第2話 莉奈との昔の話

「おい! 何事だ! ここで膨大な魔力反応があったぞ!」


 体に魔力器官が生れた俺の魔力に反応したようで、工房に飛び込んできたのは萬田まんだ 影虎かげとらである。


「刀剣部隊隊長の萬田さん直々にきたんですね」


「隊長……」


 傍にいた莉奈が悲しそうに萬田さんを見上げている。


「この方は?」


 目を細めて莉奈を見下ろしている萬田さん。意識はしていないのかもしれないが、威圧感がある。莉奈も少し後ずさってしまう。


「天地の妻の莉奈です。天地の部隊が全滅したことは先程ききました。莉奈は俺の幼馴染なんです」


 突然萬田さんは頭を下げた。


「この度はすまなかったな。天地のパーティであれば大丈夫だと思ったんだがなぁ」


「いえ。仕方のないことだと思っていますから。魔人であり、ジスパーダに所属する限りは……」


 俯いてそう吐露する莉奈の立っている床は涙で濡れていた。

 そこでハッと顔を上げる萬田さん。


「もしや、奥さんも魔人でいらっしゃるんですか?」


 気の利いた言葉を言うのかと思えば、言い放った言葉は自分の目的であった。


「い、いえ。違います。それなら────」


「────俺ですよ。萬田さん。俺の体内に魔力器官が発生しました」


 目を見張ってこちらをみる。


じんが!?」


「はい。そして思い出しました。俺は異世界に召喚され、一人生を全うした記憶を持っています」


 そう暴露すると、カウンターに身を乗り出した。


「なに!? だとすると、異世界化の謎がわかるのか!?」


「いえ。それに関してはわかりません」


 そう言って首を振る。

 俺は異世界で魔王を倒した記憶はあるんだ。だが、この現代で起きている異世界化についてはわからない。それが不思議でしょうがない。


 知らないという事は現代に戻るまでのタイムラグの間になにかがあったということ。現代に戻す際、神が時系列は召喚した時代と同じ時代、同じ時間にすると言っていたはずだ。


「そうか。異世界で何をしたんだ?」


「魔王と呼ばれる悪の象徴を抹殺しました」


「なんと! 凄いじゃないか! なら、ジスパーダの力になるな!」


 記憶を封印していたのは俺がもう戦いから身を引きたいと言ったからだった。だが、秀人の死を聞いた時に自ら戦いたいと願ってしまった。それで封印が解かれたのだろう。


「戦えるんだろう?」


「今の身体で戦えるかはわかりません。動いてみないことには。それに、総長へご報告に行かないといけません」


 そう言い放つと顔を強張らせて頷いた。


「そうだな。まずは武岩むがん総長へ報告してからだな!」


 コクリと頷くと萬田さんは出て行った。


(俺、萬田さんは偉そうだからあんまり好きじゃないんだよなぁ。総長への挨拶は明日でいいか。今日は莉奈をフォローしないとな)


「今日はもう仕事が終わりだ。一緒に帰るか。 あっ、佳奈かなはどうした?」


 すると莉奈は首を振った。


「佳奈はお母さんとこに置いて来たから大丈夫。いきなりパパが死んだなんて知ったらショックだろうし」


 佳奈は秀人にベッタリだったから、これからのことが心配だな。精神的にも支えてあげないとおかしくなるかもしれない。だが、それは莉奈も一緒だろう。


「莉奈も、まともな状態じゃないだろう?」


「そりゃそうだけど……」


「はぁ。お前は昔からそうだ。自分が無理な時でも笑顔で誤魔化そうとする。俺相手に無理する事ねぇだろう?」


 少し呆れの混ざった声でそう言ってしまった。

 それに反応した莉奈の顔は不機嫌そうに一瞬歪む。だが、今度は涙を溜めてこちらを向いた。


「ひでちゃんが……。ひでちゃんが……うぅ」


 前のめりに腰を折る莉奈をカウンターからでて受け止める。

 我慢していたんだろう。

 コイツは昔から我慢強い。


 心の支えであった秀人を失ったことで心を強く保てなくなったのだろうと思う。

 秀人は俺にとっても心の支えとなっていたのだ。それがなくなったことで封印を解いてしまった。封印を解いた以上は全力で仇を取るつもりだ。


「つらかったな。よく我慢した。今は心を休めるんだ。弱音を吐いたっていい。佳奈に弱い所を見せないようにしているんだろうが、今回ばっかりは見せてもいいと思うぞ?」


「……そうかな?」


「そうだ。一緒に悲しめばいいじゃないか。莉奈ばっかり強くいる必要はないさ。秀人のことを告げる時は俺も同席しよう」


「うん」


 いつもの快活な莉奈は影を潜め、暗い雰囲気で俯いている。


「送っていく。帰ろう」


 頷いたのを確認すると工房にいた後輩へ帰ることを告げるとジスパーダ中央基地の外へと一緒に歩を進めた。

 泣き止んだようで鼻をすする音は聞こえなくなっていた。


「なんか懐かしいね?」


「そうか?」


「昔はさ、よく一緒に帰ってたじゃん?」


「小学校の頃の話だろ?」


 幼馴染だからという理由だったか、俺が莉奈を好きだったからか。理由は思い出せないが、よく一緒に帰っていたのを覚えている。あの頃は四六時中一緒に居た。


 秀人が転校してきたのは中学校の頃だったか。最初は秀人がいけ好かなかった。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能。文武両道を貫いているような男だった。


 対して俺は彫りの深い強面の顔で運動、勉強もそこそこだったから。


「そうだね。中学に入ってからはひでちゃんといたし」


 俺が秀人と仲が良くなったのは、中学を卒業して高校に進学してから引き抜かれてジスパーダ養成学校に行ってからだった。

 この高校に進学してすぐに異世界へと召喚されて、あっちで一生を終えてから戻ってきたのだ。


「だな。俺が秀人と仲良くなったのはジスパーダに入ってからだ」


「そうだったね。……あっ。着いた」

 

 話していたらあっという間に莉奈の家についてしまった。


「ゆっくり休め。じゃあな」


「おやすみ。今日はありがとう」


 その時の莉奈の笑顔は雨上がりの太陽のようだった。

 

(少しは楽になったならいいんだが)

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