い声をあげた。


「小神殿に、誰か近づいてくる……!」


獲物が、かかった!


私は慌てて腹ばいになって伏せ、そうっと屋根の上から下を見下ろした。

確かに、屋敷の方から誰かが歩いてくるのが、ゆらゆらと動くランプの灯りでわかった。

私はウィルに目配せで合図をして、小神殿の裏手に降ろしてもらった。


近くでそいつの顔を見て、必要ならば出て行って話をしなければならない。

私達は、小神殿の壁に隠れながら、そっと顔を出した。

ランプを持った人物は、時折立ち止まって、周囲を気にしながら、ゆっくりと小神殿の扉を見上げる。


「あれ……?」


ウィルが戸惑って声をあげる。

私も思わず息を飲んだ。


「お祖父様……?」


小神殿の前で沈痛な顔をしていたのは、スペラード将軍伯爵、その人だった。


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