特装保安隊

ながやん

第1話「静かなる開戦」

 今年の夏は厳しく、9月になっても残暑が続いた。

 ようやく10月も半ばになって涼しくなり、少年は格納庫ハンガーひたいの汗を拭う。訓練の模擬戦で破損した車両を修理中だった。

 名は、真中まなかひふみ。

 今年で16歳になる。

 昼下がりの午後、ひんやりした風につぶやきが溶け消えた。


「まずいな。予備パーツはこれが最後、か」


 ひふみは警察予備隊けいさつよびたいで働く整備士、その見習いだ。

 この国はようやく、敗戦から立ち直りつつある。戦災孤児であるひふみには、それが肌で感じられるだけの過去があった。

 だから今日も、妹と自分を養えるだけの仕事には感謝していた。

 それに、機械いじりは小さな頃から嫌いじゃない。

 しかし、部品が底を尽きては今後の作業もとどこおる。

 さてどうしたものかと腕組み思案していた、その時だった。


「ここにあるのかね、榊原さかきばら君。見せたいものというのは」

「はい。わざわざ御足労ごそくろういただき、ありがとうございます」


 数人の足音と共に、少しだけ格納庫が騒がしくなった。

 ちらりと見たが、背広を着た大人たちが男ばかりざっと5、6人。その中でも、一際目を引くのはひふみの上官だった。

 この基地の責任者でもある美形の青年、榊原志郎さかきばらしろうだ。

 旧帝国陸軍の出身で、若くして今の地位に上り詰めた秀才と聞いている。

 その志郎の声は、低く小さいのによく響く。


「こちらを御覧ください、官房長官。先日完成した初期ロッドのものになります」


 どよめきが起こった。

 秘書らしき大柄な男が、カメラを向けてフラッシュをく。その白い光の中に浮かぶ影に、老人の激怒が響き渡った。

 官房長官というのは確か、政府のとても偉い人だったと記憶している。

 大戦末期からろくに学校に通っていないひふみには、それくらいしかわからない。

 だが、本気の怒りといきどおり、そして混乱の感情は読み取れた。


「なっ、なな、なんだねこれは! どういうことかね、榊原君!」

「見ての通りですが、なにか」


 志郎たちの前に今、一丁の銃が置かれていた。

 先程の発言通り、ようやく国内で生産された最初の一丁である。


御存知ごぞんじありませんか、官房長官。米国、ウィンチェスター社のM1カービンです。正式な手続きを経てライセンス生産されたものですが」

「そんな話をしてるんじゃないっ! 君ぃ、なにをやってるかわかっているのかね!」


 手を止めたひふみの視線の先で、官房長官はブルブルと小刻みに震えている。

 無理もないと思ったし、それが普通で当然の驚きだろう。

 それは、アメリカではごくごくありふれた軍用の小銃だ。今も朝鮮半島で、米兵をはじめ国連軍で広く使われている。戦時中はこの銃を前に倒れた日本兵も多かっただろう。

 M1カービンとは、そういう銃だった。

 だが、官房長官を始めとする男たちの動揺は、そういう話とは次元が違った。


「なにがカービンだ、ライセンス生産? この大砲のどこが銃なんだね!」


 

 工作台にはみ出て置かれたM1カービンは、ざっと4m以上はある。

 通常の5倍のサイズで造られたものだった。

 そして、すでに量産が始まっている。

 大砲とは言いえて妙だ。当然ながら、通常より五倍も大きな弾丸が発射される。それはもう砲弾と呼べるもので、実際の射撃試験では戦車を粉々にする威力が発揮された。

 そう、普通の戦車なら木っ端微塵こっぱみじんである。


「どうしてこんなものを……もう日本は戦争などしない! 武装放棄、兵器を持たんのだ!」

「お言葉ですが官房長官。これはではありません。我々警察予備隊に許された自衛と治安維持のためのでして」

「武器、だと?」

「ええ、ええ。見たままの武器、ただの小銃しょうじゅうです」


 終戦の後、日本には新しい憲法が生まれた。

 それには、真の平和を祈り願って、あらゆる戦争行為を否定する文言がつづられている。決して侵略戦争を行わず、物事の解決に戦争行為を用いない。よって、軍備を持たない。

 ひふみたち警察予備隊は、あくまで最低限の戦力だった。

 勿論もちろん、必要とあらば銃を携行し、それを撃つこともあるだろう。

 そして、例のM1カービンを使うなら、巨人か怪物が必要なのだが。


「ただの、武器……ふ、ふふ、ふははは! 馬鹿も休み休み言いたまえ!」

「残念ながら我々に休んでいる暇などありません。敵は……脅威はもう、動き出しております」

「ええい、そういう話をしてるんじゃない! 榊原君! こんな代物をどう使うというのだ!」

「無論、携行して運び、構えて撃ちます」

「どうやってだ! まったく、馬鹿げてる! どうして総理は予備費をこんなことに」


 ひふみは修理を再開しながら、その一部始終を見ていた。

 よろけた官房長官は、周囲の黒服たちに支えられている。

 そして、露骨にうんざりだと言わんばかりの溜息は志郎だ。その志郎が、ふとこちらを見た。目と目が合って、ひふみは小さく会釈えしゃくする。

 そうして作業を終えたが、それだけではすまなかった。


「なんだ、いたのか真中ひふみ」

「はあ、まあ。これが仕事ですので」

「丁度いい、官房長官閣下にこの銃の運用方法をお見せしたい。頼めるか?」

「それって、断れるんです?」

「質問に質問を返すな、いいからやってくれ。命令ではなくお願いしているのだよ、私は」


 中性的な美貌は端正で、ともすれば整い過ぎて見える。

 そんな志郎に見詰められると、どうしようもなくひふみは弱かった。それというのも、こうしてひふみが生きていられるのも志郎のおかげなのだから。

 終戦直後の混乱期、行き倒れて死ぬはずだったひふみは、志郎に拾われたのである。

 やれやれと肩をすくめつつ、ひふみは準備に取り掛かった。

 丁度、今しがた修理を完了した車両のテストもあった。


「志郎さん……あ、いや、榊原2等警察正ちゅうさ

「いつも通り志郎でいい。その階級はもう不要になるしな。さっさと準備しろ」

「了解、っと」


 すぐに目の前の車両を見上げて、ひふみは操縦席に滑り込んだ。

 分厚ぶあつい強化ガラスの風防を閉めると、そこは密閉されたコクピット。所狭しと計器やスイッチが並ぶが、基本的には二つのペダルといくつかのレバー、そして操縦桿。

 まるで戦闘機のコクピットのようだ。

 丸いハンドルはない。

 それ以前に、特殊工作車とされているがタイヤもなかった。


「エンジン始動、各部チェック……ヨシ。電魂演算球でんこんえんざんきゅう"アラタマ"、接続。――起動」


 

 備わる強靭な両脚で。

 そして、歩く。

 格納庫を微動で震わせ、ズシリ、ズシリと歩く。機械特有の作動音が無数のノイズをかなでて、各関節部の熱でオイルが臭った。

 それでも、ひふみの運転……否、操縦で鋼鉄の巨兵がなめらかに歩く。

 まごうことなきその姿は、人の身を象る巨躯きょくだった。

 絶句するお偉いさんたちを見下ろす位置で、ひふみは機体を停止させる。

 過呼吸寸前の男たちに、ニヤリと笑って志郎はうたい出した。


「お初にお目にかけます。こちらが大戦末期に旧帝国陸軍が開発していた歩行戦車、二〇式特務装脚車フタマルしきとくむそうきゃくしゃチキです。今は法的には、特殊工作車という扱いになっていますがね」


 そう、その車両は人の姿をしていた。

 オレンジとイエローに塗られた、工事用の重機のごときその姿。鋼鉄の四肢はガラス張りのコクピットを中心とする胴体から伸び、その上には人間の頭部に当たるユニットが載せられている。表情どころか目も口もなく、強化ガラスの無貌のっぺらぼうだ。

 まごうことなき人型の機動兵器ロボットだった。

 そして、繊細な操縦でひふみはチキ壱号機いちごうきに工作台の銃を拾わせる。

 M1カービンを構えてみせるその姿は、便宜上は工作機械という建前で造られていた。それがたまたま、製造を許された銃を使用可能というだけの話なのである。法的には兵器ではなく、作業車……よって、平和憲法には抵触しないマシーンなのだ。

 正直ひふみにも、この屁理屈へりくつが通る政治の世界が不可思議だった。


「どうでしょう、官房長官。これをもって我々警察予備隊は……いえ、はすぐに作戦を実行します」

「……例のあれか。しかし、本当にそんなことが現実にあるのかね!」

「失礼ながら官房長官。既にもう奴らは動き出しています。そして、朝鮮戦争の影響で米軍や国連軍はあてになりません。今度も……今度こそ、この国は我々がまもらねばならんのです」


 朗々と冷たく響く志郎の声に、耳慣れぬ言葉を拾った。

 それがまさか、自分たちの新たな組織名だとは夢にも思わぬひふみだった。


「明日、紹和しょうわ27年10月15日の午前0時をもって、我々は保安隊として再編……同時に、特務班とくむはんで目標を各個撃破、殲滅せんめつします」

「……勝てるのかね、榊原君」

「勝てる勝てないの話ではありません。勝たねば今度こそ、日本は滅びる。それだけです」


 こうして、静かに戦いの火蓋ひぶたは切って落とされた。

 国民の誰も知らず、米英や国連も一部の人間しか承知していない……この日本に今、旧大戦の亡霊が蘇ろうとしていることを。

 その片方は、本土決戦用に建造された二〇式特務装脚車チキであり、もう片方はひふみたちが戦う脅威である。今、ようやく主権を回復した日本は滅亡の危機にひんしていた。

 保安隊第零管区隊特務装脚班ほあんたいだいゼロかんくたいとくむそうきゃくはん、通称『特装班とくそうはん』の戦いが始まる。

 全ての国民を守り、救われたとすら知られずに闇から闇へと影の中。

 決して歴史に残らぬ、故国存亡を賭けた戦後の戦争が開戦した瞬間だった。

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