宇宙人撲殺ガールの夢

朝霞 はるばる

第1話 ゲロと挫折

 行く当てもなく、人通りのない住宅街を歩いていた。

 街灯は少なく、辺りは薄暗い。


 こんな夜は、きっと月や星なんかが綺麗に見えるのだろう。

 11月も半ばになり、空気も澄んでいる。


 なのに私は、這いつくばってアスファルトを睨みつけていた。


「うぉおええええええええ……」


 汚い声とともに、さっき食べた焼き鳥やら何やらを吐き散らす。

 額を冷や汗が伝い、喉は胃液でヒリヒリしていた。


「はぁ……はぁ……」


 一通り腹の中のものを吐き出すと、ほんの少しだけ気持ち悪さが治まった気がした。


(完全に飲み過ぎた……くそぅ……)


 買った記憶のないミネラルウォーターで喉を洗いながしながら後悔する。

 普段呑まないせいか、加減を間違えてしまった。


 頭は痛むし、記憶も飛んでいる。


「私……なんでこんなところにいるんだっけ……」


 ぼやきながらアスファルトに寝そべる。人目は気にしない。

 酔って火照った体に、冷えた路面が気持ち良かった。


 この一帯は"南星"という地域らしい。


 昔、UMAが流行っていた頃に「宇宙人の町」とか言って町おこしをしていたのは覚えている。

 なんでも、宇宙人のミイラが発見されたとか。


 たぶんテレビ局のやらせか何かだろう。


 そんなどうでも良いようなことを考えながら夜風に当たっていると、次第に意識がはっきりとしてくる。


「……あ」


 道路に落ちていた一冊の文庫本が目に留まる。

 ページは皺だらけになって、表紙まで折れていた。そのくせ「映画化決定!」とか書いてある帯は健在だ。


 会社の帰りに買ったものだった。

 鞄に入れていたはずだが、落としてしまったのだろう。それを拾い上げる。


「そうだった……」


 冴えてきた頭が、飛んでいた記憶の糸をたどり始める。

 私がここにいるのは、こいつのせいだった。




 ******




 私はずっと、小説家になりたかった。


 同世代の仲間と競うように物語を書いては、ああでもないこうでもないと互いの作品にアドバイスし合い、投稿サイトや新人賞に投稿していた。


 大学1年生の頃には出版社に目を付けられ、新人作家を集めた短編集に掲載されたこともあった。

 それくらい私は本気だった。


 だけど私は夢を諦めた。


 短編集以降、何も成果を残せず。

 周りが才能を開花させていく毎に焦りは募り、遂には何も書けなくなってしまった。

 

 だけど、未練は断ち切れない。

 それは就職して1年が経った今でも、だ。


 私はただ漫然と日々を過ごしていた。

 

 夢への未練を引きずったまま、他に生きる意味も見いだせず。

 今の仕事にやりがいを感じることもないまま。


 こんな空虚な日常なんて、いっそ壊してやりたいと思う時もある。

 ただ、それも思うだけだ。そんなことをするための勇気も気力も、今の私にはない。

 ただ流されながら生きることしかできない。


 そんな中、あの本を見つけた。

 著者は、私がかつて所属していた物書きコミュニティにいた1人だ。


 少し見ないうちに、人気作家になっていた。


 ほんの4年前は同じ場所にいたはずなのに、こんなにも差が開いてしまったのだ。


 夢を諦めたのは自分だ。

 それはわかっている。


 それでも彼女の本を見たとき、どうしようもないくらいに溢れ出してきた。

 羨望や嫉妬みたいなドス黒い感情。そして、未練を断ち切ることのできない自分への自己嫌悪が。


 居酒屋へ駆け込み、全部アルコールで飲み下そうとした。

 そこで記憶が飛んだ。


 そして気が付いた私は、縁もゆかりもない街の路上でゲロを吐いていたのだ。

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