モルテヴィタ

大神律

部活動勧誘編

第1話 ストーカー看板娘

紫色の空の下。スタジアムはたくさんの歓声が輝き、声援で燃え上がっていた。

緑の芝生には十一人の青い戦士と11人の赤い戦士が激しく体をぶつけあい、ボールを奪い合っている。

「後半アディショナルタイム残り2分、すさまじい攻防が続いています!」

舞台はワールドカップ決勝。

得点は1-1。

「おっと佐野!」

センターライン手前、佐野がボールを奪って走り出す。

赤い戦士が佐野を囲もうとするが、華麗にかわす。

「ここでパス!」

一人、二人、三人を抜いてロングパス。

場所は左サイド奥。

「伊野だ!」

ボールを受け取ったのは伊野。

日本のエース。

ゴールに向かって走る。

「おっとヲレスが来る!」

相手はリーグ最強のディフェンダー。

だが伊野はビビらない。

日の丸を掲げた声援がスタジアムを覆う。

「伊野速い!速い!」

このスピード、ヲレスはついてこられない。

ゴールは目前。

ここで決めるぞ。

「うおおおおおおおおおおおおお!」

「…ずいぶん元気だな。」

「あ。」

白い記号の描かれた黒板。

その前に四角い眼鏡、その奥に厳つい顔。

くすくす笑いながらクラスメイトが俺を見上げる。

またやってしまった。

「いいから座りなさい。」

「はい。」

袖で涎を拭きながら座る。


ワールドカップの舞台での決勝ゴールを決める。

それが俺の夢。

昨日挫折した夢。

「…で…ということになって…」

今日はいい天気だな。

窓に映る空には雲一つない。

それなのにどうしてだろう。

「…このようなことが起こって…」

足が痛い。

こうなったのも昨日の出来事があったから。

「だが日本が国防兵器、天照を開発したから…」

バスケ部に行って挫折した俺は昨日、サッカー部の仮入部に足を運んだ。

すぐにボールを蹴れると思ったら走り込みばっか。

「それで戦争が無くなったんだ…」

しかも転んで怪我した。

サッカー何が楽しいんだろう。

「って聞いてるのか伊野。」

これも想定内、俺は黒板の字を読んで答える。

「はい、桶狭間の戦いです。」

「違うぞ、寝ぼけてるのか?」

まさかここまでとはな。

あの教師、曲者だ。

俺は教師を敬いながら外で走っている女子たちを見て時間をつぶした。


放課後の鐘が鳴る。

クラスメイトの若造たちはウキウキしながら散らばっていく。

高校に入って一週間、すでに夢はすべて途絶えた。

こうなれば家に帰って漫画を読むしかない。

俺はスカスカのカバンを抱えて教室を出る。

「あのゲームやってるー?」

「まだ始めたばっかだけどやってるよー」

廊下を歩けばこんな感じの会話ばかりだ。

最近流行っているのは動物みたいなものをボールに捕まえるゲームらしい。

しかも捕まえた動物同士を戦わせるだなんて、虐待じゃないのか。

これだからゲームはくだらない。

「あそこのケーキ食べに行かない?」

「いいねーいこいこー」

階段を下ればこんな話ばかりだ。

駅前にできた新しいカフェのケーキが美味いと女子の間で話題らしい。

そんなものばっかり食べといて太ったとか言ってなにがしたいんだ。

しかも対して美味しくなかったぞ。

「VR部入らないー?」

「…」

昇降口でもこんな話ばかりだ。

VR部なんて…VR部?

なんだそれ。

「ねえーそこの人、VR部入らないー?」

「…」

昇降口の入り口前、少し可愛い女の子が意味の分からない看板を抱えながら大きな声で勧誘しているみたいだ。

大変だな。

革靴履いて外に出た。

「ねえ~そこの人~、VR部入らない~?」

「…」

たった一人で部活の勧誘。

本当に大変だな。

看板娘の横を素通りする。

「ねえ~」

部活もういいな。

そうだ、バイトするか。

駅前に新しいケーキ屋ができたらしい。

「ねえ~そこの人~?」

確かそこでアルバイト募集してたな。

女子もたくさん来るところだからむさ苦しくなくていいや。

「ねえ~?」

それにしても校門前まで来ても聞こえるくらいの大声、あの子頑張ってるな。

離れるほど声が大きくなっている気がする。

「そこの人~?」

でもそんなことあるのか。

いや今の時代、怪奇現象があってもおかしくないしな。

「VR部入りませんか!!」

耳にダイレクトな大声。

思わず振り返る。

「うるさいって!痛い!」

顔面が何か固いものにぶつかった。

結構硬い看板。

「あ、すいません。VR部入りますか?」

謝るつもりがない気がする。

なぜか目を輝かせている女の子、背は大分小さい。

「いや、結構です。」

ここまで追いかけて来られたって入部するわけないだろ。

きっぱりと断る。

そして俺は颯爽と回れ右して歩き出す。

「痛い!」

またしても顔面を。

やっぱりこの看板、硬い。

「そんなこと言わずに、仮入部だけでも!」

さっきまで目の前にいた看板娘が後ろ向いたらまた目の前に看板娘が。

自分でも何を言ってるかわからないほど看板娘は速かった。

「いや、結構です。」

それ以上に俺の返答も速い。

看板をどけて俺は自宅への道をただひたすら進む。

「危な!」

少し歩いて今度は横から看板が現れた。

危うく看板の角が頭に刺さるところだったぞ。

「VR面白いですよ?やってみません?」

なんでこんなにしつこい。

何気に看板重そうだし、筋力結構ありそうだな。

「いや、お断りします。」

だからと言って何も変わらない。

熱意なんてものは昨日消えたのだ。

「…」

この後も勧誘してくると思って警戒していたが、学校から少し歩いたところにある横断歩道を渡ったくらいから声はしなかった。

あそこまで部活熱心な人もいるのか。

でももう部活はこりごりだ。


学校のチャイムで目を開く。

時計は12時30分、まだ昼休みか。

早く家に帰りたい。

そう思いながら俺はスカスカのカバンの中に辛うじて存在する弁当を机の上に出した。

「おーい、伊野!飯食おうぜー!お前ボールな!」

わけのわからないことを言って空いた前の席にやってきたのは大野。

「お前はなんなんだ?」

「俺はゴールキーパー。」

大野はいわば腐れ縁、小学生からの同級生だ。

アホなことを言っているわりに勉強ができるという変な奴。

「なぁなぁ、お前彼女いるの?」

「はぇ?」

弁当の蓋が飛んで行った。

「なんで?いないけど。」

「あれ?」

びっくりして箸を止める大野。

「昨日もあの小さい女の子と歩いてたじゃん?」

「…」

ああ、そういうことか。

唐揚げを箸でつかんだ大野。

「あれは彼女じゃなくてストーカーだ。」

「!?」

唐揚げが宙に舞った。

「ああ!から揚げが!あぶね!」

大野は床に接地する寸前で唐揚げを箸でつかんだ。

「ってストーカー?」

「そうだよ。」

あの看板娘に初めて勧誘されてから四日。

俺は毎日追い回されていた。

一日目は昇降口の下駄箱前にいて。

二日目は階段前に待っていて。

昨日はこの教室の前で看板もって立ってた。

「大変だなぁ。」

大野は同情したふりしてニンジンを俺の弁当箱に入れた。

「はぁ…本当にそう思ってるならどうにかしてくれよ。」

「そういわれてもな。なんでお前をストーカー?趣味悪いなー。」

こっそりと俺の弁当箱にあった分のニンジンも大野の弁当箱に入れてやった。

「でも結構かわいい子じゃない?ありじゃないのか?」

「お前ならそうするのか?」

「…しな…する。」

こいつを勧誘すればいいのではないのか。

そうだ、その手があったか。

「よし、行くぞ。」

「え?なに?え?」

俺は弁当片手に戸惑っている大野を引っ張ってあの看板娘のいる教室に走りだした。


階段を二つ上って右に曲がって奥から二つ目。

3年B組。たしかここだ。

廊下から教室の中にいるであろうあの娘を探す。

「いないな。」

「えー?」

どこにもいない。

間違えたか。

「あ!」

後ろからの声に自然と体が震えた。

「やっとその気になってくれたんですかー。」

娘は自慢げに頷いている。

「いや、違う。話があってきた。」

「え?」

「えー?」

なぜか大野も疑問を呈しているが、無視だ。

「この大野がVR部入るから見逃してくれ。」

「え?どゆこと?」

俺は親友を犠牲にする決断をした。

でも大丈夫だ、犠牲にされても何も言わないのが親友。

走れメロスでもだいたいそうだった気がする。

「いや、無理だぞ。」

「は?」

「俺テニス部だって言ったじゃん。」

「は?VR部と掛け持ちしろよ。」

「え?」

小学校からの親友が今まで見たことない顔で俺を見つめる。

だが俺は目を逸らさない。

犠牲になれ。

「あの…掛け持ちは無理です。ごめんなさい。」

「あ、はい。」

「まじか。」

終わった。

俺はこの看板娘に追いかけながら一年過ごすのか。

不登校なるか。

絶望している俺に対して親友であったはずの大野がゲス笑いしている。

俺も今までないくらいの顔であいつを見ているだろう。

「まーかわいそうだし、一回だけ入ってみたらどうだよ。伊野君。」

たぶん走らないメロスは処刑される運命だったんだ。

俺はこうせざる終えないのか。

「ほんとですか!」

ここまで走っておいて俺は敵を増やしただけだった。

大野、お前は敵だ。

「その代わり看板先輩はそれで伊野君が入部しなくても追いかけちゃいけないということで。」

「そ、それはもちろんですよ…」

やつれた顔をしている看板先輩。

そして大野、お前はやっぱりクラスメイトだ。

「それでいいよな?」

「わかった。」

こうして三年B組平和条約が締結された。

あるいは伊野不可侵条約か。

「じゃあ放課後、デジタル室に来てください。」

「はい。」

デジタル室ってどこだっけ。

入学したばっかでわかんね。



――――後書き――――

あとがきって後書きじゃなくてあとがきだね。

しばらく後書きです。


この作品のタグにSFとあるのは伏線です。

まぁ舞台は未来なのが大きいけど。あとで結構重要になるよ。


あとは現代ファンタジーのジャンルだけど、本当はVRMMO×青春×SFです。一番近いのは現代ファンタジー?


もっと適切なジャンルあったら教えてください。

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