間話 北の海

 天蓋から抜ける光が中心のわたくしに反射する。

 それが更に壁床を彩る黒水晶モリオンに反射して玉座を輝かせる。

 

「そうだ」

 

 その玉座で灯璽とうじさまは前魔王が座っていた場所。くつろぎひとり思い立ち呟く。

 わたくしも数週間前のあの一件のあとゆったり幽閉されていたこの泉にて灯璽さまを眺めていた。

 どうやらアゼルは生死不明。住人はほぼ退避したらしい。

 その城も商人として一緒に入った魔物たちが復興している。わたくしが故意なくしたこと。それが曲がりなりにも灯璽さまの領地となった。あの景色とまたあの崖の祠の守役に会ってみたいので今から楽しみにしている。

 

 そうして一通りの報告を聞き終わっての現在。

 午睡ごすいから目が覚めてお互いゆったりけだるさを嗜んでいる時の事。


 

 王座に座る灯璽さまは絵になるとはいえ外装は元のまま鬼哭啾啾。

 更には魔物を侍らす灯璽さま。

 流石のわたくしも魔王と言われるせいはこれなのではと諫言したくなってしまう。

 

 ――もし会話出来たらリフォームはわたくしが主として動かなくては……。

 あれ? 住む家を二人で話し合うなんてもしかして夫婦というものでは?!

 いやいや、先に御礼言わなくちゃ。



 きゃっきゃ一人で楽しんでいると、灯璽さまも何かを悩んでいた。灯璽さま自身まだ『わたくし』がいると言う確定ができないのか否か独り言を呟く。


「精霊の可能性があるなら神殿などに行けば加護を受ける時精霊の声が聞こえるらしいな。現に祠に行ったとき聞こえたしな。確かにあの祠はかわいい……か?」


 あのアゼルの一件で随分距離が縮まったとはいえ灯璽さまはわたくしの声が聴きたいらしい。

 

 ――聞こえた、とは……。


 祠に行ったとき……? 可愛らしい……。

 あ! あの時アゼルの気配がしたから振り向いたのではなく、わたくしの声が聞こえたから振り向いたということ……!??

 

 既に聞こえていたこと。

 再び聞こうとしていること。

 

 本来のわたくし。

 水の精霊の本拠地は水の都というところらしい。しかしとても遠いので小さな祠でも聞こえたからもう一度試そうということだろう。

 

 そのすべてがとてもうれしく、今いる泉が沸騰するのではと堪える。しかし抑えようにもどうしようもなくぐつぐつと煮えたぎっていき、お風呂となって沸く始末。

 ほかほかと湯気が揺蕩う泉と化した。

 

 その現象により存在することが確定したのを見てふっと笑う灯璽さま。

 それを治めようと四苦八苦していると灯璽さまはお湯となったその水に足元を入れ始めた。どうやら足湯として利用されるらしい。

 

「!」とわたくしはその行動に驚きつつ灯璽さまを受け入れる。

 泉の中に入ってくる足を撫でるようにわたくしは包み込む。気持ちよさそうにまったりする灯璽さまを見て結果オーライだと思いにやつくわたくし。


「……確か魔王が統治していたこの地にも小さな祠くらいあったはず。それで行けるのかはわからないが、行くか」

「は、はい!」


 きっと聞こえはしないだろうけれど灯璽さまも聞いているのかわたくしがいるのか分からない状態。それでも伝えてくれる事、それがうれしくなる。その気持ちに応えわたくしは返事をした。

 灯璽さまは再び考え事をし始める。


「この地の主は俺だが末端の者はわからないだろうし、魔物がうようよしていることと人間のことを快く思わないものもいると考えると……」

 


 

 そう呟きつつ立ち上がり宝物庫に行く。

 ここには灯璽さまが功績で貰った金貨はもちろん。前統治者である魔王の遺産がたんまりある。正直今後のお金も灯璽さまが働かずとも売れば賄っていける程度にはあるかもしれないそう思いながらわたくしはウロウロする。


 また、武器や鎧なんかもおいてありその中の漆黒の鎧のところで立ち止まった。

「これでいいか」とそれをつけ始める。

 

 ――ま、またサービスが……!

 

 わたくしは恥ずかしがりながらもしっかり灯璽さまの体を観察していく。そういえば、いつぞやに「魔物たちは服を着なくていいな」と呟いていたことを思い出す。


 その時灯璽さまは続けて「服を着ない方が衣擦れでの音も出ないから良い」と言っていた。これがどこかで聞いた職業病だわと心配した。


 流石に常に全裸装備はわたくしが死んでしまう。

 そんなはしたないことを思い浮かべながら、灯璽さまの御着替えを待つ。


 その間に前の魔王を思い出そうとする。

 ぼやぼやであまり覚えていない。

 今の魔王様が一番と思い起こして過去を振り返るのをやめた。前に妄想していた前の魔王様が灯璽さまだったら興奮するということを思い出し再び振り返る。

 

 ――お姫様抱っこかあ。

 でも今のような所帯感も良い……。

 

 灯璽さまが鎧を悪戦苦闘で身に着けていたのにも萌えつつ、行く前にこの魔王統括の資料や地図を見る。

 

 地形的に見て海に面していて、その付近にあるのではという予想。地図や資料にもちょっと建て替え必要と書いてあったからどれくらいボロなのかはわからない。

 それに水の精霊の祠ではなく、またほかの精霊の者の可能性さえある。


「どちらにしろ古い資料だ。行ってみなくてはわからないか」


 そうわたくしに伝えるように言う灯璽さま。

 わざわざ口に出していってくれる辺りに灯璽さまの優しさに逐一触れ、廊下の至る所に流れる水さえ再び沸騰しそうになる。


 思い立ったが吉日と言わんばかりにとりあえず城を管理している魔物に伝えて、外に出た。

 城内の泉から流れる水は城の外では堀や川を作っていた。

 安易に近づけられないためだろう。

 灯璽さまはわたくしを救出する際、また別ルートで、または隠密で入り込んだのだから流石としか言えない。

 

 古い地図を頼りに行くが、海沿いならと灯璽さまが呟く。


「とりあえず川に沿って行って、海にでればそれらしいものがあるだろう」

 

 ルートが決まったとあれば迷いなくてくてく歩く。

 わたくしは灯璽さまの尊顔が見られないので少々不貞腐れたように途中川で揺蕩い遊ぶ。

 わたくしが捕らえられていた泉から湧く川は澄んでいた。そういえばアゼルの城の滝はここまでではなかったと思う。


 一度野宿した。

 途中の村で魔物が「是非泊ってください」とお誘いがあった。しかし、すべてを丁重に断って今に至る。

 その際「魔王様」と呼ばれていたことに笑っていた。

 肩が震えていたから間違いない。

 顔も鎧で覆われていてどのような笑顔になっているのか分からないのが残念と思いながらわたくしは付いていく。



 

 

 輝くような川の付近、ちょうどよい草のベッドを見つけた。

 鎧を脱いで薪をべる。

 寝そべった灯璽さまが語る。

 

 人の地は加護によって夜も光り輝いている。月しか見えないことが多い。

 だからこんな風に星が所狭しとある空は見たことがない。


 わたくしもこういう風景は初めてで、灯璽さまと一緒に見られて嬉しくなる。

 

 「これからも素晴らしい景色を灯璽さまと観られると……!」


 そうわたくしは呟く。

 灯璽さまはすっかり寝入っており、わたくしはいつものようにそれを眺めて夜を明かした。

 

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